584 乗り込め真魔国
旅行先から俺です。
本日は、話題の真魔国にお邪魔しております。
一応アレの提案をしたのは俺だしね。言い出しっぺには事の成り行きを最後まで見届ける義務があると思い魔王さんご一団に同行した。
身重のプラティやジュニアのことが気にかかるので日帰りするけど。
で。
「ここが真魔国かー」
絶海の孤島にあるというので、島流し先みたいな悲壮なイメージを持ってきたがそんなこともない、長閑な観光地みたいだ。
孤島といっても充分な大きさがあり、まとまった人数が集団生活を送るにはまったく問題ないだろう。
日本とかイギリスとかニュージーランドとか、そんな島国的な印象だ。
そんな真魔国に上陸。
港町っぽいところで早速歓迎を受ける。あるいは迎撃?
「フォホホホホホ! よくぞ参ったな魔族の傍系よ!」
あからさまに偉そうな態度をとっているオジサンは……。
……小さい?
子どもか? と見間違えるぐらいに小さい。
140cmってくらいじゃないのかな身長?
「我こそは世界に唯一無二の真なる魔王! 真魔王アザルである! 控えおろう!」
あれが真魔国の王様か。
真魔王などと大仰な称号を名乗りはするものの、あの誰が見ても印象に残らずにはいられない小柄さ。
そして言動から臭ってくる軽忽さと相まって、何とも威厳を感じ難い。
それに対して……。
「出迎え、痛み入る」
「グヒィッ!?」
俺たちの魔王さんが登場すると、場は一気にあの人が中心となる。
そこにいるだけで全員の注意を引き付ける。そういった素質を持っている人だ、魔王ゼダンさんは。
「我が名はゼダン。先祖代々より魔国の統治を引き継いだ者である」
「お、おう……!?」
ゼダンさんの身長190cm以上あるでしょう?
向こうの真魔王さんとやらと向かい合うと益々身長差が浮き彫りになって可哀想な絵面となってしまう!?
「至らぬ身ではあるが、冥神ハデス様より『歴代最高の魔王』を名乗ることを許されている」
「ふぇッッ!?」
「この地の来歴は聞き及んでいる。太古の悲劇によって引き裂かれた民、その子孫が五百年の時を越えてこうして再会できたことを心より喜ばしく思う。そして過去と同じように共に生きていけることを望む」
魔王さん、掴みはしっかりで、もう場の主導権をしっかり鷲掴みにして放さない。
大柄で存在感もあり、歴戦を潜り抜けてきたことで鍛えられた覇気は、自然の佇まいをもってなお周囲を圧倒する。
同じ魔王を名乗っていても、腹の底に据えられた器の差は歴然。
最初のワンコンタクトで、帰趨は決してしまったように思える。
「ふ……ふほほほほ! まあよく来たわい! 唯一無二の真なる魔王である我は、その他の魔王を歓迎するぞ!」
お、まだ屈しない?
今にも折れそうな心を虚勢を膨らませて支えているような感じ。
「そもそも、こういうやりとりでは下から上へと訪ねてくるものと相場が決まっておる! そちらの魔王みずから我が真魔国へ朝見すること自体、我らの正統性を認めたという証拠じゃ!」
「我が妃を紹介しよう」
魔王ゼダンさん余裕のスルー!!
「第二魔王妃のグラシャラだ。第一妃のアスタレスは先年第二子を出産し、その世話などで魔王城から動けぬでな。最近もっぱら公事は彼女に付き添ってもらっている」
「よろしくお願いするぜ」
これまた『ぬっ』と姿を現すグラシャラさん。
魔王妃であると同時に元魔王軍四天王でもあるグラシャラさんは、女性ではあるもののその事実を受け入れがたいほどにガタイがいい。
『がたい』だけに。
魔国サイドでは唯一と言っていいほど魔王さんの巨体に遜色ない体格で、あの夫婦が並ぶと巨大な壁が迫りくるかのようだ。
身長140cm程度の真魔王さんと向かい合ったら、もう『小人の国へ乗り込んできた巨人族』というような絵面にしかならない。
「ひあわわわわわわ……!?」
「オレたちの魔王様が世話になるぜ。滞在中、くれぐれも粗相のないように下々どもに徹底させておけよ」
「あわわわ……!?」
「魔王ゼダン様は、ただ魔王であるだけでなく、すべての魔国民から慕われている。魔王ゼダン様は魔国の柱石であると同時に誇りなんだぜ。そのゼダン様を侮辱したらどうなるか……!」
結婚前は四天王の一人として幾度となく戦場に出て、その激烈なる戦いぶりにて敵味方から恐れられたグラシャラさん。
女だてらでも、あの巨体から思い切り睨みつけられては大抵の人ならオシッコちびって腰抜かす。
「あわわわわわわわわわわわわわわわ……ッ!」
その意味では、クッソビビりながらもなんとか両足をしっかりしている真魔王さんは一応人並み以上に肝が据わっていると言えよう。
「よさぬかグラシャラ」
「はい」
「我が愚妻が失礼した。軍人上りはどうしても血の気が濃くなっていかぬ。もっとも我とて、半生は戦場にばかりあってあまりヒトのことは言えんがな。ハハハハハ……!」
魔王さんのバトルジョークが炸裂!
