560 喫茶去
冬もそろそろ終わりに近づいてきた。
雪解け前にもう一つ、事業的にやりたいことがあったので実行することにした。
お茶作りだ。
以前からやろうやろうと心に温めていたことをついに実行に移すぞ!
前に、農場でも美味しい飲み物が欲しいなあと考えていた時に一案として浮かんだもの。
しかしお茶の元となる茶っ葉、その茶葉を実らせる茶の木を栽培しないといけないということで、一旦据え置きになった。
それを今再始動させる!
お茶っ葉の元となる茶の木を、この際だからたくさん育てて茶畑の規模になるぐらいにしてやるぜ。
そしてたくさんの茶葉を作る!
なんだか久々に農場らしいことをするから余計に胸が躍るぜ。
ドキがムネムネするぜ!
ということで茶畑の栽培地に決めた場所は、ダンジョン果樹園であった。
ダンジョン果樹園。
ヴィールが支配している山ダンジョンに設けられたこの施設は、ダンジョンという環境を利用して効率的な果物づくりを目指す場所だ。
ダンジョンは空間を歪めた異界なので、温度湿度日照量とかの環境をダンジョン主の思いのままにできる。
また山ダンジョンは山だから水はけもよく、元々山地での育成に適した果樹を育てるのにもっとも適しているというわけだった。
そんな山ダンジョンのよさに着目してできたのがダンジョン果樹園。
今回育てたい茶の木もまた山地で育てることに適した種類と聞いたことがあるので、ダンジョン果樹園を育成場所に選んだ。
異空間なのも相まってまだまだ手付かずの空き地はたくさんあるから、そこを整地して茶の木を植えていくぜ!
……といってもまた『至高の担い手』で無から茶の木が生えてくるように促すだけだがな。
そうしてお茶の木の芽が出てきたらハイパー魚肥を蒔いて成長を促すぜ。
プラティ謹製のこの超肥料を撒くと、作物が通常の何倍もの速さで育成するのだ。
普通の作物でもまいて数日で収穫可能になるほどだが、今は木を丸々育てるからな。
それでもけっこう時間がかかる分、冬まで作業を待っていたというわけだ。
その間オークボ城やパンドラ騒動もあって、それらを経てついに茶畑が完成。
富士の裾野のような風景が広がったぜ。
「早速収穫だ!」
収穫には、農場に住んでいる元オートマトンの女の子たちに働いてもらった。
だってお茶の収穫といえば若い女の子がやってくれるもののはず。
チャッキリ娘だ。
という感じで摘み終えた一番茶!
……これを一番茶と呼んでいいんだよな?
とにかくこれを加工して、俺のよく知るお茶のスタイルにしていかないといけないはずだ。
緑茶、抹茶、紅茶、ウーロン茶、玄米茶、ほうじ茶など。
すべて元の原料は同じ、茶の木から採れたお茶っ葉のはず。
収穫から行われる処理によって、それぞれ違うものになっていくと聞いたことがある。
どんな処理をするか具体的なところまでは知らないけれど。
ダメじゃん。
加工法を知らなかったらお茶が完成しないじゃんか!
ダメじゃん!
いやいや待て待て。
ここまで来てお茶作りを諦めるわけにはいくか。
きっと何か方法がある。
俺にはこの『至高の担い手』もあることだし、これを使って何とか美味しいお茶を作る方法が……。
試しに、摘んだばかりの葉を握って揉み揉みしてみた。
すると手の中に残った葉は……。
「ちゃんとした茶葉になっている!?」
あの黒々とした、針のように細い緑茶の葉だ!
もうこれにお湯を注げば問題なく最高に美味しい緑茶が淹れられることであろう!
「また『至高の担い手』ですべてが解決してしまった……!?」
しかも、ちょっと趣向を変えて、違うものを念じながらお茶を揉んでみると……。
「紅茶、紅茶、紅茶、紅茶、紅茶……!」
紅茶の葉になった。
「抹茶、抹茶、抹茶、抹茶、抹茶……!」
緑色の粉が手の間から出てきた。
『至高の担い手』が、細かい作業工程抜きで様々な茶葉を生み出していく!?
