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55 三つの数字

 こうしてバティに服作りを託すが、当然すぐさま成果が出るわけではない。

 作業に色々と時間を掛けることだろう。


 その間じっくり待つことにして、俺は俺の作業に没頭する。


 住人が増えたことから家を増築したかったし、前々から制作中の陶芸用の窯も完成させたい。

 風呂もまだ出来上がってないしなあ。


 そういう諸々を片付けようと、いそいそ働いていたら何か聞こえてきた。


「ねえバティ、どうしても必要なの?」

「必要です! 不可欠です!!」


 女性たちの声だった

 プラティを初めとしてヴィール、アスタレスさん、ベレナそしてバティと全員揃っているようだ。


「ようだ」などと頼りない推定口調なのは何故かと言うと、ここが屋敷内で、ドア越しだからだ。

 より詳しく言うと廊下を歩いていたらどこから声が聞こえてきて、どうやら部屋の中で女性たちが雁首揃えて何かしているらしい。

 

 俺はそれを、ドア一枚越しに聞き耳を立てている状況。

 目視はできないが、声は聞こえる。


「これなくして成功はありません!! 避けて通れぬヴィクトリーロードです!!」


 この声はバティか。

 声が激しく、情熱的に唾を飛ばす情景が目に浮かぶようだ。

 

 で、何やってるの?


「計らせてください。皆さんの……、サイズを!!」


 サイズ?。


「私は聖者様から服飾係に任命されました!! 皆さんのお洋服を作らせていただくことは、いわば私に課せられた聖務!! 速やかなる協力をお願いいたします!!」


 俺、バティにそこまで重責と強権を与えたっけ?

 当人が気負ってるだけとも言えなくないが、モチベーションが高いのはいいことか。


「着る人の体型にピッタリと合うこと! それがよい服に欠かせない条件です!!」

「バティが燃えてるー……!」


 同僚のベレナの声が、冷ややかだ。


「と言うわけで計らせて下さい! 皆さんの身長を!!」

「はい……!」

「計らせてください! おっぱい! 腰! そしてお尻の大きさを!!」

「「「はいッ!?」」」


 バティ以外の皆が一斉に驚愕していた。


 …………。

 ……スリーサイズか。


 そういえば、女性の服作りには特に重要だと聞く。

 ここで俺はそろそろ気づいていた。こうしてドア一枚越しに聞き耳を立てている自分自身の危うさを。

 安全第一とするなら、今すぐ物音一つ立てず現場から離脱すべきだろう。

 それなのに俺の足は動かなかった。


 彼女らは、俺の存在にまったく気づいていないに違いない。

 ドア一枚向こうから、艶っぽい声がわいわい響いてくる。


「では皆さん! サイズ計測のために服を脱いでください! ナウ! 今! 全部!!」

「全部!?」

「当たり前でしょう! 薄皮一枚の誤差が、服の完成度に影響してくるんですよ!」

「だからって……! 皆の前で素っ裸になるのは恥ずかしいわ……!」

「何言ってんすかプラティ様の分際で! 初対面の聖者様に下半身スッポンポンで向かい合ったって話は既に掴んでるんですよ!!」

「ぎゃあああああああッッ! やめて言わないで思い出させないで!!」


 なんかプラティによる乙女の悲鳴が襖一枚越しから。


「あの頃はまだ陸の作法をよく知らなかっただけで! こっちでの生活に慣れた今だと滅茶苦茶恥ずかしいの! もう二度としないんだから!!」


 もう二度としないのか……!

 なんだか寂しいような……!


