56 相撲
そうして女どもが部屋でワイワイしていると、自然男は男で固まるようになる。
女たちだけで楽しんでいるのがなんか癪だったので、俺たちも今日の作業は中断して遊ぶことにした。
「相撲しよう」
何故相撲かというと、特に意味はない。
道具とか使わず、面倒な説明もなく手軽に遊べるゲームなり競技なりで、真っ先に思いついたのがこれだった、というだけだ。
「スモウ……?」
「何ですかそれは?」
やはりというかこっちの世界の住人である魔王さんやオークボたちは知らなかった。
とりあえず地面の広くて平らなところに円を描く。
これが土俵だ。
実際の土俵がどれぐらいの広さか厳密には知らないが、まあ白熱した勝負に水を差さない面積だとは思う。
「この円の中から出るか、転んだ方が負けって遊びだな。一対一でやるんだ」
この場にいるのは俺と魔王さん、オークボたちモンスター組十人で計十二人。
「ほう、それは面白そうですな」
「気分転換によさそうです。やりましょうやりましょう」
ヤツらの大層乗り気で面白くなりそうだ。
ただしお前ら。
鎌と斧は置きなさい。
相撲は武器使用禁止だ。
「ええー?」
オークボたちは渋々ながらも素直に支持に従った。
魔王さんも喜々としながら怒聖剣を抜こうとして、そっと鞘に収めるのを俺は見逃さなかった。
何なんすか皆?
そんな鋭利なもの持ち出したら流血沙汰になるって決まってるでしょう。
どうやらもっと基本的なところからルールを説明しないといけないらしい。
まず、相撲は武器使用禁止。
大事なことだから改めて言うぞ。
素手でのみ戦うのだ。
しかしあくまで遊びだ、本気じゃない。
争ってもケガをさせないことが肝要、それを保証するためのルールだ。
競技中は蹴ったり殴ったりも禁止。
別の格闘技になっちゃうしな。
メインは投げて、相手の背中を土に付けるか土俵の外に出せばいいのだ。
わかった?
重ねて言うけどケガはなし、死亡事故とか言語道断。
わかるね?
「わかりました我が君!」
「要は相手が動かなくなるまで叩きのめせばいいのですな!?」
全然わかってねえよ!
やはりコイツら元がモンスター! 血の気が多い!
これは決定的な取り返しのつかんことが起こる前に、コイツらに競技精神というものを植え付けないといかんな。
そんなわけでなおさら相撲を断行しよう。
あと魔王さん。
魔力を込めた拳でシャドーボクシングしたあと「えっ、とことんやっちゃダメなの?」って顔するのやめてください。
ルールを追加しよう。
魔法使用禁止。
あくまで遊び。
遊びの範疇を出る行為は軒並み禁止です。
とは言っても細かいところは実際やってみないとわからないので、誰かを相手に実演してみることにした。
俺vsオークボ。
モンスターチームのリーダー格である彼なら問題はあるまい分別的に。
俺と彼とで理想的な相撲を実現しようとしたところ……。
「はっけよーい、のこった!」
俺の叫んだ開始の合図と同時に、顔面を狙った張り手が襲ってきた。
「おひゃあッ!?」
それを寸前で避ける俺。
ウチのモンスターたちは変異化して強くなっているとかで、平手とは言えまともに顔面に入ったら頭蓋骨が陥没しかねない。
「顔面攻撃禁止! 危険なので禁止!!」
「我が君の指示通り、手の平で打ったではないですか」
そうだね!
相撲と言えば張り手! 何故相撲で張り手が使われるかって言うと、多分ケガをさせないためだと推測する!
それを今まさに実感している!!
「ご冗談を。私ごときがどれだけ本気になったところで我が君にケガをさせられるわけがないではありませんか」
だから本気で殺しに来てもいいとでも!?
やめておくれよ。キミらの張り手は充分人を殺せる水準に達してるんだから!
『至高の担い手』で即席達人になれるだけの俺が、まともに対抗できるわけがないのに、コイツらは何かと俺を持ち上げる!