彼らのような戦場経験者のジョークは基本怖くて笑えない!『冗談であってほしい』と願うものばかりだ!
「あとは、我らの間に生まれた長女マリネも同行させている。我が子に異国を見せてやりたくてな。まだまだ幼い感性にきっとよい刺激となるだろう」
「はあ……!?」
小柄な真魔王さんが、もう疲れだしていた。
ゼダンさんとグラシャラさんの間に産まれたマリネちゃんは、もう今年で三歳。
遊び盛りの年となって、もう退屈に耐えきれなくなったのか港のあちこちを探検し始めている。
そしてお付きの方々を慌て困らせている。
「姫様あああッ! あまり遠くへ行ってはなりませぬ! ここは魔国ではないのですぞおおおッ!」
「姫様! 港に積まれた木箱を持ち上げてはいけませぬ! 中身満載ですぞおおおッ!」
「姫様! 沈められた碇を引き上げてはなりませぬうううッ!!」
「姫様! 船を丸々一隻持ち上げてはなりませぬうううッッ!?」
……。
さすが魔王さんとグラシャラさんの間に生まれた子と言おうか、随分パワフルにお育ちになったようだ。
レタスレートといい、この世界のお姫様にはパワー属性でもあるのかな?
それは余談。
それもまた真魔王さんの度肝を抜いて、弱った心をさらに攻撃する。
「…………ッ!?」
「大勢で押しかけてすまぬな。何はともあれ、こちらの訪問を受け入れてくれたこと感謝に堪えぬ」
「あっ、ハイ」
真魔王さんしっかり!
心が『無』になりかけていますよ!
「……はッ、いやいや! そうじゃなそうじゃな、……しかし傍系の魔王よ、そなたも思慮に欠けたところのある男じゃな?」
「というと?」
「ここ真魔国は、そなたらの領土ではない。我が支配地じゃ。つまりここに住む者たち全員がそなたではなく我の命令に従う。我がひとたびその気になったら、どうなるか……?」
いやらしい笑みを浮かべる真魔王さん。
「敵地と言っても過言ではない場所に、充分な手勢も連れず……。『いい度胸だ』と褒めてやることもできるが、先々のことを見通すことを怠ったともいえるぞ?」
「我は、五百年も断絶してきた同族と再び誼を通じたいと願っている。心より」
しっかりと言う魔王さん。
「そのためにはまず先方に信じてもらうことが肝要だ。我らの心情を。さすれば騙し討ちなど恐れ、兵など携えてきては却って戦乱の元。これもまたアナタたちへの信頼の望みと受け取ってほしい」
「青臭いのう」
「それでも万一のことがあった場合は……!」
魔王さん、その腰から愛用の怒聖剣アインロートを抜き放つ。
「え?」
その切っ先を海原へ向けて、思い切り振り下ろすと……。
「どえええええええッッ!?」
刀身から放たれる紅蓮の剣気が、特大の斬撃となって飛び走った。
そして前方にある海を割った!
レッツ、モーセ!!
「この身一つをもって力尽きるまで戦い抜くのみだ。人魔戦争で鍛え抜かれたこの力、まだまだ衰え切ってはおらぬ」
「その時は共に、力尽きるまで戦いますぜ!」
娘のマリネちゃんを抱き上げながらグラシャラさんが言う。
「四天王時代の血の気もまだまだ残っていますからね。魔国の女が、夫にどう尽くすべきかを背中でマリネに教えてやりましょう!」
「ははうえ、つよい!」
そんなこと言いながら本当に戦いになったら、この二人だけで真魔国制圧しちゃうんだろうな……。
特に根拠はないが、確信をもってそう思った。
「はは、はははははははははははは……!」
乾いた笑いを漏らすだけの真魔王。
最初の掴みはOKのようだ。このまま一気に相手の戦意を欠片も残さず消し去って平和への道のりを確固にしようぜ!
……ところで俺。
同行しときながら全然存在感が薄いな?
上陸してからまだ一言も肉声で喋ってない。






