558 すべてを与えられた女
箱の中から出てきたのは女性だった。
名前をパンドラというらしい。
一体何が起こっているのかわからないまま状況だけが目まぐるしく変わっていく。
パンドラなる女性は、黒髪たなびく目を見張るほどの美女で、しかしながら出で立ちは鎧姿。
野心的な目の色と言い、まさしく生粋の女戦士だった。
「私が封じられてから……、何年経った? まあどうでもいい、封印の箱から解き放たれたからには、停滞していた覇業を今こそ再始動させる時!」
箱から出てきた女、高らかに宣言する。
「この世界を我が手に握る! 私こそが世界の支配者よ!」
「……」
「痛いッ!?」
またレタスレートがスパーンと頭叩いた!?
だから叩いちゃダメだと言っているじゃないか!?
「すみませんすみません! コイツが見境なく頭叩いてッ!?」
「いたたたたた、何なのよアンタらは? 人族? 見た目からしてそうらしいけど……?」
パンドラなる美女は、俺やレタスレートのことをしげしげ見詰めて嘲笑的に口を吊り上げた。
「まあいいわ、人族ならばいずれ私に支配される者。家畜にも慈悲をかけてあげねば、痛いッ!?」
「こらッ、レタスレート!?」
なんでそんなスパンスパン叩くのッ!?
いや何となくわかる気もするけど、このパンドラという女性からは嫌な感じが漂っている。
レタスレートの気も立とうというものだ。
「ちょっと聞くけど、アナタたちはこの私を知らないの? このパンドラを? 神からもっとも愛されし、英雄と聖女を同時に兼ねるこの私を?」
「知りませんな」
「ふむ……それぐらい時間が経ったのね。これは百年単位で封印されていたと見ておいた方がいいわ」
一人ぶつくさと呟くパンドラ。
益々わけがわからないが彼女の話を聞き続ければ謎は解けるのだろうか?
「ではまず、この地に新たなる私の伝説を紡ぎ出すためにも教えてあげるわ。私の名はパンドラ。かつて神からもっとも愛され、あらゆる有益なものと美しいものを与えられた女よ!」
自慢気に名乗るパンドラ。
「私は神々より様々な祝福と加護を与えられた。それによって誰にも負けない最強の存在となった。例えば見なさい!」
パンドラは、腰に剣を下げており、それを引き抜き振り下ろしただけで地面が抉れるように割れていく。
「ぎゃーッ!? 耕したばかり種まき予定地がーッ!?」
「私は華麗なる戦神アテナより加護を受け、熟練の剣技を手に入れた! 剣を振るだけで地を裂き、天を割ることができるのよ! それだけでなく!」
パンドラのかざした手から、荒れ狂う炎が放たれる。
その炎は地面を舐め、レタスレートの畑(予定地)を焼き払う。
「ぎゃー!? 折角の肥えた土があああーーーッ!?」
「今のは竈の神ウェスタから与えられた炎の加護。この力のおかげで私は、魔族の魔法のように炎を操ることができるのよ!」
ああ、可哀想に。
冬なんで作物などほとんどなかったが、それでもレタスレートが一生懸命に耕していた区域が被害を受けている。
「それ以外にも、残虐の戦神ベラスアレスから、どんな傷を受けようと立ち上がれる不屈の肉体を! 月神アルテミスから百発百中の弓矢の腕を! 神々の密偵ヘルメスからはいかなる敵からも逃げおおせる忍び足の技を与えられた!」
「色々与えられてるんだなー?」
あれ、でも待て?
以前から何度も聞いたことがあるが、神はたしか一人に一度しか加護とか祝福とか与えられないはずでは?
なんで一人でそんなに神の力を与えられてるの?
ということを指摘すると……。
「ほう、今の時代はそういうことになっているの。あるいは私の影響かもしれないわね」
「え?」
「私は神から大いに愛された。そのお陰で神よりありとあらゆる加護や祝福を与えられた。そのお陰で私の力は神を超え、神以上の存在となった」
「それって……!?」
そういえば『神から与えられる力は一人一つまでのルール』とは大昔に制限なしで力を与えられ続けた英雄がいたためと聞いた。
ソイツが驕って反乱を起こしたためで。
同じ事が起きないように、一人にいくつも与えないように定められたと。
「その英雄がキミだっていうのか!? でもその話は何千年も前のことだと聞いた気が!?」
「何千年!?」
何故キミが驚くの?
