564 もう一つの嗜好
俺です。
お茶美味しい。
縁側で緑茶などを味わっていると、心の底から落ち着いてくる感じがするぜ。
「そんなに美味しそうなのにアタシは飲んじゃダメなんてッ! 旦那様が家庭内暴力だわ!」
プラティが恨めし気に見詰めてくるが、すまない。
妊婦にカフェインは好ましくないのだ! 出産したら好きなだけ飲んでいいので、今はノンカフェインの麦茶を飲んでいてくれたまえ。
さて、そうして我が農場でも生粋のお茶が楽しめるようになってきたが、そうしたら、さらに新しいものが欲しくなってしまう。
人間の欲には際限がない。
お茶を飲むようになり、嗜好品に馴れてしまったらもう一つ別の嗜好品が欲しくなってしまうのはサガというもの。
そうあるではないか。
お茶と双璧を成す、もう一つの嗜好品的飲み物……。
「コーヒー!」
そうコーヒー豆から抽出した真っ黒い飲み物。
お茶飲みます? それともコーヒー? と言われるくらいオーソドックスな嗜好品だ。
お茶を作りてコーヒーは手つかずというのでは詰めが甘いというもの。
しかし俺に隙はない!
茶畑と並行し、コーヒーの木もダンジョン果樹園にて育てていたのだ!
お茶を味わうのも一段落ついたからには、今度はコーヒー作りに挑戦しようではありませんか。
「というわけで目の前には既に収穫したコーヒー豆が用意してあります」
一応の確認だが、コーヒーはコーヒー豆から成分を抽出する飲み物だ。
コーヒー豆を実らせる木から果実諸共収穫し、果肉を除いて乾燥させ、脱穀したのがコーヒー豆。
しかし、まだそれだけではコーヒーはできない。
「えッ? 何? 豆?」
「今度はその豆で納豆を作るのですか?」
豆ときたら現れずにはいられないレタスレートとホルコスフォンのコンビ!
ええい、近寄るな!
コーヒー豆で納豆は作れない! 多分!
「今日はお前たちのまったく知らない豆の利用法を実践するのだ! 大人しく見ておれ!」
「私たちの知らない豆の利用法!? それは興味深いわ! 見学していきましょう!!」
本当に研究熱心だなコイツら……。
まあいい。
コーヒー豆からコーヒーを抽出するためには生のままじゃダメだ。
ローストして黒く焦がさないと。
そうしてフライパンで軽く炒っていくと、また凄くいい匂いと共に生豆が、クリーム色から黒へと変色していく。
いかにも熱のこもっていそうな黒褐色に!
テレビCMとか商品パッケージで見かけるコーヒー豆そのものだ!
そして鼻孔をくすぐるコーヒーのいい匂いよ!!
「ホルコスちゃん、変な臭いしない?」
「焦げ臭いですね」
ええい、コーヒーの芳醇な香りを理解できないお子様め!
豆をローストしたら、今度はお湯に抽出しやすいように挽いて粉にするぞ。
そうしてさらにみんなよく見かけるコーヒー粉となるのだ。
これが前の世界だったら専用の器具でゴリゴリ砕くのだが……。
心配ご無用。
実はもう用意してある。
コーヒー豆を挽いて粉にするための道具……コーヒーミルが!
今日という日を迎える準備として、前々からドワーフに製造を依頼していたのだ!
設計思想を忠実に伝えて!
そうしてドワーフの親方エドワードさんが作り上げてくれた異世界コーヒーミルがコレ!
主原料はマナメタル!
俺の拙い説明でよくも忠実に再現してくれたものだ。
これでコーヒー豆をゴリゴリ挽いて……、ついにできたぜコーヒーの粉!
益々いい匂いが漂ってくる!
