52 魔宮廷闘争
我が名を聞いて震えるがいい。
我こそ魔王四天王筆頭『貪』のラヴィリアン。
魔界最高の知恵者を自負しておる。
度重なる人族の侵攻を、我ら魔王軍が跳ね返せるのも我が知略あってこそよ。
……まあ、もちろんそれだけじゃないがな。
ワシは本物の智者だ。
偽物の智者は、みずからの智に溺れるもの。
ワシは本物だから、常に驕り高ぶらぬよう自制している。
勇者をやたら投入してくる人族軍に、我ら魔族が対抗できているのも、けっして我が賢明さのみの賜物にあらず。
何より大きいのは、今代の魔王ゼダン様の御力によるものであろう。
あの方は英邁だ。
ワシは四天王の最長老として先代、先々代の魔王にもお仕えしてきたが、それだけ数多くの魔王を身近で見てきたゆえに、今代の偉大さ、俊才がなおさらよくわかる。
しかし今代が有能であるからこその問題もある。
その際たるものは結婚問題だ。
現魔王が有能であるからこそ、当人に取り入り地位をたしかにしようとする輩は数多い。
かく言うワシもその一人だがな。
幸いワシの妻は、ワシとの間に見目良い娘を生んでくれた。
その娘が美しい。
妻に似て美しい!!
この愛娘を魔王妃とし、現魔王の義父となって魔王軍の実権を握ることこそ我が野望。
我が娘という血統に加え、妻に似て美しく、ワシに似て賢明でもある我が娘なら、魔族最高の花婿を得るに相応しくもあるからな!
親バカじゃない!
ワシは魔族一の智者! 状況分析とて一流だ!!
というわけで魔王ゼダン様には是非とも我が娘を正室としてほしいのだが、そこに強力な障害が現れた。
魔王四天王『妄』のアスタレス。
尻の青い小娘の分際で、ワシと同格というのも忌々しい。
そしてますます忌々しいのが、この小娘が魔王様大のお気に入りというところだ。
魔王様と小娘は幼馴染だということ。だからこそ二人は相思相愛で、将来を誓い合った仲なのだそうだ。
……まあたしかに強いよな幼馴染属性は。
男としてわからぬでもない。
しかしここで引き下がっては宮廷闘争などやってられるか!
属性の不利を乗り越えて、必ず我が娘を魔王の正室に就かせるのだ!!
ところが我が君主ゼダン様。小娘のアスタレスのことを相当御寵愛らしく、ヤツ以外に妻は娶らぬとまで言い出した。
魔王が側室すらとらないって。
まあ過去に例がなかったわけじゃないけれど、ただこれはワシにとっては非常に喜ばしくない。
我が娘が魔王様の寵愛を受ける、一縷の望みすら断たれるではないか!
そこでワシは考えた。
だって魔族一の智者だからな。
魔族、人族と並ぶ基本種族の一つ、人魚族に才色兼備の姫君がいるという。
その情報を得てワシは閃いた。
人魚族の王は、魔族の王である魔王と同格。
その姫君との結婚ならば、魔王様とて断ることは出来ん。
だからと言って魔王様は小娘アスタレスとの結婚を諦めんだろうから、どちらかを側室、ということになるだろうがな。
そんなことをして何の意味がある、と愚者なら思うだろう。
しかし魔王様は「側室は取らぬ」と公言される御方。しかし人魚の姫君を娶るなら、アスタレスとの結婚を諦めない限り前言を撤回せざるをえない。
魔王様、側室OK。
そして側室は、二人以上でもOK。
そこに我が娘を捻じ込むやりようなど、いくらでもある。それがワシの狙いよ。
とにかく側室でも何でも、どんな形であれ我が娘を魔王様に娶せればこっちのものよ!
我が娘、魅力的、器量よし!
ゆえに結婚しさえすれば魔王様は我が娘の虜となり、アスタレスや人魚姫を押しのけて正妻に格上げされることは確実!
親バカじゃないぞ!!
たしかな状況分析だ!!
