524 挑戦されたS級冒険者
引き続きS級冒険者のシルバーウルフだ。
ゴールデンバッドのクソ野郎が壊した窓戸を片付けてから会談再開。
「面倒なことを……、さっさと手早くやれないのか?」
「お前がやること増やしたんだろうがあ!!」
だからこのゴールデンバットと顔を合わせるのは嫌だったんだ!
S級冒険者ゴールデンバット。
不快ながらS級の中でもさらに抜きんでて最高の冒険者という呼び声高い。
『他と協調せず、冒険の成果だけを求める』というS級冒険者なら大なり小なり持っている性状を、この男ほど濃厚に宿した者はいない。
そのお陰で打ち立てた功績は計り知れない。
中でももっとも凄いのは、新しいダンジョンを発見してくることだ。
冒険者の仕事はダンジョンの中を探ることだけじゃなく、まだ存在を確認されていないダンジョンを見つけてくることも含まれる。
何しろダンジョンはそれ自体が湧き出す富の源泉なので、一つ新しいダンジョンを発見するだけでも大事なのだ。
無論そんじょそこらの冒険者では成し遂げられぬ難行。
今では新ダンジョンを一つ発見すれば、それを理由にS級になれると定められているが、このゴールデンバットのクソ野郎はこれまで通算十八の未登録ダンジョンを発見している。
これは過去歴代を見渡しても破られない記録だった。
それをもってゴールデンバットこそが世界最高の冒険者という評価が高く、私のような善良なS級冒険者の癇に障るのだった。
「S級に人格など求められていないのだ。必要なのは実力、成果。それをもっとも持ち合わせるオレこそが最高冒険者に相応しい!!」
「ムカつくなあコイツ……!?」
こんなノリだから年がら年中未発見ダンジョンを求めて山野を巡り、顔を合わせることなどまずない。
今回の招集にも応じないと思ってタカを括っていたのに、何が楽しみでその不快な面を見せにきた?
「犬っコロよ……? オレだって一年の大半は人里にいないが、それでも噂話ぐらいは聞いているんだぞ。何しろ耳はコウモリの自慢だからな?」
「チッ」
「今の舌打ちも聞こえたぞ?」
たしかにコウモリの獣人であるゴールデンバットの聴覚は全冒険者一。
その耳はダンジョン内で起こるすべての事象を聞き分けられるとか。
左様に獣人は、合成された獣の能力を引き継いで有効利用し、普通の人族ではできないこともやってのける。
現S級冒険者のほとんどが獣人で構成されているのもけっして偶然ではない。
「で、お前の御大層な耳は一体何を聞き取ったというんだ?」
「オッサンのすかしっ屁かにゃーん?」
周りの口が悪くなるのもゴールデンバットが嫌われている証拠だった。
「オレが聞いた話では近々、魔国でも冒険者が活動できるとかなんとか……」
「やっぱり耳が早いな?」
その話をもう聞き及んでいるとは……!?
「えッ!? マジかにゃん!? そしたら魔国側のダンジョンも探索できるにゃん!」
「入ったことのないダンジョンが星の数ほど! 胸躍りますねー!」
冒険者ならば興奮しないわけにはいかないこの報せ。
大体、常にまだ見ぬダンジョンを夢見、想像の中で攻略法を思い描いているのが冒険者という生き物だ。
人間国に生まれた俺たちにとって魔国は立ち入ることのできない異境。
まだ見ぬダンジョンが無数に散らばるフロンティアだ。
「既存のダンジョンなど飽き飽きしたオレたちにとっては、まさに朗報。未知に挑戦してこその冒険者。探索済みのダンジョンなどクズだ!」
「それアレキサンダー様の前で絶対言うなよ」
こんなヤツだからほとんど山野に潜り込んでいてくれて本当に助かる。
「魔国のダンジョンが解放されれば、まさにそれは冒険者新時代! 存在する価値もない人間国だったが、滅びることでやっと役に立ってくれたな!」
「なんでお前はそう方々に敵を作りにいくんだ?」
「調子に乗った芸人みたいだよね」
カトウくんのよくわからない一言だが、妙に納得できた。
「それよりも、実際にはいつ開放されるにゃーん? 私も早く魔国のダンジョンに潜ってみたいにゃーん!!」
冒険者ならば心躍るなという方が無理であろう。
私だって冒険者の端くれなれば、この情報を聞いてからワクワクが止まらない。
しかしだ。
「望みが叶う前に、片付けねばならない問題がある」
「なんにゃーん?」
私はギルドマスターから言付かった話を順番に話して聞かせた。
魔国のダンジョンを管理しているのは魔王軍であること。無論魔国ダンジョンを冒険者に開放することも魔王軍の判断で行われる。
しかし、その中の一部が反感を持っていて『冒険者など何するものぞ!』という気分がある。
それを押しのけて魔国ダンジョンを民間開放するためにも、冒険者の実力をたしかめたい。
……と魔王軍上層部が言ってきた。
「冒険者ギルドは、相手側の意を汲んで勝負を受けた」
「勝負?」
「ダンジョン攻略競争だ。同じダンジョンに入り、どれだけ多くの探索成果を上げるかで競い合う。その勝負に勝てば我々冒険者に魔国ダンジョンの探索を許可するという」
魔王軍としても面子とプライドが邪魔しているということはわかる。
仮にも戦争の勝者だ。
敗北した側の民間集団に前線を明け渡すなど、そりゃあ屈辱だろう。
本当なら自分の力不足など絶対認めたくないだろうが、それを勝負を経てとはいえ実行しようということは、敬服すべき決断力だ。
「ふん、無能な魔族どもは恥の上塗りをしたいらしい。とっととオレたち冒険者に明け渡せばいいというのに、わざわざ決定的な敗北が欲しいというのか?」
「お前ホント現場では喋るなよ?」
冒険者ギルドも意を受け、保有する最高の戦力をもって相対すると決めた。
つまり、私たちS級冒険者だ。
「我々はチームを組み、魔王軍の代表とダンジョン攻略勝負を行う。もちろん絶対に勝つぞ。魔国でのダンジョン探索権を得るために!」
「当然だ。この世界のダンジョンはすべて、我ら冒険者に攻略されるためにある。魔王軍の無能どもに教えてやろうではないか。お前らはもう用済みだとな!」
ゴールデンバット黙ってて!