「しかし完成までの工程多いなコーヒー」
ここまで来てまだ完成じゃない。
最後の仕上げに、粉々の粉になったコーヒー豆からコーヒー成分を抽出するドリップ作業に入ろう。
ここで使うのはコーヒーをこしとるためのフィルターだ。
フィルターにコーヒー粉を入れる。水をかける。成分が抽出されたお湯はフィルターを通って下に落ちていくが、出涸らしの粉は残るという仕組みだ。
コーヒーフィルターは紙が一般的であったが、今回は本格的に布フィルターを用意したぜ。
なんかよりプロな感じがする。
それでもってドリップし……。
フィルターを通ってカップの中に落ちていく真っ黒な液体が溜まって、ついに出来上がった。
「コーヒーだ!!」
カップを満たす真っ黒な液体。
これぞ男の飲み物。
お茶と並ぶ本物の嗜好品コーヒー。
「なるほどなるほど……。よくわかったわ、セージャが何を作ろうとしていたか……」
レタスレートが知った風な口を利く。
「醤油ね!」
「違うが」
醤油とコーヒーって、黒い液体ってぐらいしか共通点がないが!?
それで充分か。
「醤油も大豆から作られるもの。豆を原料とし、最終的に黒い液体として完成する。まさかそういう製造法でも醤油が作られるなんて知らなかったけど」
「だから違うって!」
予想以上に醤油とコーヒーに共通点が多く、俺も『コーヒーって醤油の一種だっけ?』と心に迷いが出てしまう。
いいや心をしっかり保て!
コーヒーと醤油は別のもの! 俺は違いのわかる男だ!
「コーヒーは飲み物だよ! そして醤油は調味料! 飲んでみればわかる! さあ、コーヒーをご賞味するがいい!」
「えええ……? 飲むの醤油を?」
だから醤油じゃねえって!
浮かない表情のレタスレートに半ば強引にコーヒーを勧める。
レタスレートはやはり気の進まなげだったが、それでも彼女は農場の一員。食べ物へ対する敬意を忘れず、一口コーヒーを啜った。
「……にっがあああああああッッ!?」
そして絶叫した。
「苦い! クソ苦い!! これは飲み物として許容できる範囲を遥かに超えた苦さよ! こんなもの飲んでいいわけがないじゃないのバカじゃないの!?」
散々な評価であった。
ふ……、さすがにブラックのままでは苦さに舌が耐えきれなかったか。
お子様舌だなレタスレートも。
「……な、何かしらこの無言のうちに漂うウザさは?」
「まあいいではないか。ならばこうすれば飲めるかな?」
コーヒーへミルクを注ぎ、そして小さじ二杯分の砂糖をぶち込む!
黒色から琥珀色へと変わるコーヒー、これでどうかな!?
「まあ……!? 多少は飲みやすくなったかもだけど……!? これの何が美味しいの? レタスレートよくわかんない!」
「そうか……、レタスレートにはコーヒーはまだ早かったか……」
「だから何なのその態度ウザい!」
やはりコーヒーは大人の男の飲み物ってことですよ。
「ウゼェ! なんだかよくわからないけどセージャの全身からウザさが立ち昇ってくるわ!」
お子様のレタスレートは置いておいて……。
この場にいるもう一人、ホルコスフォンはどうかな?
やはりブラックコーヒーの苦さに耐え兼ね、お子様っぷりを晒しているか!?
「苦味の中に、青りんごを思わせる爽やかな味わいがありますね」
「!?」
コーヒーを一口すすってホルコスフォンは感嘆の声を上げる。
「この濃厚な香りはロースト、グラインド、ドリップを空けることなく行ったことで新鮮さが保たれた結果ですね。フルーツを思わせる爽やかさも、新鮮さによって保たれたものでしょう」
「ホルコスフォンさん!?」
「ホルコスフォン師匠!?」
俺もレタスレートも、意外なまでのホルコスフォンの玄人っぽさに衝撃。
何だ!? どうしてそんなにコーヒーを味わう姿が様になっているんだホルコスフォン!?
彼女の背後からダバダー的な音楽が流れてくるかのようではないか!?
「おらー! 美味しいものの気配がしてきたのだ! おれ様参上!」
ここで新作料理の気配を察してまたヴィールが現れた。
俺、レタスレート、ホルコスフォンによる混沌とした場を目の当たりにして……。
「どうやらおれの出番はここにはないようだ! 邪魔したな! じゃッ!」
「また危機を察して撤退した……!?」
最近ヴィールの進退の判断が鋭くなってないか?
まあ、ここで改めてブラックコーヒーの苦さに辟易してもレタスレートの二番煎じになるから泣き損にしかならないしなあ。






