555 天界の動向
オークボ城のお祭り騒ぎも終わり、農場に戻ってきた俺たち。
そしたらなんか手持ち無沙汰になった。
元々冬って畑仕事ができないんで暇になるんだよなー。
暇になると何気ないどうでもいいことまで考えが回ってくる。
ずっと忘れていたことを唐突に思い出したりする。
それでちょっと昔のどうでもいいことが今さら気がかりになったので、これをいい機会にとたしかめてみることにした。
「先生、よろしくお願いします」
『うむ』
先生にお願いして、神を召喚してもらった。
『もっちゃらほげほげ』
召喚するたび先生の唱える呪文が変わるんだが、多分呪文自体はどうでもいいんだろうなあ。
そうして呼び出された神は……。
天空の神のうちの一神。知恵を司る神ヘルメス。
『おー、おー、何? 久しぶりー?』
たしかに随分久しぶりな神だった。
最後にコイツを召喚したのって……ほぼ一年ぶりくらいじゃないかな?
「お久しゅうございます。捧げもののアジフライをどうぞ」
『え? 何? 出迎えが丁重すぎて逆に怖いんだけど?』
たしかに。
これまでヘルメス神の召喚って、出会い頭にホルコスフォンがマナカノンをぶっ放したりして、なかなかぞんざいな扱いだったからな。
持て成しされると逆に警戒するんだろう。
それはそれで悲しいことだ。
「いや別に、今日はこっちの用事で呼び出したんだから、来てくれたことに感謝して持て成すのは当然のことだよ」
『こないだもそっちの用事で呼び出されていきなり砲撃された気がするんだけど!?』
そうだっけ?
『まあいいや、聖者の作る料理は美味しいから食べていいと言われたら食べるけどね! ……うまあああああッ!? で、何の用事?』
リアクションの忙しい神だな。
じゃあまあ持て成しも済んだことだし用件を切り出すか。
「前に召喚された時言ってたじゃない。神の戦争がどうのって」
『せんそー? そんなこと言いませんそー』
「いや言ったって!!」
天空に住まう神々は、天神ゼウスを長としている。そのゼウスがやらかして数千年の幽閉刑を受けているんだとか。
……いや数万年? 数億年? 未来永劫?
その辺はどうでもいいか。
で主神不在の間にその役割を代行するのがゼウスの息子アポロン。
そのアポロン神が唐突に、他領域に住む冥神海神と協定を結んで仲よく世界を治めていくことになった。
それに反発したのが天界神の一部勢力。
ここに天界の勢力を二つに割った大戦争が勃発した!
「……っていう話を聞いたのが去年だった気がする」
『うむ、たしか冬が終わってすぐだった気がするんで、ほぼほぼ一年前かね?』
知恵の神、すっかりアジフライを平らげて、残った尻尾をチューチュー吸っている。
「一応世界全体を揺るがしかねない大ごとだし、どうなってるか結果だけでも知っておこうと思ってさ」
まあ、冬になって絶賛手隙になるまで忘れてたんだけどさ。
『あーあーあー、あれね』
「あれからもう一年も経つし、もう終わったんでしょう? それに戦力的にも圧倒的有利と言ってたから、勝って終わってくれてたらなおよい」
俺たちを含めた地上全体のためにも。
「いやあ、そんなのわかんないよ」
「え?」
「だってまだ始まってないし」
「えー?」
始まってない? まだ?
だって戦争の話聞いたのほぼほぼ一年前だよ。
それだけ経ってまだ始まっていないなんて、今まで何してたの?
『我々の時間の感覚を一緒にしたらダメだよ。我ら神は不老不死だからねえ。無限の時間を手にしたら、一秒も一日も一年も十年も百年も大して変わりないものだよ』
「それは……、そうかもだが……!?」
そこは俺たち人間にとってみれば想像するしかない世界だ。
『だから神って大体のんべんだらだら過ごす存在で、ちょっと怠けてたら百年ぐらいあっという間に過ぎゆくものだよ。今回のケースも……』
・よっしゃー、戦争だー!
・戦争準備だー!
・方々に声かけ終わって第一段階は終了ってとこかな?
・よし、ここでちょっと休憩にしておくか。
『……となって気づいたら一年経ってたよ』
「おい」
神々全員腑抜けではないか。
履歴書書くだけで一日を終えてしまうニートの就職活動すら足元にも及ばない。
『ホント神々の感覚ってそういうもの。人の子たちがせかせかしすぎなんだよ。たった五十年程度の寿命でそんなに急いでどこ行くのって』
いや人間五十年だから滅せぬもののあるべきか、なんですが?
