559 希望を箱へ
しかし何だったんだ一体?
今日起こったことを順序だてて整理していくと……。
・空から箱が降ってきた。
・開けた。
・女の人が出てきた。
・レタスレートがぶちのめした。
以上。
『何言ってんだコイツ?』と言うほどにわけわからない。
どうして空から箱が降ってきたかとか、箱の中に女性が入っていたのかとか、理解の範疇を超えた箱過ぎる!
これが魍魎の匣ってヤツなのか!?
違うか……。
そういえば、あの箱が俺の手で簡単に開けられた理由もよくわからん。
レタスレートの怪力や、ホルコスフォンのマナカノンでもビクともしなかったのに、何で俺の手だと簡単に開いたのか?
俺の手に何か特別なものでも宿っていたか?
まあ、たしかに宿っているが……。
『その疑問の一切合切に、私からお答えしよう』
「わあ!? ビックリした!?」
気づけばヘルメス神が立っていた。
天空の神々のうちの一神だ。
『いやー、懐かしい気配を感じ取って慌てて地上に降りてきたよ。これってアレだよね? 間違いなくパンドラの気配だよね?』
いや知りませんけれど。
ヘルメス神のお目当てと思しき女性は、いまだ口から泡を吹いて気絶し、起き上がる気配はない。
それをレタスレートが拾った枝でツンツンとつついている。
『いや、アイツだよ! パンドラが外に出てきちゃってるうううう……? 三界神の複合封印を解いて箱を開けたってことは、やっぱり聖者くんのギフトの力によるものだね!』
「はぁあ?」
たしかに俺の手にはヘパイストス神からの贈り物……ギフトと名付けていいほどに凄まじい能力『至高の担い手』が宿っている。
手にしたもののあるべき力を限界以上に引き出す能力だ。
これのおかげで農場作りがよく捗る。
『パンドラが何者か、既に本人から聞いたことと思うけれど。そんなパンドラに反逆された我々神は結局彼女を封印することしかできなかったんだ』
何千年も前の話ですよね?
『ゼウスのアホ父が「神の手で傷つけることができない」なんてアホみたいな特権を与えるから殺すこともできなくてね。その代わりハデス伯父さんやポセイドス伯父さんの助けも借り、三界神総出の複合封印で厳重に閉じ込めたんだ』
その結果、封印を解きたい場合は三界神全員の合意が必要となり、一派の神だけでは封印を解けなくなってしまった。
『まあそれはアホ父ゼウスが勝手することを未然に防ぐ意図があったんだけれど。今あのアホ父は絶賛幽閉中だからねえ』
「じゃあ誰があの箱を?」
『そりゃあゼウス不在中の天界で最高権力者。天王の妃ヘラ様だよ』
俺も一回だけお会いしたことがあるが、まあ個性的な女神様だったなと記憶している。
主に残念な方向で。
『ヘラ様は、今天界を二つに割った対立の、一派側の総大将だからねえ。しかも不利な方の。自陣の戦力増強にしたかったのか、それともただ混乱を呼びたかったのか、いずれかの理由でパンドラを利用するつもりだったんだろう』
それで箱を農場へ落とした?
『さっきも言った通り、正攻法で封印を解くには三界神の合意が必要不可欠なんだよ。それを回避するには唯一の裏技しかない』
「俺の『至高の担い手』か……!?」
『そういうことー』
『至高の担い手』を持ってすればどんな封印も解けるだろう。
だって触れたものを自在に操ることができるんだから。
『キミの存在は、天界の神に知られないよう細心の注意を払ってたんだけど、それでもヘラ様には一枚上を行かれたね。さすが夫のどんな浮気もたちどころに見破る鬼嫁に隠し事は不可能か。というわけで……』
「というわけで?」
『まことにすみませんでしたー!!』
世にも珍しい神様の土下座。
いやそうでもないか、前にもどこかで見た気がする。
『これからはより気を引き締めて、キミらにちょっかい出させないようにするのでご勘弁ください! でも多分大丈夫! 神々は召喚されない限り地上には来れないし』
「アンタは呼ばれてもないのによく来るじゃないですか?」
『私は神々の伝令役として例外を許されているからね! ヘラ様やアテナはそうでもない! それにキミ自身は既にヘパイストス兄さんのギフトを貰っているし、この土地はハデス伯父さんの加護を貰っているから益々ちょっかいかけられないよ!?』
そんな弁明がましくしないでいいので。
今日の出来事がやもえない事故であることはわかった。
では何故起こったかの過去を追求するより、どう処理していくかの未来を考える方が建設的ではないか。
「さしあたって、あの女の人はどうしようか?」
『そうだなあ?』
パンドラはまだ殴り倒されてから意識を回復しておらず、レタスレートによって鼻の穴に落花生のカラを詰められて遊ばれていた。
