57 金剛糸
「出来たあーッ!!」
バティが叫んだ。
彼女はここ最近、ずっと服作りに没頭していたようだが、ついにそれが実を結んだ。
「プラティ様! 穿いてみてください! アナタのために作成したふんわり春色イレヘムスカートです!!」
「え? アタシ用!?」
迫られてプラティが困惑していた。
しかし物々しいタイトルのスカートだなあ……!
「人魚姫であらせられるプラティ様のイメージに合わせ、裾丈を非対称にすることで波打つ印象を作ってみました! あらかじめプラティ様のヒップサイズを測ることで着用時の流れるようなラインを確立し、トレンド感高めのアイテムです! トップと合わせやすいよう色は青! プラティ様の故郷である海の色をイメージしました!!」
うん。
何を言ってるか八割方わかんない。
ただ、彼女の情熱の激しさだけは暑苦しいほどにわかった。
「……とても着心地いいわ。それにデザインもオシャレで。旦那様のところに来て初めて洒落できたって感じ……!」
「よっしゃー! お褒めの言葉頂きましたーッッ!!」
バティ、両手を上げて歓喜する。
努力が報われてよかったね。
「でも、次作る時は作業用にもっと動きやすいものが欲しいんだけど」
「あいたーッ!?」
たしかにスカートは動きづらいもんね。
しかし、これで我が開拓地もついにナウなヤングにバカ受けのシャレオツな衣服を生産できるようになったか。
また進歩だな!
「うーん……!」
俺と同様傍から見守るヴィールが、何やら難しい顔つきをしていた。
「どうしたヴィール? プラティだけオシャレな服を着られて羨ましいのか?」
「違うわっ。……なあご主人様、あの服の材料の布地って、あの気持ち悪い虫が吐いた糸なんだよな?」
気持ち悪い虫とは失敬な。
たしかにダンジョンから拾ってきたモンスター蚕に吐いてもらった糸を材料に織った絹が、あのスカートの原料だが?
シルクらしい光沢が美しくて、よくあそこまで仕上げたものだと俺まで感動するレベルじゃないか……!
「……竜火球」
なんかヴィールが、指先から炎の玉を発生させた。
大きさは野球のボールくらい。
魔法か?
「えい」
その火球を、指先の動きに乗せて投げ放つ。。
プラティの穿いているスカートまで飛ぶ。
命中した。
「はああああああああああああああああッッ!?」
何やっているんだ、このバカ竜!?
プラティばっかりお洒落するのがそんなに気に入らなかったのか!?
「慌てるなご主人様、威力は調節した。それよりよく見ろ」
「え!?」
紅蓮の炎に触れたシルクスカートは、しかし少しも燃え移ることなく炎を跳ね返した。
「えーッ!?」
炎は完全に砕け散って消えたが、スカートの表面には焦げ跡一つない。
「やっぱり……、この布、半端じゃない対抗魔力だぞ?」
「ええー?」
「多分、物理防御力も滅茶苦茶高いぞ。その辺の鎧より遥かに上。これがあの虫の吐いた糸の効能だというなら、なるほどたしかにご主人様の見立ては凄いな」
いや。
俺そんなこと全然意識してなかったんだけども?
ただ単に糸吐く芋虫がいたから「シルク作れるんじゃないかなー?」と期待しただけなんだけども?
それなのにそんな実用性までおまけについてくるとは、さすがファンタジー世界のモンスター虫。
「そんなわけないでしょうよ」
プラティの方からもツッコミが来た!?
「いくらモンスターだからって、そんな強固な糸を吐けるなら、必ず何かしらの形で噂に登るはずよ!」
「じゃあ、実際出来上がった、この鎧並みに防御力高いスカートは何なんだ?」
「……推測だけど。オークボさんたちって旦那様と触れ合うことで変異化して、ウォリアーオークやスパルタンゴブリンになったじゃない?」
あ。
「あの虫たちも、ご主人様に大切に育てられて変異化を起こしたんじゃないかしら? それで吐いた糸も品質が変わった?」
「飛躍的に?」
また俺は、とんでもない新種を生み出してしまったのか……!?
その後、余った生地で実験してみたところ。この変異化モンスター蚕産の絹は、通常レベルの攻撃では鍵裂きすらできない強固な生地だということが分かった。
魔法系は完全無効。
「また伝説級の武具が作り出されたぞ!?」
「武具じゃないです! オシャレなファッションアイテムです!!」
制作者であるバティが抗議していたが、これはまた明らかに大したものだった。
元来このモンスター蚕は、人々から名前すら付けて貰えない矮小な存在だったが、このたび変異種に対して俺が名前を付けることになった。
元々名前のない種だから、その変異種にだけ名前があるわけがない。
そして変異させたのが他ならぬ俺だから命名権ぐらいあるだろうという理屈。
コイツらの吐く糸は白く輝いていて鋼以上の強度を持つ。まるでダイヤのようだ、ということで『金剛カイコ』と名付けた。
コイツらが吐いた糸で織った絹は『金剛絹』もしくは『金剛シルク』といったところか。
とにかく、やっとプラティにもオシャレな服を着せられて俺的には大満足。
なんかヴィールが悔し気な目つきで見ていたが、まあ羨ましいんだろう。
「ご主人様! プラティばっかりかまってズルいぞ! おれにも何かしてくれ!」
そうは言ってもキミはドラゴンで最強種族だから、俺なんかがしてやれることは特にないと言うか……。
「おれ自身が完全無欠な存在であることが悪いというのか……、クソッ!!」
仕方ないので、しばらくの間ヴィールの頭をワシャワシャ撫でてあげることにした。
当人まんざらでもないらしく。撫でられている間は目を細めて喉をゴロゴロ鳴らしていた。






