571 花見
とまあ、異世界喫茶店計画は着々と進んでいますが……。
今回そちらはお休みして一旦、別のことを行いたいと思います。
春がやってきて真っ先にやりたかったこと、それは……。
「花見……!!」
日本人ならお馴染みですね?
春に桜を眺め、咲き誇る花の美しさ、自然の旺盛なる生命力、巡る季節の諸行無常、そしてお酒とご馳走。
それらを一緒くたにして楽しむ最強の行楽行事ですよ。
これまではできなかった。
大々的には。
花見をやるためには必要不可欠なものがあってそれが花。
特に桜の花。
こちらの世界には基本的に桜の木自体がなく、必然的に前の世界そのままの花見は実行不可能であった。
まあ『至高の担い手』で生やした桜の木はあったけど小規模なのでな。
とても桜の名所並の圧倒的なまでの満開風情は出なかった。
それで去年一昨年まではイベント的な花見は見送りにしてきたんだけれど、今年はついに花見を敢行しようと思う。
大々的に。
何故か。
今年からは我が農場に、大きな桜の木が鎮座ましましているからだ!
世界桜樹。
去年プラティのおねだりを聞き入れて試行錯誤を繰り返した結果。我が農場に根付いた世界樹。
同時に桜の木でもある。
世界樹はこの世に何本とない貴重な樹木で、とても大きい。
天まで届くかというぐらいだ。
去年の段階でも充分大きかったが、冬を越えてまた成長した。
いつの間にか。
そして桜の木でもあるから、春になれば花も咲く。
そして世界桜樹がウチに根付いてからの最初の春。
満を持して桜の世界樹は枝中に蕾を付け、花開く時を今や遅しと待ちわびている。
世界を支えんばかりの世界樹が、全力で桜の花を咲かせようものなら、たとえ一本でも数百本分の華やかさになることは間違いあるまい。
今ここに、異世界農場での最強花見大会が開催されるのだ!!
「……ということでお願いしまーす」
「「「「「まかせるのですー!!」」」」」
ここで出番が大地の精霊たち。
春の訪れで活動再開したばかりの彼女らが『何故ここで出番?』という声もあるだろう。
俺もそう思う。
しかしなんか『まかせるですー!』と言ってきたので任せることにした。
根拠はない。
「木々はだいちのおともだちですー!」
「あたしたちのともだちですー!」
などとほざきながら、何十人という膨大な数で世界桜樹を取り囲む。
実体化した大地の精霊の数はいまだ正確に把握されていない。
世界桜樹を中心にぐるりと輪になり、踊ったり拝んだり。
なんか南太平洋的な雰囲気だ。
「おおいなるきよー」
「あたしたちのねがいを聞きとどけたまえですー」
「はらいたまえーきよめたまえー」
なんか祈り出した。
「あたしたちが、とーみんちゅーに溜めてきたぱわーをー……」
「せかいじゅさんにあげるですー……」
「それでたくさんさくのですー……」
大地の精霊たちから立ち昇る霊気的なものが、世界桜樹へと吸い寄せられて。
「みんなの希望を枝葉に乗せて!」
「咲けよ正義の枯れ尾花!」
「笑顔を守って未来へ届け!」
「お目付け桜がただ今推参!」
なんか昔のヒーローみたいな口上述べ出した?
そして最後に凄まじいパワーがこもって……。
「満!」「開!」
大地の精霊たちのパワーを受け取った世界桜樹は、その力でもって蕾を一斉に開かせて、一気に十分咲きへと花開く。
凄まじい開花の勢い。
きっと自然に任せてもここまで見事な光景にはならなかったであろう。
大地の精霊たちが、地の使いであるだけに親和性の高いエネルギーを世界桜樹に送り込んだことで、最大限以上の開花が実現したのだ。
桜の花は、世界樹の枝ぶり範囲よりもずっと外まで広がり、桜色が天を覆い尽くすかのようだった。
こんな絶景、前の世界でも見たことなかったぜ。
「せいこーですーッ!」
「おっけーですーッ!」
「やったぜ狂い咲きですーッ!」
一仕事成し遂げた大地の精霊たちも満足げだ。
冬眠明け早々、大した働きをしてくれた大地の精霊たちを抱き上げてねぎらった。
「わーい、ですー!」
「たかいたかいですー!」
さあ、桜側の準備も整ったところで早速花見大会を開始だ!