『しかし彼女もアホだねー、昔の最強が今もそうだとは限らないのに』
「そうすか?」
まあ実際レタスレートに完膚なきまでにやられたんだが。
『パンドラに授けられた中で、もっともヤバい加護は「神から傷つけられることがない」ってヤツだからね。おかげで事実上神は彼女に手出しできなくなった。殺すことも制限することもできない』
ならばパンドラを止められるのは神でないもの……つまりは人類ということになるんだが、他にも多くの加護祝福を与えられたパンドラに、当時の人間で敵う者は皆無。
『おかげで封印するしか選択肢はなかったんだが、あれから数千年も経てば人類も進化するしねえ。ノーライフキングまで含めたら彼女を超える人類なんて腐るほどいるよ』
レタスレートもその一人だったと。
与えられたものに頼って何の訓練もしなかったパンドラより、日夜豆を愛し豆を食べ続けた彼女のパワーが勝ったのか。
これは俺自身身につまされる話だなあ。
ヘパイストス神から『至高の担い手』というギフトを貰い、こうして楽しい農場生活を送れているのだが、あまりにギフトにベッタリ頼り切りでは俺もパンドラのようになってしまう。
節度を守ってみずからも研究し続けていこう。
それこそあのレタスレートのようにな。
『パンドラはまた封印するのがいいんじゃない? どうせ元から永久封印されてるヤツなんだし』
俺の『至高の担い手』を持ってすれば、封印を解くだけでなく再封印することだって可能だろう。
再び箱に入れてピタッと閉めておけば、きっと大丈夫だろう多分。
自省しながら結局すぐまた『至高の担い手』に頼ってしまっているが……。
「それじゃあ必要なのはあの箱だってことで……、どこにいった?」
パンドラが解き放たれてからはもっぱら興味が中身に移り、ガワは置いておかれたけれど。
……アレ? そこに置かれてなかったっけ?
「こちらですマスター」
「おうッ!? ホルコスフォン!?」
箱を抱えてどうしたんだ!?
「このように立派な箱に納豆を詰め込んだら素敵だろうなという想像を実現すべく行動しておりました」
「お、おう……!?」
急に気配が消えたと思ったら、そんなことを……!?
「箱の内側を丹念に洗い、乾かして、消毒し、その上で詰め込めるだけの納豆を詰め込んでみました。いかがでしょうマスター? これぞ宝箱ではありませんか?」
「そ、そうだね……!?」
たしかにこの内側は、納豆をパッケージングした藁束が数えきれないほど詰め込まれてワゴンセール状態だった。
「さすがに納豆そのまま詰めることはしなかったか……!?」
『でもどうするの? これまたパンドラ詰めて封印しないといけないのに……!?』
困惑するヘルメス神。
俺はその隣で沈思黙考して。
「このまま詰め込んじゃえばいいか」
『え?』
「レタスレート、パンドラさんこっちに持ってきてー」
レタスレートから『わかったわー』の快活な返事が来て、いまだ気絶している女性を抱えてこっちに来る。
「じゃあ、また箱の中に入れて」
「はいはいさー」
『ちょっとッ!?』
既に納豆でパンパンになっている箱の中にパンドラをギュウギュウと押し込んで、何とか収まったところで蓋を閉める。
封印は無事再起動して、パンドラは再び箱の中の人となった。
追加した大量の納豆と一緒に。
『よ、よかったのかな……!?』
「大丈夫でしょう?」
『ま、まあ封印中の箱の中は時間が止まっているから腐敗とかの心配はないだろうし。しかし、いくら時間が止まっているとはいえ……!?』
納豆パンパン空間の中で封印され続けるパンドラ。
これからまた何千年と過ごすことだろう。
「いいえ、これは素晴らしいことです」
ホルコスフォンが言う。
「この封印が再び解かれし時、人々はまたパンドラさんによって迷惑をこうむることでしょう。しかしそれだけではない。きっと未来の人々はパンドラという厄災だけでなく、もう一つの贈り物を受け取るはずです」
そう。
納豆という。
「つまり納豆とは、箱の底に残った最後の希望なのです!!」
「そうかー」
次にこの箱が開かれるのは百年後か、千年後か。
その時箱を開けた人々は納豆という食品を受け取り、希望を見出すことだろう。
それこそがパンドラの箱に残った希望。
『この箱、天界に持って帰ったらまた利用されるかもしれないし、農場で預かっといてくれない?』
「いいよー」
こうしてパンドラの箱は、農場の納屋の隅っこに捨て置かれることとなるのであった。
たくさんの納豆と、その他おまけを内包しながら。
後日談としては切り札であるはずのパンドラ復活が完膚なきまでに失敗に終わった天界の強硬派さんたちは、強気を挫かれ程なく降参。
天界戦争は始まることなく終結したそうな。