魔王軍側は戦争の勝者として、俺たちを奴隷扱いにもできるということをわかっているのだろうか?
「魔国のダンジョン楽しそうにゃーん! 私も行きたいにゃーん!」
「冒険者になっても魔王軍と争うことになるとはねー! 私もやらせていただきますよー!」
「大丈夫だぁ」
他のS級たちもこぞって参加を表明。
やっぱり実利というエサがぶら下がっていると覿面だな。
「わかった。普段はスタンドプレーの多い私たちだが、当日は団結して勝ちへと向かおう。冒険者の、人族の未来のために」
「ハイハイハイハイ! 質問にゃーんッ!!」
ここで揃って『エイエイオー』と奮いたいところだったんだが。
やっぱ個人の欲求にしか向かわないかコイツらは。
「……何かなブラックキャット?」
「勝負ってどこでやるにゃん? どこのダンジョンを使うにゃん?」
まずそこに疑問が向かうのはやっぱり一流冒険者だな。
「そうだねえ、勝ちを狙うなら今からできることはやっとくべきだよね。事前にどのダンジョンに潜るかわかっていれば傾向特色を調べ、対策を取ることもできる」
「ホントやり合うとなったら迅速だなお前ら」
ダンジョン探索競争だからな。
たしかにダンジョンの事前調査は冒険者にとって基本のキ。
これを怠るものは冒険者失格と言っていいくらいだ。
「でも、これって考えてみると難しくありませんー?」
ピンクトントンの意見。
「皆さんの言う通り、ダンジョンの前情報は攻略の成否を大きく左右します。攻略勝負なら勝敗も。でもこれ、どっちの国のダンジョンでやるかで必ず不利有利になりません?」
「そうだな、魔国のダンジョンでやれば魔王軍の有利。人間国のダンジョンでやれば我々冒険者の有利になるだろう」
それぞれのホームなのだから。
公平を期すという意味でこれは非常に難しい問題だが、その点は既に解決を見ているという。
ここに来る直前、とんでもない御方から報せを受けた。
「魔国のダンジョンでやればよかろう。ダンジョン探索の専門家である我々が払うべき当然のハンデだ。魔王軍のアマチュアどもにプロの凄さを思い知らせてやろうではないか」
ゴールデンバットの戯言は聞き流すとして……。
「問題ない、勝負に使われるダンジョンには。今まで誰も入ったことのない未踏ダンジョンが使われることになった」
「何?」「何にゃと?」「何です?」「何?」
一斉に食いついてきやがった。
さすが冒険者。
「シルバーウルフお前今なんと言った? 未踏ダンジョン? そんなものがこの地上にあるというのか?」
「あるそうだ。私だって信じがたいが、情報を持ってきたのがあらゆる常識を超越するお方だからな」
だから信じないわけにはいかない。
「どこにゃ!? どこのダンジョンにゃーん!! 未踏! 未知! 誰も入ったことのないダンジョン! 知りたいにゃーす!!」
「そんなものオレが見つけたダンジョン以外にあるわけないだろう!? 適当なことを言うな! この世界すべてのまだ発見されていないダンジョンは! オレが見つけるまで見つかってはならないのだ!!」
本当に未発見ダンジョンは冒険者の大好物。
冒険心がこそぐられるよな?
しかし勝負の公平のため事前調査は禁止のことらしい。
勝負の当日まで我慢してくれ。
かく言う私だって……。
今まで見たこともないダンジョンを攻略できると聞いて……。
胸の高まりが抑えられない!
勝負当日まで寝れなそうなんだけども!!