「こうなったらやってやりゃー!!」
生き残るためには攻め立てるしかないと判断した俺は、ダッシュで距離を詰め、オークボの懐に入り込む。
まわしをガッと掴む要領で、相手のズボン周りを掴んだ。
やっと相撲らしい形になってきた。
「うぬぅッ!?」
オークボは対抗するように俺の腰を取るが、やはり素人だけあって掴みが甘い。
力ではオークボが圧倒的に有利なのだから時間を掛けてはパワー負けすると、一挙に勝負に出て下手投げで押し切った。
「「「「おおーーーッ!?」」」」
オークボの巨体が土俵の上を転がると共に、周囲から感嘆の声。
「凄いッ! リーダーが投げ飛ばされた!?」
「さすが聖者様! やはり聖者様が最強だぜ!!」
と他のオークやゴブリンたちが賞賛してくれるが……、これも『至高の担い手』の効果かな?
まわしを取ったイメージを持った瞬間、習ってもいない相撲の技がいくつも頭に浮かんで、最良の技を選択した。
あとは体が勝手に動いただけだ。
どこまで万能なんだ『至高の担い手』?
「えーと、今見たように、相手の腰回りを掴んで投げたり押し出したりするのが基本戦法となる。この調子でケガなく安全に競い合ってほしい」
「「「「「おうッ!!」」」」」
こうして競技が始まった。
* * *
元からいた頭数は俺と魔王さんとモンスターチームで合計十二人。
二人一組で六勝負できる計算だ。
モンスターチームは、スピード型のゴブリンとパワー型のオークという形で綺麗に色分けされ、それぞれの持ち味を活かした一番が展開される。
オークとゴブリンの異種対戦となった場合、小兵のゴブリンがスピードで掻き回しつつ、バランスの崩れる僅かな隙を突けるかどうかが勝負の分かれ目。
その前にパワーで押し潰せればオークの勝ちという感じだ。
既に何人かは技巧を取り込み、俺の下へ技のコツや細かいルールを聞きに来たりもする。
そしてその中でも圧倒的な存在感を示すのは魔王さんだった。
彼も今日相撲という競技を知ったばかりなのに、一試合二試合見ただけで要点を把握し、まだ知らないはずの決め手までみずから編み出して、オークやゴブリンを撃破していく。
最初に十二人いたのが、一通り組み合って六人に。
その六人がもう一勝負ずつして三人が勝ち残った。
そのうち一人が俺。
この開拓地の主人の沽券を何とか保てております。
二人目が魔王さん。
安定の勝ち残り。この人も何気に魔王としての沽券を賭けてますよね。
さらに三人目が、モンスターチームから最後まで勝ち残った一人。
ゴブリンのゴブ左衛門。
早くに相撲のコツを見抜き、ゴブリン特有の素早さと小兵の動きやすさをフル活用してオーク二人を撃破。ここまで勝ち残った。
このままの流れならば、さらにもう一戦して最強の座を決めたいところだが……。
「数が何とも半端だな」
残り三人。
奇数。
二人戦えば一人余る。
誰かをシード扱いすればいいんだろうが、なんとも気持ち悪い取り合わせだ。
せめてもう一人加わって四人になれば準決勝感が出てスッキリなんだが。
「おーい聖者殿、また遊びに来たぞー」
そこへ現れたアロワナ王子。
グッドタイミングだった。
「皆! 飛び入り挑戦者が現れたぞ!!」
モンスターチームからやんやの喝采。
「え? 何?」
戸惑うアロワナ王子。
しかし彼に冷静になる暇は与えない。
「ここまで勝ち上がった三人にアロワナ王子を加えて、計四人で組み合うぞ! 我が開拓地最強の横綱が、ここで決まる!!」
「いやあの……ッ! 何が行われているかさっぱりわからないんだが!? それにそこにおわすは魔王!? 何故いるの!? なんでこの地には世界各地からVIPが集結するの!? 戦うの!? 無理無理無理無理! この面子の誰一人として敵うもんか! この私が! やめて! 無茶な勝負に参加させないで! 私をおおおおッ!」
こうして行われた大一番だが、結果から言うと優勝したのは意外にもアロワナ王子だった。
勝因は、日頃から大海を泳ぎ回っている腰の強さ、とのこと。