成功までのヴィクトリーロードが見えて、早速人魚国との交渉に全力を挙げるワシ。
なんか人族が嗅ぎつけて交渉に加わってきたが、所詮人族どもは自分たちが世界で一番偉いと思って傲岸不遜、ゆえに外交手腕はお子様レベル。
競争相手としては敵にもならんわ。
そうして万事順調に進むかと思われた時にトラブルが起こった。
当の人魚姫が、誰ともわからぬ相手に嫁いでしまったというのだ。
その相手が聖者? 誰それ? と言った感じだが、途中まで上手く行きかけていた計画が頓挫し、ワシは落胆したのう。
アスタレスを押しのけ我が娘を魔王妃とする足がかりが露と消えるのだから。
……いや待て、諦めるのはまだ早い。
頓挫した計画を修復し、新たな秘策に仕立て直すことも魔族一の智者ならできる。
こうなったら、この人魚族との交渉、泥沼の外交問題に発展させてやる。
そしてその責任をすべて問題のアスタレスに被せて、ヤツを失脚させるというのはどうだ!?
……ビックリするぐらい上手くいった。
小娘のアスタレスは、自分が陥れられることも悟れず、我が指示に従って人魚姫を拉致しに行った。
しかも見事にしくじりおったわ!!
成功したら、人魚国との外交問題を発生させたとして責任追及して失脚。
失敗してら、そのまま失敗の責任を取らせて失脚。
どっちに転んでも問題になるよう段取りを組んでいたが、予想の範囲内で最良の結果になった。
問題の根幹にある人魚族との縁談話はワシの発案だから、ワシにも責任の一端は回ってくるかと思いきや、華麗に回避できた。
どうやら小娘アスタレスを目障りに思っていたのはワシだけではないらしく、他の四天王たちも小娘排除に回ったからだ。
これでめでたくアスタレスは四天王罷免。魔王軍から追放するまで成功した。
予定通りアスタレスは放逐できたし、あとは我が娘を嫁入りさせるための運動を本格化させるのみ!
……と思っていたら、長く前線に留まっていた魔王様が久方ぶりに魔都へご帰還なされた。
なんでもドラゴンが現れた混乱で戦線が膠着したらしい。
で、アスタレスの放逐を知って激怒。
「お前たちの処分は彼女を連れ戻してから下す」と宣言し、御身も姿を眩ませてしまった。
あれ。
これってヤバくないか?
魔王様の逆鱗に触れた上、魔王様が行方不明。
なし崩し的な人族軍との停戦も、いつ崩れるかわからないのに。
魔王様と四天王の一人を欠いた状態で戦闘が再開されたら、我が魔王軍一ヶ月ともたずに瓦解する!
この魔族一の智者が、そう予測する!
しかもそんな大変な状態に陥っているというのに、他の四天王の一人が造反しようとしてやがる!
「魔王不在の今こそ我が天下獲り好機!」じゃねーよ、空気を読め!
こんな時に内乱勃発したら人族どもが、ここぞとばかりに攻め込んでくるだろうが!!
収拾に全力を注ぎつつ、お願いです魔王様! 早く帰ってきてください!!
陰謀策略巡らせたワシが悪かったですから!
魔王様!!
魔王様カムバアアアアアアアック!!
* * *
……余談だが。
そうやってワシが自分の愚かさに首を絞められる最中、我が腹心の部下が何やら相談しに来た。
我が竹馬の友の息子で、友が人族との戦いで散る間際、その養育を託された。
亡き友に代わって鍛えて育て、今では我が右腕と言っていいほど逸材に成長してくれた。
亡父である我が友も、冥界でさぞや喜んでくれているだろう。
で、その腹心の部下だが、どうしたいきなり改まって?
……え?
我が娘と結婚したい!?
何年も前から交際があった!?
ウソ!?
我が娘まで乱入してきて「彼と結婚できないなら死にます!」とまで言いよる。
……わかった。わかったよ。
ワシは、魔族最高の権力と武力の持ち主に嫁ぐことこそ娘の幸せと考えていたが、とんだ間違いだったようだ。
我が娘を幸せにしてくれる男がこんなに近くにいることに、今まで気づきもしなかったとは。
ワシは魔王四天王筆頭、『貪』のラヴィリアン。
魔族一の智者を自称していたが、どうやら魔族一の愚者であったようだ。
どうか謝らんでくれ我が右腕よ。
いや我が息子よ。
娘をよろしく頼んだぞ。