今年は身内だけでやろうという感じで農場住民が全員参加。
それでもかなり大した規模だが、それをすべてスッポリ納めてしまえるほどに世界桜樹の満開ぶりは巨大だ。
ありったけの料理を用意し、ありったけ酒をバッカスに用意させて、世界桜樹の下に集合だぜ。
* * *
「えー、本日は忙しい中お集まりいただきありがとうございます」
通り一遍の挨拶から始まる。
中略。
「というわけで今日は存分に花を愛で、飲んで楽しみましょう。乾杯!」
「「「「「「乾杯!!」」」」」」
こうして我が農場の無礼講花見大会の火ぶたが切って落とされた。
愛妻プラティはお腹に二人目を宿し、それを順調に大きくさせながらも今日は花見を楽しんでいる。
「お酒はダメだよ? お腹の子に悪いからね?」
「わかってるわよ旦那様は心配しょうね。じゃあ代わりにコーヒーでも……」
「カフェインもダメえええええッ!?」
妊娠中は何かと大変だな女の人って。
そして第一子ジュニアは、母親に代わって彼のことを可愛がるドラゴン、ヴィールに抱きかかえられております。
「よしジュニアよ! この満開の花をてっぺんから見下ろすのだー!!」
と言ってヴィール、ジュニアを抱えたまま天空へと急上昇。
人間形態でも飛べるんだなアイツ。どんな万能でもドラゴンなら当たり前か。
「ジュニアも当たり前のようにヴィールに懐いているな……!?」
アイツに抱きかかえられても、天空高く舞い上がろうとも泣き声一つ上げない。
むしろ興味深げに周囲を舞う桜の花びらを視線で追いかける。
ヒトによってはあの高度に上がっただけでも恐ろしくてちびりそうなんだが。
「よーしもっと高く飛ぶのだー! 世界樹より上まで行くぞー!」
と言って桜の花生い茂る中へと突っ込んでいった。
まるで桜の雲海へ飛び込んでいくかのようだな。
ジュニアはしばらくヴィールに任せておくとして、俺は各住民たちの様子を見て回ることにしよう。
『聖者様、お招きいただきかたじけない』
当然先生も来ていただいた。
もはや完全な身内だからな。
『しかしこの樹の生命力には圧倒されますな。冬の間は枯れ木であったのに春が来た途端ここまで豪勢に花咲かせるとは。ワシも見習えば今からでもこれくらいに咲き乱れますかのう』
た、たしかにノーライフキングの肉体は枯れ木のように干からびていますが……!?
『枯れ木に花を咲かせましょう』的なノリで花がたくさん咲くノーライフキング?
それはそれで独特のラスボス感が……!?
オークボ、ゴブ吉を始めとしたモンスター勢も、今日はゆったりと花を肴に盃を酌み交わしている。
相変わらずああいう渋い様が絵になる彼らだ。
『生まれた日は違えども、同じ日に死ぬことを欲す』とか言い出しそう。
あれは桜じゃなく桃の花だけども。
さらにエルフどもはやたらと騒がしかった。
「ぎゃー! こんな素晴らしい風景が! この風景を作品のアイデアにいいいいッ!!」
「煩いですよエルロン頭目! 私だってこの桜吹雪から新作のヒントを得ようとしているんです!」
こぞって満開の桜に芸術的インスピレーションを触発され、神懸り状態になっていた。
最近とみにそれぞれの担当する工芸にのめり込んでいるエルフたちだから、その姿はちょっと一笑に付すことができなかった。
鬼気迫っていて。
「この舞い散る桜の花びらを生地の柄に取り入れればあああああッ!?」
バティまで桜に魅入られていた。
我が農場で美術系を担当する者どもが悉く……やはり桜の美しさには魔力が宿っているのだろうか?
しかし、桜の魔力に囚われているのは美術センス豊かな者たちだけではない。
『にゃー!! 花びらを! 花びらを追うのがやめられないにゃー!!』
ノーライフキングの博士。
もしくはただの猫。
猫としての狩猟本能を刺激され、舞い落ちる花びらの空気抵抗を受けてヒラヒラする独特の軌道を無視することができず飛びつく。
「花びらは数え切れないほどあるから無限に続くにゃー! 誰かこの終わりなきループから救い出してほしいにゃー!!」
そして一方、ポチは鼻先に留まった花びらムズムズしてクシュンとくしゃみを放っていた。
それぞれの様々なやりようで花見を楽しんでいる。