543 S級訪問
色々あったが冬到来。
この農場で迎える冬も数度目となり、すっかり慣れてきた感じ。
大地の精霊たちは冬ごもりのためにしばしの別れ。
オークたちは畑仕事の止まるこの時期を生かして遠洋漁業に向かう。
そんな風にして少し広くなってしまう冬の農場。しかし寂しく感じる暇はない。
冬にだってやることはたくさんあるのだから。
その一つとして、俺たちは本日客人をお迎えしている。
ついこの間アードヘッグさんの新・龍帝城でも対面した。
S級冒険者の方々だ。
* * *
「うわー、すげー!」
「S級冒険者が揃い踏みだああああッ!?」
S級冒険者とは。
冒険者ギルドの所属する冒険者の中で最高の経験と実力を持つ者たちのこと。
『S』の等級を与えられし者は現状五人しかいないという。数万人はいるという全冒険者の中でもたった五人。
それだけに存在は憧れの的で、彼らの訪問にもっとも沸き返ったのはやはり同族である人族の若者たちであった。
「シルバーウルフ講師! ご無沙汰してます!」
「ゴールデンバット様、麗しいわあああッ!」
「あれがブラックキャット! もっとも色っぽい冒険者!?」
我が農場には、社会の未来を担ってもらうために勉学に励む若者たちが住んでいて、人族の子らも一定数いる。
そういう前途有望な子たちにとって、最高の実績を持つS級冒険者はまさに憧れであろう。
若い魔族たちが四天王を目指すように。
若い人魚たちが、いずれは自分も魔女になりたいと願うように。
人族の若者たちにとってS級冒険者は、いずれなりたい夢の自分であるに違いない。
「いや、そうでもないです」
「オレには仕える主人がいるので。風来坊の冒険者になるつもりはないです」
あ、そうなの?
そういや農場に差し出された人族留学生って、領主の子弟だったりお気に入りの家臣だったりらしいから。
働き口が安定しているのにわざわざフリーランスの冒険者を目指す必要ないか。
「聖者様、今日はお招きいただきありがとうございます」
そう言うのはシルバーウルフさん。
俺たちにとっては一番馴染みの深いS級冒険者だ。
ここ農場に来たのも、この人だけは初めてではない、二度目の訪問だし、何事もこの人を介して話を進めていくのがもっともスムーズなようにも思える。
「いきなり呼びつけてすみません。シルバーウルフさんも忙しいでしょうに……?」
「この農場に来れるんなら、どんな厄介事を放り出して飛んできますよ。我ら冒険者にとって、この農場は理想郷のようなものですから……!」
え? そうなの?
なんで?
それはともかく、今日はシルバーウルフさんの他にも個性的なS級冒険者の方々が同伴しているため益々大変だ。
向こうで早速騒ぎが起きている。
「ぬごおおおおおおおッ!!」
「がにゃあああああああッ!!」
なんだなんだ獣のような唸り声をあげて?
『討ち入りか?』と思ったら、なんかがっぷり組み合って力比べをする二人がいた。
そのうちの一人がピンクトントンさん。
新・龍帝城でビッグイベントを演じ、一躍注目を浴びたイノシシの獣人女性。
そんな彼女を向こうに回し、一歩も引かずに押し合っているのは我が農場代表のレタスレートだった。
「ぐがががが! 小さな体で大したパワーですねえ! これなら私が立ち上げる新団体の花形に相応しいですよ!」
「アナタこそ、いい体つきいい根性じゃない! 私と一緒に豆を栽培してみない!?」
なんで訪問するなり力比べしているんだアイツら?
見かねたシルバーウルフさんが説明してくれる。
「ピンクトントンは、前回のイベントで味を占めたのか『興業する』と言い出しまして」
「興業?」
「龍帝城で魔王妃とやったような大勢の見ている中で試合するのをビジネスとして成立させようという目論見らしいです。それでもって職を失った傭兵たちの再雇用を図ろうと……」
龍帝城でグラシャラさんとしたような?
それってもしや……?
プロレス……!?
「元々彼女は、戦争終結で路頭に迷った傭兵や騎士の救済に力を入れていましたので……。S級冒険者になったのも、転職した元傭兵たちを取りまとめるのが目的だったそうですし……」
「なんだか感心する話ですな……!?」
「S級冒険者の中ではかなりまともな方です」
そうして話している間にもピンクトントンさんとレタスレートは体勢を変え……。
……おっと、より体格の小さいレタスレートが、ピンクトントンさんの巨体を持ち上げ……。
ブレーンバスターを決めた!?
