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514 温泉と文豪

 私の名はアガイル。

 魔族だ。


 つい最近まできっちりとした職に就いていたが、それも失ってしまった。

 従軍書記官と言ってな。


 魔王軍がどこそこへ作戦行動に出て、指揮官なりがどういう判断をし、どういう発言をして、その結果どんなことになったかなどを事細かに書いて記録するのが仕事だ。


 軍務というのは、ちょっとした判断の違いで人が死ぬこともある責任の重い仕事でもあるから、あとで『言った言わない』の問題にならぬよう詳細な記録が必要なのだ。


 我ら従軍書記官は、四天王など魔王軍の重要人物につき従って、その言行を事細かに記録してきたのだが、その職を私は辞すことになった。


 理由は、組織そのものの人員削減だ。


 人族軍との長い戦争が終わり、魔王軍はいくつかある役割の、もっとも大きな一つを完遂できた。

 それゆえにこれまでの大規模を維持する必要がなくなり、今は軍縮の流れに向かっている。


 魔王軍を支えてきた兵士たちも多くが除隊。ちょっと早めの年金生活に入るか、退職金を元手に新しい商売を志すかなどしている。


 私もその一人というわけだ。


 従軍書記官は厳密には内勤組になるので、それでも軍に残れる可能性は高かった。

 それでも進んで魔王軍を辞した私だ。

 様々な土地を巡って目新しい景色に心驚かせ、四天王など骨太な英雄軍人の名言を記録することに、従軍書記官への職業的魅力を見出していた。


 安定を求め、軍舎にこもって面白みのない事務書類と睨めっこするよりは、何か別の心躍る生業を見つけて突っ走りたい。

 そう思っているものの、都合よく次の生きがいを見つけられるわけもなく、今は失業中の暇を上手く利用して骨休め。


 ちょうどよく『疲れを癒すのに最適!』と噂になっていた温泉旅館とやらに足を運んでみた。

 ここにある温泉という施設はとても心地よく、書記官生活十数年の疲れをすべて流し落としてしまうかと思われるほどだが、かといって未来の展望まで明るくなっていくわけじゃない。


「何をすればいいだろうか……?」


 私の取り柄としたら、それこそ戦場を駆けずり回ってペンを走らせた文才のみ。


 魔王様や四天王様たちはやたらといいことを言おうとするので名言の含蓄はあるつもりだが、それが別の職業でどんな役に立つだろう。


 せっかく安定を捨てて魔王軍を辞めたのだから、つまらない仕事はしたくない。

 しかしいよいよ食うに困ったら贅沢は言ってられないしなあ。


「さて……、どうしたものか……?」


 と風呂上りに浴衣を着て、廊下をペタペタ歩いていたら……。

 どこからか不穏な声が聞こえてきた。


「何と言うことなのだ! 大魔王のジジイが殺されてしまったのだー!!」

「何だと!?」


 大魔王!?

 大魔王というとバアル様のことか!?


 先代魔王で、稀代の浪費家と評判の大魔王バアル様!?


 急いで声のした方に駆け寄ってみると、部屋の中で数人がわちゃわちゃと話している。


 ちょうど扉が開きっぱなしだったので、そっと中の様子を窺ってみた。


 すると、たしかに大魔王様が畳の上に倒れておられるが、随分健やかそう。


 なんだ? 全然お元気そうではないか?

 肩透かしでちょっとがっかりしたところで、室内の集団を検めてみる。


 魔国宰相であるルキフ・フォカレ様がいらっしゃるのがまた凄いが……。

 それ以外の顔触れは、特に見覚えがないな。


 と言うか、あのやたら禍々しい気配の干からびた死体のようなモノは何?


 その他は子連れの夫婦っぽい気配だが、あともう一人、年若い少女があの中でもっとも騒がしく、室外から窺う私にまではっきり聞こえる大声で言った。


「しかしおかしいぞ! ここはドアの鍵が閉まっていて、窓からも出入りができない! ジジイを殺した犯人が、ここに入ることも出ることもできないはずだ! つまりこれは…………ッ!!」


 大きく溜めて……。


「 密 室 殺 人 だッ!!」


 密室殺人!?

 なんだ、この言語を駆使する職業に従事していた私の感性を多分に刺激するワードは。

 私の興味が一気に吸い寄せられたぞ!?


