575 エルフの守護神
こうして俺が、異世界喫茶計画を着々と進めていた頃……。
「お茶担当の者どもはどうしているかな?」
と思って様子を見に来てみた。
いや、別に担当って決めたわけじゃないんだけど彼女らのお茶への傾倒ぶりが凄まじくて気づいた時には『お茶担当・彼女ら』みたいになってたんだよな。
そのおかげで俺も喫茶店……というかコーヒーの方に集中できたから助かった面もあるんだが。
しかしいつまでも放任というわけにもいかないので状況把握がてら、彼女らが今何をやっているか覗いておくことにした。
その彼女らというのは……。
エルフのエルロンたちだ。
元々森の民であるエルフ。
文明を厭い、他種族との交流を徹底して拒絶する種族らしいが、一部のエルフたちがウチの農場に住み込んで、陶芸やら工芸やらに手を染めてからなんか様子がおかしくなってきている。
その挙句の果てに、お茶があった。
孤高の種族エルフは、お茶と出会いどういった変化をしていくのだろう?
「エルフどもどこー? あ、いた」
俺が発見したところには、農場エルフの代表エルロンどころか、その他多くのエルフたちが一堂に会していた。
余所の土地に住んでいるはずのエルザリエルさんやL4Cさん、そしてエルフ王までいる。
「どうしたんですかエルフたちが全員集合で?」
俺の知る範囲内だけど。
「うむ! 今日は特別な催しがあってな!」
代表して答えるエルフ王さん。
本名はとても長くて言う気になれない。
「催し?」
「エルロン宗匠が茶の湯を世界に広めるため避けては通れぬことなのじゃ! エルロン宗匠が偉業を成し遂げんためにも、我らエルフ一同全力で応援し、成功を見届けるのじゃ!」
ハイエルフをして『宗匠』と呼ばわしめるようになったエルロン。
ひたすら農場で皿を焼くことだけしてきた彼女が、気づけば何やら遠い存在になってしまっていた。
そしてまだ先に進むつもり満々。
そのためのこのエルフ大集会。
「で、一体何をやるつもりなんです?」
あまりの大ごとなら周囲の迷惑にもなるかもしれないし農場主である俺へあらかじめ断りを入れてほしいんですがね。
「大丈夫だ聖者様、そこまで大したことをするつもりはない」
と言葉を継いだのは中心人物エルロン。
いつの間にか陶工へと成り上がったエルフ。
「神を呼ぶだけだ」
「充分大したことじゃないかな?」
「でも農場じゃ割とちょくちょくやっているだろう?」
そう言われるとぐうの音も出なかった。
たしかに我が農場では、ちょっと節度がないんじゃないってくらい頻繁に神様を呼び出す。
できるからね。
ノーライフキングの先生が、神召喚を半分趣味にしているようなところがあるから。
って、よく見たらエルフの中に交じって先生がいるじゃないか!?
これガチで神を呼び出す準備が整っている!?
「神を呼びたいと相談したら喜んで協力してくれた」
「やっぱり先生、神呼ぶことを趣味にしている!?」
趣味ならしょうがない。
「まあ、俺たちも今まで散々呼び出してきた経歴があるし、あまり強くは注意できないが……。一応聞くが、何の神を呼び出すの?」
被害を及ぼすような悪神であれば『やっぱ止めなきゃ』と思うんだが?
「心配ない。これから呼び出す予定なのは、我らエルフの守護神だ」
「守護神?」
そんな神様がいたのか?
「かつて流浪の民であったエルフを保護し、安住の森まで導いたと言われる神だ。その神に目通りし、これまでエルフを守護くださった感謝を述べると共に、このお茶にもご加護を与えてくださるようお願いするのだ!!」
ドデンと置かれる茶壷。
その中にはたっぷりと茶葉が詰め込まれていた。
「ふーん……! ま、まあ神様相手だからくれぐれも失礼がないようにね?」
「わかっている! 先生、それではよろしくお願いします!!」
そして満を持して先生、出る。
『では始めよう。……かさぶらんか』
また適当そうな呪文を唱えつつ、杖を一振り。
するととても簡単そうに時空が歪み、別世界へと繋ぐ門を開ける。
「ホント簡単そうに召喚するな……!?」
そして現れる、いかにも神と一目でわかる、神々しき気配をまとった巨人。
筋骨たくましき若き男で、その眼光は今まで出会ってきた神々の誰よりも鋭かった。
戦いの専門家……というべき眼光。
ただでさえ絶対者であるべき神の、その中でも特に戦闘に特化したというべき姿。
現れただけで一般人の俺は圧倒される。
「っていうか、これがエルフの守護神なの?」
エルフって綺麗な女の人ばかりの種族だからてっきり守護するのも美しい女神さんかと思っていたのに。
めっちゃむくつけき!
