565 葉vs豆
とにかくコーヒーが完成したことを記念して様々な人に飲んで貰うことにした。
最初のターゲットは、ドワーフのエドワードさんだ。
何故彼を選んだのかって?
コーヒーミルを作るのに協力してくれたこともあるし、それにエドワードさんはドワーフで職人肌のオジサンだし。
『コーヒーを好んでくれるかな?』と漠然と思ったのだ。
そのテキトーな予感は的中した。
「ううむ、よいではないか」
コーヒー(ブラック)を一すすりし、陶然とした声を上げるエドワードさん。
「このきつい苦味が頭のぼんやりしたものを払って、目が覚めるようじゃ! 朝の眠気覚ましによいかものう!!」
「そうでしょう、そうでしょう」
やっぱりエドワードさんはコーヒーを気に入ってくれた。
コーヒーを飲んでもらうために農場へお招きした甲斐があったぜ。
「ワシらドワーフは酒を何より好む種族だが、このコーヒーというのもよいかものう」
「酒もコーヒーも大人の味わいですからねえ」
一流の品がわかる男同士で会話を楽しむ。
これぞ大人の世界だぜ。
「またマナメタルで道具作りを依頼された時には魂が昇天するかと思ったが、このコーヒーの味はいい……。落ち着いて魂が体に定着する」
それはよかった。
エドワードさんのマナメタルを目にするたびに昇天しかける個性は何としても改めてほしいと思っていたところです。
その足掛かりになるなら……コーヒーが魂鎮めの霊薬にされてしまう!?
「しかし、実によい苦味だ。このコクの深さはワシのように技術と経験を極めたナイスミドルでしか理解しえないもの。エルフの小娘程度には到底理解できまいなあ……」
あ。
エドワードさん、そんないかにもフラグになりそうなことを……!?
「野暮なドワーフが何か言っているな?」
ホラ来た。
フラグ回収する速さが矢のごとし。
エドワードさんの敵、エルフのエルロンが颯爽登場。
「風情を解さぬドワーフが、美食で我らに勝ろうというのか? 身の程知らずこの上ない」
「いつもながら生意気なエルフめ……! どうしてお前はいつもそんなに偉そうなのだ!?」
「実際偉いからに決まっているだろう! 我こそは真の美を求める職人気質エルロンだ!」
「エルフ風情が職人気質を名乗ることこそおこがましいわ! 真の職人とはワシらドワーフのことを言う!」
またいつものようにケンカになった。
エルフとドワーフ……いやエルロンとエドワードさんかな?
この二人は双方気難しい職人体質である上に、求める芸術の方向性から会うと必ず口論になり、そしてガチのケンカになる。
それを見守る俺としては困ったものだが……。
最近になって思うが、二人はこうして論を戦わせている時こそ一番溌剌としていないか?
「……そこまで言うなら、お前も一口飲んでみればいいではないかコーヒーを! 果たしてどんな感想が出るかな? まさか苦くて飲めないと言うまいな、お子様舌!?」
「ふっふっふっふっふっふ……!」
「!?」
不敵に笑うエルロンに、エドワードさんはたじろぐ。
「何だその笑いは? まさかお前もコーヒーに一家言を!?」
「どこまでも甘いなドワーフ野郎。私の芸術は既に、コーヒーなどというものを超越したところにある!」
エルロンは、懐から何か取り出したと思ったらそれは抹茶用の茶碗だった。
あんな大きなものどこに仕舞っていたの!?
そんな疑問を差し挟む暇も与えず、今度は茶壷、さらに水筒まで持ち出し、それぞれ中身を茶碗に注いでシャカシャカ混ぜ合わせる。
つまりお湯と粉抹茶を。
「味わうがいい! これが抹茶だ!」
「なにいいいいいいッ!?」
なんか即興で作り出された抹茶を前にして、衝撃に包まれるエドワードさん。
「そう! 私にはコーヒーなどというものに囚われる以前に、より高みに達した境地がある! それこそがお茶! コーヒーを超えるものだ!」
「なんだとおおおおおおッ!?」
まさかコーヒーに比肩する概念を叩きつけられるとは思ってもみず動揺するエドワードさん。
二人の対立はもはやコーヒーの枠から離れ、さらなる次元へと昇華した!
つまりコーヒーvsお茶!!
この長きにわたって争い続ける嗜好飲料王者決定戦が、ここ異世界でも繰り広げられることになろうとは!!
しかもただの戦いではなく、長らく主張をぶつけてきた二人の求道者の対決項目に入ってしまった!
こうなったらますます激化は必至!!
「しかし、勝利は既に私で決したようなものだがな」
「何ぃッ!?」
いつになく強気のエルロン?