「……そ、そんなに経っていたの? まあいいわ、そのように世が変わっているのなら私にとってますます好都合ってことだから。今の人間たちに与えられる加護が一人一つまでなら、私と同じ方法で最強に至った者はいないってことだからね!」
パンドラには数十に達する加護と祝福があるが、今の人間は一つまでしか与えられない。
比較すれば実力差は明らかだ。
「何より私は大神ゼウスより、永遠に老いることのない美貌、そしていかなる神からも傷つけられることのない特権を与えられた! 神に殺されることなく、人間には私より強いものなどいない! つまりこれは無敵ということ!」
そう言ってパンドラは笑う。
「この世界に私を倒せる者はいない! 数千年前は冥神や海神がしゃしゃり出てきたことで惜しくも封じられてしまったが、同じヘマはしないわ! 今度こそ神の思惑を跳ね除けて、私こそが地上の王になって……ぐほぉッ!?」
突如、パンドラが汚い叫び声を上げた。
思い切り腹パンされて、鳩尾に拳が沈みこむほどに突き抉られていたからだ。
殴ったのはレタスレート。
その表情には怒りが浮かんでいた。
「よくも私の畑を滅茶苦茶にしたわね!!」
そうだった。
パンドラはほんのデモンストレーション気分で剣を振ったり炎を出したりしていたが、そのお陰でレタスレートが冬に拵えようとした畑が壊滅状態。
これじゃ怒るのも無理はない。
「ぐぼほッ!? この私に一発食らわせるなんて……、一体何者?」
「農作物を荒らす者に名乗る名は持っていないわ。農場の掟……畑を荒らす者には死を!!」
いやまあそうだけど。
レタスレートの気持ちもわかるのでここは任せるとするか。
「この私にケンカを売るとは愚かな……! 神より数多の加護祝福を与えられた私は、常人を遥かに超える超人なのよ! その私に逆らうならばちょうどいい、お前を復活後第一号の犠牲としてあげ……ぐふぉぉッ!?」
またいいのが腹に入った。
だがレタスレートのパンチを食らって一発では沈まないというのも、あのパンドラが類まれなる強度を持っている証と言えるだろう。
豆パワーを得たレタスレートの腕力は尋常じゃないので、今の彼女に腹パンされたら胃液をすべて吐き散らして一日は目を覚まさない。
「な、何故……? 私は軍神ベラスアレスの加護によって不屈の肉体を得て、どんな攻撃を加えられても耐え凌ぐことができるはずなのに……!?」
「どんなにタフで頑強でも、それを超える威力で叩けば砕ける道理よ」
「くッ!?」
これ以上無為に殴られるのはマズいと悟ったか、パンドラはバックステップで距離をとる。
「黙って殴られていればいい気になって! でもサービスタイムは終わりよ! 私が反撃に出るからには、もうお前に攻撃チャンスは二度と回ってこない!!」
そう言って、また腰の剣を引き抜く。
「この剣もまた大神ゼウスから与えられた聖剣エクスカリバー! この世に二振りとない聖剣を、戦神アテナより授けられた剣術によって振るえば山をも断てる! お前の命運はここに尽きたわ!」
剣を振り下ろすパンドラ。その太刀筋は、レタスレートがかざした手によって容易に防がれた。
「えええええッ!?」
エクスカリバー? とやらの刃を真っ向から受けたレタスレートの細腕は、血の一滴すら流れ落とさない。
傷もないから出血もしないということだ。
「……アナタに教えてあげる。人は、貰うばかりでは生きられないのよ」
レタスレートがなんかそれっぽいことを言っている?
「人は誰もが、他人から何かを与えてもらわないと生きられない。私だってお城でお姫様していた頃からずっと与えられて生きてきたわ。綺麗なドレス、指輪やネックレス。農場に来てからだって多くの人に助けられて生きてきた……」
「エクスカリバーの剣撃を凌ぐなんて!? ……そうか、お前も何かしらの神から加護を受けているのね!? よほど強力な加護を! 一体どの神から寵愛を受けているの?」
レタスレートは神の祝福も加護も受けていないはずだ。
例の神様飲み会の時には彼女も居合わせていたが、人族が崇める天界神がいなかったので固辞していた。
「だからこそ与えられることに感謝しないといけない。そうして初めて与えられたものを完全に自分のものにできる。私はこの農場で、たくさんの人に感謝している。セージャやプラティやホルコスちゃんや、オークにゴブリン、他にも多く……。そして何より、豆に!!」
結局豆なのか。
「多くの人たちに感謝して! そして自分も与える側に回る! それをせず与えてもらうことしかしないアンタに私は倒せないわ! 見るがいい、農場への感謝が生んだ私のパワー! レタスレート総合格闘術奥義! 九豆竜閃!!」
「ぐわあああああああああッ!!」
レタスレートの目にも留まらぬパンチの連打がすべてパンドラの体へヒットし、吹っ飛ばされる。
神の加護すら間に合わず、大ダメージを受けた彼女は口から泡を吹いて失神してしまうのだった。
「マメに働きマメに感謝! 豆を食べてマメな性分を身につけるのよ!!」
なんかキメ台詞的なことを吐いてビシッとなるレタスレート。
アイツいつの間にあんなキャラになったんだか?






