585 親善試合
魔王ゼダンさんの真魔国訪問。
港での歓迎を終えて内地へと向かっております。
「ところで……」
馬車に揺られて真魔王、同乗する魔王ゼダンさんへ尋ねる。
「先ほどから気になっておったんじゃが、この男はなんじゃ?」
と言って視線を送ってくるのは俺であった。
俺のことが気になりますか?
そうです、俺は空気のような存在じゃなかったんですね!!
「彼は、聖者キダン殿。我が友にしてもっとも信頼を置く相手の一人である」
「どうもー?」
一応挨拶。
「本件にも様々相談に乗っていただきたく同行願った。その存在は間違いなく世界最強の一角に含まれる。くれぐれも粗相のないように」
魔王さん持ち上げすぎです。
俺などただ知り合いに偉い人がいるだけの一般人ですよ?
「伝承に聞き及ぶばかりだが、その肌の明るい色は人族というヤツではないのか?」
「正確には違う。ただそれに近い存在だとだけ言っておこう」
すみません、何の変哲もない異世界転移者です……!
「ふむ……? 伝承では魔族は人族と戦い続けていたとあったが……! それが何故盟友などと……!?」
「人魔戦争はとっくに終結しましたよ」
代わりに俺が説明する。
「ここにいるゼダンさんの代でね。そのお陰でゼダンさんは『歴代最高の魔王』という称号を得たんですよ」
「なんと……ッ!?」
告げられる事実に絶句する真魔王さんとやら。
いいよいいよ、どんどんゼダンさんにビビるといい。
それが狙いなのだから。
「聖者殿、あまりおだてないでいただきたい」
魔王さんがやんわり止めに来る。
「武功など王にとって誇るべきものではない。民の生活を守り、民を幸福にすることこそが王の二つとない手柄だ。侵攻を排するならまだしも、みずから戦乱を引き起こして万人を苦しめ、それをもって歴史に名を遺す王など下の下の下。……真魔王よ」
魔王さんの燃えるような眼光が、小さい魔王へ向く。
「アナタも同じように民を治める王者として、そうは思わぬか?」
「そーですね!」
真魔王、おもねった!
「ゆえにアナタと我も平和裏によって手を繋ぐことができれば、それがもっともよいと思う。アナタの賢明な判断に期待させてもらう」
「ぐぬぬぬ……、偉そうに……!?」
「その点、アナタが我々の提案を受け入れてくださったことを高く評価する。これがきっかけとなり、元は一つであった我々が再び融和していくことを祈るばかりだ」
「ぐぬ!? ……そうそうそういえばそうじゃった。そうじゃのう!」
話題が転換した瞬間、真魔王は得意げな笑みを浮かべ……。
「使者を通じて聞いたが、面白い催し事を思いついたものじゃのう傍系の魔王! 果し合いとはな!」
「果し合いではない。あくまで親善試合だ」
「似たようなものよ! 要はどちらが上か、どちらが強いか、実際に戦ってハッキリさせようということじゃろう? 望むところじゃ!」
さて、ただ今この二人の魔王が話題に上らせている『親善試合』とは!?
俺が提案したものだ。
魔王さんから『どうしよう?』と相談された時に。
本格的な戦争を避け、平和裏に手を結ぶためにはどうしたらいいか?
そのために知恵を絞って考え出した策が、この『親善試合』!
どうして試合したら戦争が避けられるか?
その説明はもう少し先に置いておこう。
「さあ、そろそろ到着するぞ? そなたたちのプライドを粉々にするための処刑場にな!」
馬車が止まる。扉が開く。
外に出るとそこには多くの観衆が詰めかけた大闘技場であった。
「どうじゃ!? 両者の決戦の舞台として用意させてもらった! 我ら真魔国が誇るコロッセオじゃあ!」
「こっちの魔国もなかなかいい設備を持ってるんだなあ」
と言いつつコロッセオに入場する俺。
俺や魔王さんたちが案内されたのは観客席の方だが。
「当方では既に、決闘のために呼び集めた精鋭たちがスタンバっておるわ! この精鋭たちが全勝し、真魔国の恐ろしさを傍系に知らしめてやろうぞ!」
そう、それこそがこの親善試合の狙い。
こっちにとっても。
戦争を未然に防ぐにはどうしたらいいか?
それは自分たちはもちろん相手にも『戦争したくなる気』をなくさせるのが何より重要だ。
ではどうすれば、戦争したくなくなる?
ビビらせることだ。
『アイツと戦ったら必ず負ける』『絶対死ぬ』という不安を掻き立てたら、まともな神経を持ち合わせる者なら踏み止まる。
誰だって負けたくもなければ死にたくもない。
五百年間も互いの存在を知らなかった両国は、お互いの詳しいこともまったく知らないだろう。
どれくらいの国力を持っているか? 軍隊の総数は? その中にどんな強者がいるか?
