562 エルフ覚醒
お茶会の大騒ぎが終わって翌日、俺はある人に呼ばれた。
エルフのエルロンだ。
我が農場で働いているエルフの一人。
至急彼女の仕事場に来てほしいと連絡を受けたのだが……。
「お前はまだまだ甘いな聖者よ」
顔を合わせるなりすぐさまダメ出しを食らった。
甘いって何が?
「昨日のお茶会の件だ」
「ああケーキの」
「その甘いじゃない! そもそもあの緑色ケーキは苦味が特徴的だっただろうが!!」
たしかに。
じゃあ何が甘いというの?
甘いってことはダメ出しの意味であろう。でも昨日はエルロンだって他のエルフたちに交じって抹茶ケーキバクバク食べていたではないですか。
その上、不満があるとしたら……。
「器だ!」
「うつわ?」
「よい食事を味わうためには、料理を乗せる食器にも気を配らなくてはならない! 味だけでなく目で楽しんでこそ、極上の食卓というもの! しかし昨日の料理は全然様になっていない! 目で見て楽しめない!」
エルロン力説する。
ちなみに彼女は、農場で陶器を焼く仕事に携わっていて、主に日々の食事に使う皿やら碗やらを焼きまくっている。
だからこそ気になるんだろう。
「ケーキに使われた皿はまだいい。……いや、あの緑色に映える色合いを見つけ出したいものだが、しかしそれより気になったのは、あの紅茶とかいう飲み物を入れるコップだ!!」
「ほうほう」
「全然なっていないではないか! 有り合わせのコップを適当に揃えて、形はバラバラ! それ以前にあの不思議な色をした汁に合わせようという意思すら感じられない! 汁とコップの色合いがちぐはぐになっている!」
「汁って……!?」
恐らく昨日出した紅茶のことを言っているんだろうが、『汁』という呼び方自体が気分的に……!?
「あのねエルロン? あれは紅茶と言って……!?」
「わかっている。恐らくあれは、干した葉から煮出した汁だろう? 葉に宿った成分を湯に移し、味付けするのだ」
お、おう……!?
凄いな、昨日の一回のお茶会だけで茶の何たるかを見抜いたというのか?
「エルフの社会にも似たような飲み物はあるのでな。もっとも昨日飲んだものにはまったく及ばないが。ただその辺に茂っている葉を適量千切ってグツグツにて成分抽出するだけだからな」
わぁい野趣。
「ちなみに、その時に使う器具がこれだ」
そう言ってエルロンが出したのは、鍋にも似た金属製の容器だった。
鍋のようで底が深く、取っ手のようなでっぱりと共に嘴めいた注ぎ口のある。
これはまるで……。
「やかん!?」
「やはり聖者も知っていたか」
「エルロン、是非これを真似た器具を作ってほしいんだけども! 陶器製で!」
それこそお茶を淹れるのにもっとも適したもの!
緑茶用の急須と、紅茶用のポットで分けて作ってほしい!
用途はまったく同じでも雰囲気は大事なので! 和風洋風と使い分けたいよね!
「無論そのつもりで、このやかんを見せたのだ。聖者が作る茶にも、このような器具が必ずいる! 使い回しではなく細部まで適した専用のものがな!」
つまり紅茶ならティーポット!
金属製ではなく陶器で作った、茶葉から成分を抽出してお湯を色付け味付けするためのもの。
ぜひ欲しい!
「しかし問題はそれだけでは解決しない。茶を注いで直接口につける器……コップも重要だ!」
エルロンが燃えている。
陶器作りのプロであるエルロンは、料理に完全マッチした食器で調和を取ろうとするから。
それが職人のサガなのかッ!
「急須! ポット! 湯呑! ティーカップ! たしかに必要!!」
これまでお茶そのものの生産にかかりきりでそこまで気が回らなかったけれど、ようやくお茶が完成したからには副次的なものにも気を配らないとね!
