557 パンドラの(入った)箱
はい俺です。
冬だからやることが少ない。
一通り家事を終え、ジュニアを寝かしつけたら手持ち無沙汰になった。
妊娠中のプラティもそっとしておきたいので外に出てみたら、そこには冬でも騒がしい連中がいた。
「おおおおおおおおおおッ!! 豆よおおおおおおッ!?」
「寒くとも納豆菌は元気です」
レタスレートとホルコスフォン。
すっかりコンビで動くことが基本になってしまったアイツらが、こんな寒い中に何をやっている?
「研究よ! 冬の寒い間でも元気に育つ豆がないか! 実際に撒いて確かめてみるの!?」
「二毛作できる豆があれば食糧事情の改善にも繋がりますので、実際に試してみることが大事です」
コイツらの豆に懸ける情熱が本物すぎる。
滅びた人間国の王女レタスレートは、最初こそよくある我がまま高飛車お姫様であったが、ここ農場で暮らしていくうちに農業の素晴らしさに目覚め、もっぱら豆ばかり育てている。
……いや、むしろ豆の素晴らしさに目覚めたのか?
豆作りに没頭し、様々な種類の豆を育て、豆の扱いならウチの農場で一番という域にまで達した。
納豆大好き天使ホルコスフォンを相棒に田畑を耕し、作物の成長を促進させるハイパー魚肥をあえて使わず通常の工程で耕作し、その過程をつぶさに記録している。
いずれは記録を取りまとめ、豆作りの極意を示した本を世に送り出したいと考えているんだそうな。
タイトルは『豆とYシャツと私』。
そんなわけでレタスレート、冬でも元気に豆作り。
「春になったら改めてソラマメを作りたいわね! ソラマメはいいわ! 初心を思い出させてくれるわ!」
「レタスレートが初めて育てた豆ですからね」
相棒ホルコスフォンと共に鍬を振り回すレタスレート。
そんな彼女へ突如異変が降りかかる。
文字通り真上から。
空よりなんか大きくて四角いものが落ちてきて、その落下地点に計ったかのごとくレタスレートに……。
……直撃。
正体不明の物質に頭上から直撃され、だけに留まらず下敷きにもなるレタスレート。
「うわあああああああッ!?」
「レタスレート!? 大丈夫ですかレタスレート!?」
さすがにホルコスフォンも慌てた声で、俺と一緒に駆け寄る。
天空より直下した謎の物体は、完全な形でレタスレートを押し潰し、もはやグロ案件かと思われるほどだった。
しかし……。
「ほりゃあああああッ!!」
レタスレート強い。
押し潰されるどころか逆に物体を持ち上げ、その辺に投げ放つ。
バーベル上げの選手を彷彿とさせる力強さ。
「今のは何!? まさか! 高貴なる私の命を狙った暗殺行為!? 大変だわセージャ! ボディガードをチーム編成してか弱い私を守って!!」
「必要ないだろ」
もはや今のお前は勇者が殺しに来ても、自分の身ぐらい簡単に守れるだろう。
高確率で返り討ちにできる。
どうしてこんなに強くなったのか?
豆のおかげか。本人の主張によれば。
「しかし一体何だったんだ今のは?」
見上げる。
雲がまばらにたゆたう大空だ。
あんな上空から一体何が落ちてきたというのか?
「一応調べてみるか」
一旦レタスレートに直撃し、そのあとレタスレートが持ち上げて放り投げたのは……。
優に人一人分の大きさのある……。
「……箱?」
木の箱だった。
分厚そうな木製で、枠組みは頑丈な金属製。
ご丁寧に蓋までついて、こんなに厳重そうな造りの箱と言えば……。
「宝箱!」
「宝箱!」
「納豆箱!」
ホルコスフォンだけ別の回答を導き出した。
何だよ納豆箱って?
「こんな立派な箱に納豆を詰め込めば、さぞかし見栄えがよく納豆の美味しさも上がるかと思いまして。想像してみてください。こんな立派な箱に満ちた納豆の輝きを」
黄金色の光を放って、納豆一粒一粒がまるで金貨のようだああああ……!