それらをお試しで体験してもらうのが俺の企図した親善試合の目的だ。
真魔国と称される皆様が上手いことビビり倒して、ゼダンさんたちへの敵意をなくしてくれたら万々歳だ。
「我ら真魔国からはこの決闘に、精鋭中の精鋭を出すことにした! 我らが真魔国四天王じゃ!!」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!
……っと歓声が響き渡る。
っていうかこっちの魔国にも四天王がいるんだ?
「怪力無双のネフィル! 疾風迅速のバリーラ! 万能のラミエ! そして四天王の頂点に立ち、我が長女でもある烈輝魔王女シェミリ! いずれも我が真魔国で無敵を誇る強者じゃあああ!」
闘技場へ入場する四人の猛者たち。
筋骨隆々の大男もいれば気品高い顔立ちの美女もいて、バラエティ豊かな顔ぶれだが、いずれも一方ならない強豪であることは見ただけでわかる。
「では傍系の魔王よ、そなたの方の闘者も出すがよい。四天王とはそもそも旧魔国から伝わる精鋭の肩書き、当然そなたらの国にも四天王はいるのだろう?」
「無論、魔軍司令を兼任する『堕』のベルフェガミリアを筆頭に、『貪』のマモル、『妄』のエーシュマ、『怨』のレヴィアーサ。いずれも魔王軍が誇る剛の者たちだ」
「ではその者たちが我らの相手……」
「……ではない」
「えッ!?」
ゼダンさんの言葉に翻弄される真魔王。
「こたびの訪問に、現役四天王は一人として連れてきてはいない。彼らには魔王軍の大事な職務があるからな。それを邪魔してはいかん」
「ふざけるな! では何しにここへ来たというのだ! 決闘の勝敗をもって、優劣をハッキリさせるためではないのか!?」
「無論そのつもりだ。心配せずともこの戦いに相応しい闘士は連れて来てある」
魔王さんの目配せを受けて俺、頷く。
「まさかこの男が……?」
「違いますよー」
俺は本来戦いなんてサッパリだしね。
それに魔国と真魔国の争いだというんなら部外者の俺が出ても何の意味もない。
この戦いに本当に相応しい彼を、これからお呼びしよう。
「カモン! リテセウスくん!!」
掛け声と共に指パッチン。
それに呼応するように天空から飛来してくる、一つの影。
「なんじゃとおおおおおーーーーーーーッッ!?」
驚く観客たちをさらに驚かせるかのように、跨る天馬から飛び降り、軽やかに大地に立つ。
それは、いまだ表情にあどけなさの残る少年であった。
彼の名はリテセウス。
我が農場で修行中の、人族の男の子だ。
「お待たせしました、真魔国の皆さん!」
貸してあげたドラゴン馬のサカモトも見事に乗りこなしている。
それで空中から稲妻のように駆け下りてくるなんて心憎い演出をしてくれるぜ。
「僕が魔国を代表して親善試合に出場します! 出場者は僕一人です! 一人で全員を相手にします!」
リテセウスくんの主張に、ドヨドヨと会場がどよめく。
戸惑いによって。
「ふざけるな!!」
そこへ明確な怒りをあらわにしたのは真魔王ことアゼルだった。
「たった一人だと!? 我ら真魔国を舐めているのか!? しかもあやつは人族であろう、あの肌の色は間違いない! 神聖なる魔族同士の争いに人族を介入させるというのか!?」
「人間国は、我が手によって滅ぼされた。それは先ほども話した通りだ」
魔王さんが静かに応える。
「そうして人間国が魔国に併呑された今、そこに住む人族もまた我が臣民である。我が配下である。よって、この親善試合に出場する資格は充分にある」
「ぐぬぬぬぬぬ……!?」
「そしてあのリテセウスは将来有望な幹部候補だ。そちらにいる聖者殿の下で修業を重ね。今では一人前の実力をしっかりと備えている。正式な魔王軍入隊はまだであるが」
「なッ」
「それら様々な特徴を考慮し、我ら魔国のことを知ってもらうのにもっとも適した人材であると考え親善試合に参加させた次第である。皆々、リテセウスの戦いを通してどうか存分に、我らが魔国のことを理解してほしい」
「ふざけるな! 人族であるどころか、正規兵でもないクソガキを戦いに出すなど、我らを舐めておるとしか思えぬ! 後悔させてやるぞ、その不遜! あんなガキなど我が四天王が即時粉砕してくれるわあ!」
挑発に乗って怒り心頭の真魔王アザル。
俺のプランは、今のところ寸分たがわず予定通りに進んでいる。