久々に『至高の担い手』の恐ろしさを実感したぜ。
「しかしダメだ! 『至高の担い手』に頼ってばかりなのは!!」
こないだのパンドラの教訓もあることだし。
研究を重ねて、ちゃんとした工程で緑茶紅茶抹茶を作っていけるようになろう。
大丈夫、大まかなことは知っている。
紅茶は茶葉を発酵させて作るもので、緑茶は発酵させずに蒸すもの。
そして抹茶は茶葉を石臼で挽いて粉状にしたもの。
……だっけ?
それをヒントに研究を重ねていくのだ!
いつかきっとどこに出しても恥ずかしくない異世界茶が完成するに違いない!!
……でもまあ今日のところは『至高の担い手』で出来上がったお茶を満喫してみようか。
どの程度の美味しさになったか実験してみよう。
「まずお湯を沸かして……」
知っているぞ。
緑茶の場合、グツグツに沸騰したお湯じゃダメなんだよな。
八十度程度のお湯でじっくり煮出した方が……なんだっけ? 渋味の成分が出ずに甘くまろやかな味わいになるはず……だったはず!
しかしマズったのは、茶葉が出来上がったあとのことをまったく想定せず、お茶を入れるための道具一切を用意していなかったことだ。
急須もなければ湯飲みもないし。
これからの課題だな。
今はあるもので何とかやりくりしていく。
鍋にそのまま茶葉を入れて抽出していき、ザルで茶葉をこしとりつつ普通のコップに入れる。
飲む。
「はああああ……、ホッとする味」
まさに『一服すべえ』と言わんばかりに心が落ち着く。
そうそれがお茶の上手さだった。
お酒やジュースもいいけど、やっぱり人はこのホッとする飲み物を求めてしまうんだろう。
人間に寄り添う味。
「別のお茶も試してみよう!」
『至高の担い手』で色んな茶葉ができているからな!
次は紅茶だ!
「ゴールデンシロップ!」
よくわかってない。
砂糖とミルクを入れてカップを傾けると、まるでここが英国都市のアフタヌーンのように思えてくるから不思議だ。
さらに抹茶も味わってみる。
実は前の世界で抹茶そのものを飲んだこととかないんだけど。
「なんかこう……、専用の何かでシャカシャカッと混ぜるんだよな?」
アレが何というのかも知らんし、従って用意できるわけもないが。
とりあえず適当にお碗に粉を入れてみて、だばあっとお湯をかけ、箸で掻き混ぜてみた。
「全然泡立たない……!?」
この辺から悪い予感がしてきた。
とりあえず溶けきったと思える抹茶を一飲みしてみたが……。
「……全然溶けきってねえ! 溶け残った抹茶の粉が! 喉に引っかかってぐぼぼぼぼッ!?」
これは美味しい抹茶を入れるためにも研究が必要なようであった。
しかしあまり簡単に美味しいお茶が飲めてしまうのも千利休に失礼な話だ。
前の世界では茶道などかすりもしなかった俺だが、ここファンタジー異世界で茶の湯の道を探究し、見事にお茶の素晴らしさを広めてみせましょうぞ!
「で、ご主人様これは何なのだー?」
と一人浸っていたらなんか現れた。
ヴィールだ!
俺が何か新作料理を作ろうとしたら必ず現れるからもう驚かない。
「というか今日は遅かったな? 作っているのが食い物じゃないからか?」
最近になってわかってきたが、ヴィールどもの食い物センサーは明らかに感度の差がある。
甘いものとかジューシーなものだとすぐに飛んでくるんだ。
逆に苦かったり食いでがなかったり、あんまり腹に溜まらなそうなものだと反応が鈍い。
「というかなんだこれはー? また青汁作ってるのかご主人様はー?」
「青汁じゃねえよ!!」
たしかに粉末状だと見分けはつけにくいが……。
青汁と抹茶は別のものだよ!