小兵が大兵を制するというありがちな逆転展開に、周囲に集まって観戦している連中は思わず盛り上がる。
レタスレートもヤツも、元はお姫様だけあって顔はいいし花はあるし、デビューしたら相当なアイドルレスラーとなることだろうな……!?
何より最近豆パワーのおかげでどんどんパワーキャラになってきているし。
いや、そういう話じゃねえよ。
「ピンクトントンも冒険者を辞めるわけではなく、各ダンジョンを渡り歩くついでに巡業もできれば収入も安定し、民衆からも受け入れられるだろうと言っています。冒険者の新たな営業展開になるかもしれませんな」
「しっかりしすぎじゃないですかね彼女……!?」
そのうち人族と魔族でそれぞれ団体を立ち上げて、それらの対決で盛り上げて荒稼ぎするようなビジョンが浮かんでくるのだった。
まあ、ピンクトントンさんのことはひとまず放っておこう。
だって今日の訪問者は彼女一人ではないのだから。
「聖者さんお久しぶりー!」
「おう久しぶりっすー!」
と気さくに話しかけてくるのは、同じくS級冒険者のブラウン・カトウという人。
彼とは前回のイベントですっかり意気投合してしまった。
「ファイトー!」
「いっぱーつ!」
と掛け声かけあう。
「しっとの心は!」
「父心!」
「押せば命の泉湧く!」
「見よ!」
「「しっと魂は暑苦しいまでに燃えている!!」」
打てば響くように応酬されるよくわからない文句。
まるで互いに、相手が次に何を言ってくるか知っているかのように。
それもそのはず、このブラウン・カトウさんは俺同様に異世界から召喚された元・勇者。
そしてこちらの世界でS級冒険者までのし上がったという。
世代も俺と似通っているだけに、ヒットするネタが丸被りしている。
なので前回のイベントですっかり意気投合してしまったのだった。
「いやはや、さすがですね聖者さん。しっと団のテーマまでしっかり復唱できるなんて!!」
「あの雑誌毎月買ってましたからね! 次はアレやりましょうよ! 鉄骨娘ごっこ!」
という風に前いた世界の思い出に浸って、ごっこ遊びする俺たちなのであった!
やっぱり同郷の人との付き合いも楽しいものだなあ!
「今日はカトウさんのためにご馳走もたくさん用意しましたからね! たくさん食べていってください!」
「ひゃっほう! ハンバーグにカツ丼、うどん天ぷらまでえええッ!! 二度と食えないと思ってたものばっかりだあああ!!」
前の世界の料理は、初めてそれを味わう人より既に味を知っている人の方が益々好評だった。
カトウさんは反応が鮮明で、益々腕の振るい甲斐があるなあ。
デザートにケーキも拵えておくか。
甘いもの類は高確率で女の子たちに横取りされていくけれどな。
「…………おい」
などと俺が浮かれていると、突如横から声をかけられた。
冷たく不機嫌な声だった。
「いつまでも浮かれていないで本題に入ってほしいところなのだがな」
と言うのは、これまたS級冒険者の一人でもっとも偉そうな態度のゴールデンバットさん。
龍帝城ではイベント後にこってり説教されていた輩。
「S級冒険者であるオレたちが、忙しい中わざわざ訪れてやった理由を忘れてはいまいな?」
「そうにゃそうにゃーん! 私たちの時間は安くはないにゃーん!!」
そしてもう一人、猫の獣人ブラックキャットさん。
この計五名でS級冒険者は組織される。
「おい貴様ら、せっかく招いてくれた聖者様に対してその口の利き方は……!?」
相変わらず苦労人ポジションのシルバーウルフさんが気苦労する。
そして相手が突っぱねるのも相変わらず。
「フン、呼びつけたのはそっちからだろう。ならば我らを誘い出すためのエサをさっさと披露してはどうだ?」
「そうにゃーん! 私たちはアレがあるから時間を割いてきてやったにゃん! S級冒険者のスケジュールは秒刻みにゃんよ!」
と不機嫌な冒険者たち。
彼らが何をそんなに求めているかというと……。
「招きに応じて、ここへ来たら……!」
「誰も知らないまったく新しいダンジョンに入れてくれるって話だったにゃーん! 四の五の言わずに、さっさと入れるにゃーん!!」