 よくよく観察して私なりに状況を推察してみたが、これは一種のゲームらしいな。


 架空の殺人事件を見立て、大魔王様は被害者役。


 様々なヒントを元に犯人役を見つけ出そうという趣旨か。


 …………。

 面白そう!!


 何か私の次なる職探しのヒントになるかもしれない。このまま密かにあとを追い、観察してみよう。


    *    *    *


 あの集団、……特に大人の男性が喚き散らす説明に、陰で聞きながら『なるほど』と頷く。


 この『密室殺人』なる概念は、構造自体に含まれた『謎』『矛盾』が魅力となっているのだろう。


 殺されているからには、誰か殺した者がいる。

 殺した者……つまり犯人は現場から去っていくのだから自然、人の出入りした跡が残るはず。


 それなのに密室殺人には人の出入りが伺えないどころか、人の出入りが不可能な状況になっている。

 この異常性が人の興味を引き、引いては魅力となっている。


 たしかにあの男性の指摘する通り、密室殺人はそれ単体では間抜けな存在だ。

 出入りの痕跡はけしても、殺人と言うもっとも重大な事実を隠匿できていない以上、犯人は何の有利にもなっていない。


 だが、もう少し工夫をしてみてはどうだろう?


 たとえば人の痕跡が確認できなかったからこそ犯人は通常の人類ではなく、神か魔物の類であったと吹聴できる。

 迷信の恐怖に満ちる中、主人公が知性と冷静さで挑む、そんなお話に昇華できるのではないか?


 そのあと男性は、主催者らしい女の子と共にあちこちを回りだす。


 私はそれもあとをつけていった。


「温泉地で起きた殺人事件では、名所の紹介が必ずセットなのだ! 聞き込みというていで周囲を歩き回り、さりげなく温泉地の名所旧跡をアピールして、観光客を誘い込むのだ!」


 なるほど! 地元とのタイアップか!


 そうすることで舞台となる土地とも友好な関係を結べ、共利共生を狙っていける。

 いいことづくめではないか!


 そうやって読む人の興味を引いていく手法もあるんだな!


 その上で謎は最後に解き明かされなくてはならない。


 解かれない謎など謎ではない!


 その約束の元に判明した秘密は、想像もしない大掛かりなものだった。

 部屋が丸ごと上下に動いていたなんてッ!?


 周囲からは論理の矛盾を突かれてボコボコにされていたが、私は感心した。

 やはり話の核となるトリックにはこれくらいインパクトがある物を用意しなければ!


 たしかにあの女の子が用意したトリックには、まだまだ粗雑な点があり要修正だが……。


 元のアイデアは悪くない。


 私なら……。

 私ならもっと面白いものが作れる!!


 何か、いても立ってもいられない気分になってきたぞ!!


 すぐさま自分の部屋に戻って……!

 前職の癖でどこに行くにも紙と筆……筆記具を持ち歩いているのが幸いした。


 彼女らから貰ったインスピレーションが溢れ出している。

 この激流が収まらないうちに、一気に書き記すのだ!


 この風光明媚な温泉宿で、突如巻き起こる惨劇! 被害者となったのは前時代を支配した偉人!

 本名そのままを描くのは差し障りがあるんで……、ちょっと名前をもじっておこう!


 乗ってきた!

 筆の動きが止まらない!


 こんな生き生きとした筆遣いは従軍書記官だった頃にもできなかった!


 私はもしや、この瞬間。

 新たなる職を、天職を見つけたのではあるまいかああああああッ!?


    *    *    *


 そうして温泉旅館に泊まりこんで数週間。

 全力をもって書き上げた一作を『秘湯伝説殺人事件』というタイトルで上梓。


 宿泊中に親しくなった大魔王様に取り上げられ、魔都にて売り出されるようになった同作は大ヒットを記録した。


 作品の書き出しには、アイデアのきっかけとなった少女への感謝の言葉を忘れず記しておいた。


 この作品がきっかけとなって、魔都に収まらず世界全土でのミステリーブームが巻き起こり……。

 私はその開祖として多くの人に名を記憶されることとなるのだが……。


 それはまだ先の話になる。

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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↑コミカライズ版こちらから読めます!
― 新着の感想 ―
[一言] 土曜日にワイドな劇場が異世界に誕生!テレレレーん(津島利章)
[一言] 警察官僚の弟が探偵役を担ってそうなタイトルの小説ですね
[一言] 大魔王様疲れてないのに数週間粘ってて草
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