「私は既に、茶碗、茶壷、茶筅に茶杓。……茶を淹れるための様々な道具を揃え、茶道具のレパートリーを完成させつつある」
「ぐぬッ!?」
「それに対してドワーフ野郎はいまだにコーヒーが美味いだの、その程度の段階に差し掛かったばかり。いまだ自分で一番上手く淹れるための道具作りにも至っていない。そんな俄かぶりで、今や茶道を拓かんとする私に対抗しようなどとは笑止千万!!」
「ぐおおおおおおッ!?」
エルロンがもうヤバい宗教を創始しつつない?
「だ、だがコーヒー豆を挽いて粉にする道具は、聖者様の依頼でこうして拵えた! ワシだって何も作っていないわけではない!」
「それだけだ! コーヒーだって完成するまでに他の色んな道具を必要とするだろう! 何よりコーヒーを注ぐためのカップ! それこそ一番大事なのではないか!?」
「ぐううう……!?」
「しかし、お前にそれを作ることはできない! 何故ならお前に陶器は扱えないからだ!!」
コーヒーを飲むためのカップと言えば、スタンダードなのはマグカップか。
あと喫茶店などで出てくるような紅茶用と変わらないカップ&ソーサーもあるけれど、どちらにしろ陶磁器だ。
しかし、本来鉄鋼職人として金属加工を本業とするエドワードさん。
大工仕事もするらしいが残念なことに、どっちにしてもコーヒーカップに一番適した陶工にはかすりもしない。
土を捏ね、焼き、土と火の力で器を作るにはどうしようもなく……。
彼のライバルであるエルロンの独壇場なのだ!!
「どうだぁん? もしお前がどうしてもと頼むなら、土下座してでも頼むのであれば特別にコーヒー用のカップを製作してやらないでもないがぁん?」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……!?」
そう、こうなったからにはエドワードさんは、エルロンに頭を下げる以外にコーヒーカップを得ることができない。
なんと言う皮肉事態。
エルロンの野郎、これを好機とエドワードさんを弄り倒して……!
「ほらどうするのぉ? 素敵なコーヒーカップが欲しくないのぉ?」
「うがあああああああッ!!」
ついにエドワードさん、逆上する。
「うごおおおおおおッッ!! 聖者様! おたくの鍛冶場を借りますぞ!」
「え? はいどうぞ?」
ウチにも、簡単な台所用具とか農具を製作するための鍛冶場が昔からある。
エドワードさんはそこに飛び込むなりハンマーを振るい……。
「あんぎらすうううううううッ!!」
奇声と共に金属を討つ!
「おしゃまんべええええええええええええッ!!」
奇声はどうにかならないのか?
そして小一時間ほどかけて……。
* * *
「これでどうだ!?」
エドワードさんが作り上げたものは……!?
「銅のマグカップ!?」
まあこの流れからしてコーヒーカップ以外のものができたらビックリだけれども。
金属製のマグってそもそも意外だなあ。
「だってカップなんてお湯注ぐものでしょう? 金属なんで使ったらカップに熱が伝わって、あちちちちッ、じゃないか?」
熱くてカップ持てませんよ?
「ふふふふふ、聖者様よアナタも意外と知りませんな。銅の保温性の高さを!」
「な、なんだってー!?」
「銅の器は中の温度を保つことに優れ、温かいものを入れれば温かいまま、冷たいものを入れれば冷たいままなのです! つまり飲み物を入れるにはもってこいのシロモノ!」
表面が熱いのは取っ手でもつければどうとでもなるか。
「何よりも銅には、他の金属にはない柔らかく温かい味わいがある! 陶器ばかりがいいものと思っている輩にはわからぬかもですがなあ?」
「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……!?」
今度はエルロンが唸る番だった。
彼女も一職人として銅製マグカップの出来のよさはわかっているから、おいそれと批判しづらい。
「どうかなあ? カップ作りが自分だけの専売特許だと思っていたお嬢さん? その傲慢を挫かれた気分はどうかなあ?」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬッ!?」
実際に銅製カップにコーヒーを注いで飲んでみる。
たしかに美味い。
いや器で飲み物の味が劇的に変わるわけもないのだが、カップに口をつけた時の金属感が新鮮だ。
保温性もあるというから作業中に使うのがよさそうだな。
益々『男の道具』という感じだぜ。
「こうなったら……!」
「白黒ハッキリつけるしかなさそうだな……!」
おや?
エルロンとエドワードさんの様子が……。
「お茶か」
「コーヒーか」
「「どっちが優れた飲み物か、決着をつける!!」」