……ってなるかい。
「どっちにしろ、箱なら中に何が入っているかたしかめてみましょうよ! もしこれが宝箱なら開けてみずにはいられないわ!!」
海賊の習性かな?
とにかく突如降って湧いた宝箱のために畑仕事も一時中断。
気の逸るレタスレートは早速箱の蓋に手をかけて開けてみんと試みるのだが。
「よッ! ん? ふッ! ……あれ? うぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……ッ!?」
どうした?
レタスレートのヤツ蓋を掴んだままブルブル手を震わせて、しかしそのまま動きらしい動きもない。
「開かない、蓋が明かないわ!?」
「そんなバカな」
バカなと思ったのは、今のレタスレートのパワーならたとえ箱にカギがかかっていたとしても、力ずくでカギを破壊しこじ開けられるだろうと思ったからだ。
レタスレートの怪力をもってしても開けられないって、どんな超厳重金庫だよ!?
「代わってくださいレタスレート、私が何とかしてみましょう」
「ホルコスちゃん! 任せたわ!」
相棒に代わって進み出る天使ホルコスフォン。
得意のマナカノンをかまえる。
「集束させたマナカノンで超精密射撃を行い、カギと思われる部分のみを破壊します。これで箱は開くかと」
おお、頼もしいぞホルコスフォン!
さすがドラゴンやノーライフキングに並ぶ最強種族、天使!
「では限定マナカノン発射します!」
シュート!
しかし放たれたマナカノンは箱に当たった瞬間跳ね返り、あらぬ方向へと飛んでいく。
「ぎゃー!? 危ねー!?」
危うく跳弾で貫かれるところだった!?
「まさか、マナカノンで傷一つつけられないなんて……!?」
「もっと威力を上げられないのホルコスちゃん?」
「できないことはありませんが、あまり威力を上げすぎると中身ごと吹っ飛ばしてしまう可能性が……!?」
それは悩ましいな。
しかしレタスレートの怪力やホルコスフォンのレーザー光線でもビクともしないなんて、どういう箱なんだ!?
とても普通のシロモノとは思えない。
先生でも呼んで調べてもらった方がいいか?
と思いつつ俺も一応チャレンジして手をかけてみたところ……。
……簡単に開いた。
「「「あれ?」」」
俺自身を含めた全員で拍子抜けの声を出した。
「何だこれ簡単に開くじゃん!? 何やってんだよ二人して力入れてるふりしてたの!?」
「そんなわけないわよ! セージャこそ何簡単に開けてるのよ!? なんかコツでもあったの楽に開けるコツとか!?」
蓋を温めるとか?
しかし何か意識することなくスルリと開いたけどな?
「それよりも開いたのなら中身を確認しましょう。どんな納豆が収められているか楽しみです!」
「納豆は入ってないんじゃないかなー?」
しかしここまで焦らされて期待が膨れ上がっているのは俺も同じ。
さあ、箱の中身はなんだろな?
「フフフフフフ……、よくぞ私を封印から解き放ってくれたわね……!」
開いた箱の内側から、手が出て、肩が出て、上半身が出て、やがて全身が出てくる。
箱の中から出てきたのは人間だった、一人の。
しかもただの人間ではなく、見女麗しい女性。
鎧をまとっていかにも戦士然とした女性は、しかしギラギラとした目つきでいかにも野心家という表情だった。
「すべてを与えられし者パンドラ、ついに神々の封印を解いて現世に帰還した! さあ今こそこの世界を我が能力で支配してくれよう! 私こそはすべてを与えられる女なれば、この世界をも与えられる資格がある」
「……」
「あいたッ!?」
レタスレートに即刻頭を叩かれる、箱から出てきた謎の女性。
「レタスレート、初対面の人をいきなり叩くのはやめなさい」
「だってコイツ、昔の私みたいな匂いがするんだもん」
だからって叩くなよ。
お前自身もプラティに初対面腹パンされてたけどさ。