「おお、これぞ我らエルフ族の守護神ベラスアレス様じゃあああ!!」
「ええッ?」
やっぱあれで正解らしい。
たくましき男神は、ただでさえ筋肉のむさくるしい天然鎧の上に輝く金属鎧をまとい、剣に盾をも携えている。
完全にこれからどっかに攻め込もうって風体。
キルマインドが凄すぎる!?
『この私を地上まで呼び出したのは何者だ……?』
実に厳かな声。
『軍神にして、あらゆる戦争による災いを司る神。穏やかならぬ死を誘う者。戦慄と恐怖の父。このベラスアレスが世界すべての残虐の主であることを知って召喚したか?』
「何かめっちゃ怖そうなこと言ってる!?」
やっぱこれ呼び出しちゃいけない神だったのでは?
悪いとまでは言わないけれど、怖い感じが激烈に伝わってきます! ヤバい! もう帰ってほしい!
「ベラスアレス様ー! 直にお目にかかれて光栄なのじゃー!」
真っ先にひれ伏すのがエルフ王さんであった。
「アナタ様の守護を受け、生きながらえてきたエルフ族はおかげさまで繁栄の極みにあるのじゃー! これもベラスアレス様が見守ってくだされたからじゃー!」
『ぬ……? お前たちは、そうか……。遥か昔に盟約を交わした者どもの末裔か……!』
エルフたちの姿形を認めると、荒ぶる戦神は俄かにいかめしさを解いた。
「あの……、この神様が本当にエルフさんたちの守り神でいいんでしょうか?」
「いかにもエルフ族の守護神にして軍神ベラスアレス様じゃ!」
間違いないんだ。
「数千年も昔のこと……エルフは魔族の中の一派であった。勢力争いに敗れ、魔族本来の棲み処を追われ、あちこちを彷徨った果てに森へとたどり着いた。そこが軍神ベラスアレス様が守護する土地だったのじゃ!」
「エルフ族に古くから伝わる伝説だ」
エルロンが補足説明してくれる。
『そうかつてアマゾーンと呼ばれた地は、たしかに私が当時担当していた区域だった』
軍神まで説明に乗っかった!?
『そこへ魔族どもが侵入し、何事かと対応してみれば、いくさに敗れて故郷を追われたという。その者らを哀れみ、我が領域に住まう許可と険しい森の中でも生きて行けるための知恵を与えた』
その子孫がのちにエルフと呼ばれる。
この世界に住むすべての亜種族は、いずれも元をたどれば人族、魔族、人魚族の三大種族のどれかにたどり着くと言われていて、その中でもエルフは魔族を源流に持っているのだと。
前にもどこかで聞いた気がする。
『我が加護の下で繁栄し、世代を重ねるごとに魔族本来の血統から離れて、独自の種となりエルフの名を得た。お前たちが地上にて二千年もの間、何千万人も生まれては成すべきことを成して死にゆく様を私は天上から見守ってきた』
「天上から?」
『私は天界神の所属だからな』
そうなのか。
話の腰を折ってすみません。
『お前たちが遭遇した困難も、勝ち取った喜びも、私はすべて知っている。その果てにこうして今に至り、曲がりなりにも穏やかなる繁栄を迎えられたと思うと……!』
……ん?
どうした?
戦争と破壊を司る神様の肩が奮えている?
『……本当によくここまで生き延びたなあ。大変なこともあったのに。皆で協力して頑張ってよく生き残ってこれたなあ……!』
神様泣いていた。
強面をクシャッと歪めて泣き崩れておる。
『人族どもが法術魔法でお前たちの森を荒らした時は、ゼウスのバカオヤジを殴りつけてやろうと何度思ったことか……! 天空神の大方針に逆らうことができずお前たちの危難を救うことができなくて本当にすまなかった。しかしそれでもお前たちは乗り越えたのだ。本当に偉いぞ……!』
って言いながらボロボロ涙をこぼしまくる。
軍神、案外と涙脆かった。
さっきまでの荒ぶり様は何だったんだよ?
まだ本題にも辿りついていないのに、軍神の有徳ぶりに圧倒されるばかりでちっとも先に進めない。