「バティ。私たちは魔軍で軍服や鎧を作成するため頻繁にサイズを計っているだろう? 改めて計る必要はないんじゃないか?」


 これはアスタレスさんの声だ。


「何を仰います? 昨日計ったサイズが今日も同じだと、本気で信じて仰るんですか?」

「なん……、だと……!?」

「聖者様が作られるご飯はとってもとっても美味しですよね? アスタレス様なんか、今朝の生姜焼きお代わりしていましたし」

「何が言いたいバティ!? 太ってない! 私は太っていないぞ!?」

「でもぉ、結婚して幸せ太りって言うのはよくあるそうですし……?」

「それは殿方のケースだろう!? 女性は関係ない! 関係ないはずだ!」

「だったら証明できますよねえ?」

「無論だ!」


 部下に乗せられる四天王。


「服を脱げばいいのだろう! いいだろう脱いでやる! ベレナ! プラティ殿! お前たちも脱げ! こうなったら死なば諸共だ!!」

「巻き添え!?」


 ドア一枚向こうから、シュルシュルと衣擦れの音が聞こえてきた。しかも幾重にも重なって。


「ホラホラ、グズグズせずにガバッと脱いじゃってくださいよー。何のためにこんな狭い部屋に何人も押し込んだと思ってるんですー?」


 そしてバティが調子に乗っている。

 それは声だけでもわかる。


「うわー、アスタレス様、またおっぱい大きくなったんじゃないですか? 結婚して女性本能が刺激されたとか?」

「魔族の人たちって肌の色が濃いから、あの部分とかどういう色してるんだろうって思ったら、そんな色してたのね」

「そういうプラティ殿は……!」

「つるつるですね」

「つるつるですわ」

「煩いわね!!」


 めくるめく艶話が……!

 紳士的にはこれ以上ここにいてはいけないということはわかる。

 それなのに足が動かない!!


「それでは計らせていただきますよ。メジャー、メジャー♪ まずはアスタレス様からー♪」

「ひゃッ!? いきなり肌に当てるな! 冷たくてビックリするではないか!!」

「……増えてますね」

「だからビックリさせるなあ!!」


 アスタレスさん……。

 今晩からご飯は少なめにしておこう。


「あ、でも安心してください。ウエストは増えてないです。おっぱい大きくなっただけです」

「マジか……!」

「あからさまにホッとしていますね。ちなみにヒップも増えてますよ」


 結婚して女性ホルモンの分泌が過剰になったか。


「プラティ様は……。その前に何ですかこの肌触り!? ツルツルって気持ちいいですよ!?」

「なんだ、プラティ殿は見た目だけじゃなくて触感もツルツルなのか!?」

「わ、ホントにツルツルです! 青魚に触ってるみたい。これが人魚族の肌なんですか!?」


 バティ、アスタレスさん、ベレナの順に驚きの声。


「ぎゃー! やめて! 触らないで! そこは旦那様以外触っちゃいけないところだからーッ!!」


 どこを触られているのか。


「では計測します。……プラティ様もなかなかの巨乳ですね。さすが人魚の国の姫君……!」

「数値自体は発表しないのね?」

「戦士の情けです」


 正確な数値発表はなしか。

 まあ、正確に優劣を決めないメリットもあるし、長さの単位もメートルとかとは違うだろうから俺が聞いても把握できないだろうし。

 それでいいかな?


「あとはベレナ。前の計測時と変わらず。貧乳。以上」

「同僚! もっと私をいたわって!!」


 っていうかバティは、アスタレスさんやベレナといった仲間の身体サイズをキッチリ記録もしくは記憶しているのか?

 さすが被服屋の娘。

 やはり服作りを任せたのは正解だったか?


「はっ、くだらんな」


 すると部屋の中からまた別の声が聞こえてきた。

 この声は、ヴィール?


「人魚も魔族どもも、体の軽い凹凸に一喜一憂しおって。その程度の微妙な差が、何の違いになるというのだ?」


 っていうかヴィールいたのか。

 まったく声がしないから存在感消えてたぞ。


「くっ、ドラゴンという超越者が……!」

「そういえばヴィール。アナタが人形態に変身する時って、どういう基準で体型が決まってるの? 元の姿が太っていたら、やっぱりデブ人間になっちゃうの?」


 その質問に、ヴィールの鼻で笑う気配が伝わってくる。


「ドラゴンが人化するのは魔法によるものだから、体型なんて自由に設定できるに決まってるだろ。どれだけ食べようが太ろうが関係ない!」

「「「「コイツ……!」」」」


 女子全員の憎悪がヴィールに集中しているのがわかる。

 しかし最強種族は意に介することなく自慢を続ける。


「おれは自分の服を魔法で作れるから計測される必要もないが、一つお前たちとの圧倒的差を見せつけるために、おれの体を計ることを許してやろうではないか!」


 バサァッ! と服を脱ぎ捨てる音。

 音だけで相当豪快に脱いだなってことがわかる。


「ついでによく目に焼き付けておくがいい! グリンツェルドラゴンのヴィールが体現せし、お前たち人が理想とする女の裸体を!!」


 勝利を確信したようなヴィールの声が襖越しに聞こえるが……。


「小さいわね」

「小さいな」

「ロリ体型?」

「ドラゴンの美的感覚って……! まさか……!?」


 あまり評価は得られていないようだった。


「あれえッ!?」


 さて。

 盗み聞きはこれぐらいにして、俺は気づかれる前に部屋の前から去った。

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