「そういうわけでエルロン! お茶用の器具一式、生産を頼んでいいだろうか!?」
「もちろんそれを願い出るためにアナタを呼んだのだからな! 土を焼いて作るものなら何でも私に任せるがいい! 必ずや美しさという点でも茶を一級に引き上げてみせようぞ!」
エルロンの陶器作りの技術と意欲はもはや芸術家の域に達しているので、任せればさぞかし物凄いものができることであろう。
やりすぎてしまわないかが心配なぐらいだけども……。
「作ってほしいものは色々ある! まずは緑茶用の器具一式だ!!」
「緑茶!?」
「昨日飲んだ紅茶とはまた別のものだ! 急須に湯呑……茶托も欲しい!」
茶托とは。
湯呑の下に敷く和風のコースターみたいなものさ!
「茶筒も欲しいが大体金属製だよな? エルロンに頼めるのは陶器製だけとして……!」
緑茶用は大体この程度なので、次の段階に行こうか。
「紅茶だ!」
「それこそ昨日飲んだヤツだな!? 任せろ、構想は既に頭に浮かんでいる!」
さすがエルロン、陶器作りで常に頭がいっぱいだ。
紅茶に必要なものそれはアフタヌーンティーセットよ。
カップにソーサー、ティーポット。
ついでにあのお菓子を入れるおかもちみたいなのがあれば完璧に農場がイギリスになってしまうぜ。
アーサー王だ! ロビンフッドだ! ダブルオーセブンだ!
「なんだ、作らなければいけないものが多くあるな……! これは久々に腕が鳴る……!」
『ククク……』と不敵な笑いを漏らしながら創作意欲を掻き立てるエルロンであった。
「そうそう、あと一種類エルロンに作ってほしいものがあるんだけど」
「まだあるのか? 私も一度にできることには限りがあるから、あまりに多いと手が回らなくなるぞ?」
まあ、順番にやればいいから……。
緑茶、紅茶と来て……次に様式を整えたいものといえば抹茶だろう。
「抹茶を飲むために揃えたい道具!」
やっぱり湯呑とか比較にならないほど大きな茶碗!
粉末状の抹茶を入れておくための茶壷!
茶せんに茶杓! 袱紗!
それらを全部揃えたら茶道具一式!
抹茶を美味しく飲むための環境って、要するに茶道する環境ってことなのか!?
「どうだろうエルロン!? できるだろうか!?」
そう彼女に尋ねた瞬間だった。
一瞬だけエルロンの瞳の中が空虚になったように思えて、次の一瞬はじけ飛んだ!
「ビッグバン!?」
エルロンの瞳の中で宇宙が生まれた!?
そうか、随分前から陶器作りで芸術的境地に達し、より美しくより崇高な作品作りを心掛けてきたエルロン。
しかしそういうものの源流は、茶道にあるんじゃないか!?
お茶を注ぐ茶碗でお城が立つ値段したり!
重要文化財、国宝になったり!
既にこっちの世界で、数々の名陶芸品を作り上げたエルロン。
彼女の作品は高値で取引されて、一財産築き上げるほどとなってしまっている。
そんな彼女が……昔から高値で取引されている茶器とか作っちゃったらどうなるんだ!?
名物とか作っちゃったら!?
国宝か?
国宝になるのか!?
「あの……エルロン? やっぱり無理して作らなくても……!? 緑茶と紅茶のセットだけでも充分だから……!」
この期に及んで怖気づく俺。
そもそも茶道なんて俺まったくわからんし。
「いいやダメだ……!!」
しかしエルロンは引き下がらない。
既に彼女の中でビッグバンは起き、新たな宇宙が生まれてしまったのだから!
「よくわからん……、よくわからんが私は、我が人生でもっともやり甲斐のある仕事に出会えた気がする! 今まで何千枚もの皿を焼き! お碗を焼いて、培ったこの技術は、すべてこれから茶碗を作るためにあるのではないかと!」
ヤベーヤツのヤベースイッチが入ってしまった気がする。
俺はこの世界でもお茶を飲みたいと願っただけなのに……。
何で気づいたら世界を変えて、新しい世界を生み出す局面に入っているの!?
エルロンが創り出す、茶と器と礼儀作法の混然たる宇宙!!
「やろう! その抹茶とやらを飲むために必要な器具づくり! このエルロンの職人魂を懸けて仕遂げてみせよう!」
これは異世界で、茶の湯革命が引き起こされるか!?