ダメだ。神どもの感覚に合わせると、どうにも感覚がおかしくなってしまう。
人間の分際で神々の感覚を覚えてしまったら短い人生棒に振りかねないから、神との付き合い方を見直した方がよいかも。
「神々を呼び出すのはもうやめます」
『えッ? なんで!? やめるのやめてよ! 私以外の神々は協定を結んで召喚されない限り地上に来ちゃいけないんだよ。私のせいで召喚されなくなったと受け取られたらすっごい立場悪くなるんだけど!?』
冥神ハデスや海神ポセイドスもよく先生に召喚されてウチの農場に来ているからなあ。
お目当てはウチで作るごはん。
神が相手だろうと俺の作る食物が好評なのはよいことだ。
『まあまあ、聖者が心配することはないって。たしかにあれから一年経って何も状況は動いてないけど、それは見方を変えれば「状況を動かせない」ってことでもある』
「というと?」
『三界協定に反対する一派は……、まあ天神ゼウスの妃ヘラ様をトップとする勢力なんだけど、まあ戦力的に弱小でね。正直言ってアポロンくんが率いる協定推進派に正面切って挑むには、とても足りないんだよ』
天界の現状は、天地海の神々が協力して世界を治めていこうという協定派と、それに反対する強硬派の真っ二つに分かれて対立している感じ。
協定派は、普通に平和がいいね、仲がいいのが一番だねという良識派。
太陽神アポロンを筆頭に、今目の前にいる知恵の神ヘルメス。戦争を司る神ベラスアレスなどが主メンバーとなっている。
『対する反対派は天母神ヘラ、勝ち戦の神アテナ、月神アルテミスがメインかな? 皆それぞれ戦う動機はバラバラだよ』
「そうなん?」
『ヘラ様の最終目的はゼウスのアホオヤジを幽閉から解放することにあるだろう。アテナはただ単にプライドが許さないから。アイツは常に戦いに勝利してトップに立たないと気が済まないから、融和するにしてもまず地上海中を攻め滅ぼして屈服させ、自分に従うようにしてからじゃないと嫌なのさ』
「面倒な神様だね……!?」
『邪神だよ』
きっぱり言う。
っていうか天の神様って大体邪神のような気がするんだけども、気のせいかな?
『最後に月神アルテミスは、兄神であるアポロンのすることに何でも反対する神だからね。アポロンが右と言えば彼女は左と言い、アポロンが「YES」と言えば彼女は「NO」と言う。今回も協定派の筆頭が兄なので、妹として敵陣営に回ったというだけのことさ』
「面倒くさすぎる!!」
『妹って皆ツンデレだよね』
それをツンデレと言っていいものかどうか。
世のすべての妹に謝る事案にはなるまいか?
『アルテミスはそういう性格だけど分別はあるから。最後にはこっちの味方に付いてくれるよ。だから実質的な敵対者はヘラ様とアテナの二神だけだね。彼女たちの一番の誤算は……』
ヘルメス得意げに語る。
知恵の神で神々の密偵だから、こういう戦術論が楽しいのか?
『……かつて地上に生まれ、今は天界へと迎えられた半神たちが軒並み私たちの味方に回ったことかな。英雄神として名高いヘラクレスや神の手アスクレピオスなど、半神半人でもガチ神に匹敵する存在はいくらでもいるからねえ。これでパワーバランスは大きく傾いたと言える』
「ほうほうー?」
適当に聞くことにした。
『これで地の神海の神まで参戦したら絶対に勝ち目がないから、おいそれ戦えないんだよ。戦えば絶対負けるから。それでウダウダしているうちに一年過ぎちゃったと』
ウダウダしていたのは、ただ神々の怠惰癖も関係したように思えますが……。
『理想としては、この絶望的戦力差に反対派が観念して、自分から敗北を宣言してくれることかな? まあそれには時間がかかることだろうし人の子たちももう少し待ってよ。……そうだなあ、あと二百年くらい?』
「神々にとっての『少し』という単位は!?」
人間の捉え方とあまりに違いがありすぎる!
これはもうまともに考えても無駄だと悟って、やりたいようにさせればいいと思った。
神は神で勝手に争え。
人間も人間で勝手に平和に繁栄していくからさ。
「……アジフライ、お代わりいります?」
『いるいるー! 今度はホカホカのごはんも添えてね。って言うかアジフライ単体で食わせるって無茶くない!?』
「あっ、そうだ。ちなみにヘパイストスさんはどっちの陣営に与してるんです?」
俺は最後に、俺にとってもっとも関わり深い神について質問してみた。
ヘパイストス神は、俺にギフトを与えてくれた神。そして彼も所属は天界であったはずだ。
せめて負ける側にいてほしくはないなあ。
『ヘパイストス兄さんは最初から中立だよ』
「へえぇ……!?」
『あの神がモノ作り以外に興味を示すわけがないでしょう? 戦争が起ころうと世界が滅ぼうと工房に引きこもって工作三昧だよ。聖者はヘパイストス兄さんに大恩があるから意外だろうけど、あの神も立派な天空の神だよ。モノ作り以外のすべてがどうでもいいんだよ』