511 ドラゴン温泉殺人事件・推理開始
では、ヴィールの用意してくれたゲームを早速解き明かしていこうではないか。
これは推理ゲームだ。
温泉宿の密室で発見された死体(役)。
被害者がいかにして殺されたかの謎を解き、それによって導き出される犯人を特定しようという流れ。
現場は例によって密室だ。
「どうして誰も彼も殺人現場を密室にしようとするかな?」
もはや『密室にあらねばトリック殺人にあらず』というぐらいの密室ぶり。
俺も前の世界にいた頃はそれなりにミステリーを読み漁ったものだが、そのせいか密室殺人って食傷気味なんだよな。
そもそも密室トリックというのが知恵を絞って多大な労力の下に遂行されている割に、有用性が疑問じゃない?
殺人犯って普通、自分が捕まらないためにトリックやらを利用するんでしょう?
そういう目的ならば殺人があったこと自体を隠すべきなのに、いかにも事件性のある殺人現場自体をこれ見よがしに残して、出入りの跡だけ隠蔽する?
謎を作り出すにしても、その謎が思いっきり悪目立ちしているではないか!?
『さあ、解いてみろ!』と言わんばかりのさ!!
それじゃダメでしょ?
キミ、殺人という重犯罪を犯して命を懸けて逃げ切る覚悟じゃないの!?
それなのに事件性を堂々とアピールしつつ、中途半端に謎だけ残しておかげでかえって犯人絞られてんじゃないの!
なんでクローズドサークルで犯罪決行するの!?
十人そこらの中で『犯人はこの中にいる』って選択肢の幅狭まりすぎじゃん!
通り魔の犯行に見せかけて都市内数十万人の中から絞り出す方が絶対難易度高いって!!
……。
すまん、熱くなりすぎた。
まあ今回はゲームだもんな。そう細かいことは拘らず素直に、謎の解明に取り組むとしよう。
この温泉旅館の一室で、開店早々引き起こされた殺人事件……!
「普通に閉鎖案件だよ!?」
頑張って開店した温泉旅館が倒産の危機じゃねえか!?
旅館なんて評判商売なのに殺人事件が起きたなんて致命傷だよ! 新規のお客さんが寄り付かなくなる!
「何かあんまりいい企画じゃない気がしてきた! 抜本から練り直してみてはどうかね!?」
「そういう試案はあとにして、今は密室の謎を解くのだー」
そ、そうだな。
ヴィールが頑張って考えたトリックだものな。
彼女の頑張りに応えるためにも、今回のゲームだけは真面目に打ち込んで、あとをどうするかは改めて考えよう。
「では事件の概要を説明するのだ」
ヴィールが得意げに言う。
「被害者は大魔王バアル。かつて魔国の王様でありながら放埓な国家運営のため臣民から疎まれ、王座から蹴落とされたのだ。代わって王位についた息子の方が何倍も有能で、自然比較されて暗君として名を遺すことが決定してるヤツなのだ」
「それ今言うことかなッ!?」
死者からの抗議。
そもそもなんで死体役引き受けたんだ? この人?
「大魔王様は、昔からこういうお遊びが大好きだからな」
うんざりした口調で解説を入れるのは、俺が初めて見る浴衣姿の御老人だった。
まさか……、この人が魔国宰相のルキフ・フォカレさん?
「あっ、初めまして。この旅館を建てた者です……!」
「おお貴殿が……!? さておき大魔王様は『文化の庇護者』を自称し、みずからも率先して芸事に関わるクセがあってな。……演劇にも端役として出演したり……!」
今回のこれみたいに?
「大事な政務をすっぽかして……! スケジュールの組み直しに我々がどれだけ苦労したか……!?」
実念のこもった嘆きが印象的。
この有能なお役人の苦労がしのばれた。
「……というわけで、鍵のかかった扉をこじ開けて密室に入ったのは、ご主人様、プラティ、ジュニア、死体モドキ、あとゲストのジジイなのだ。ここでハッキリ言っておくのだ」
司会進行として頭数には入らないらしいヴィールが言う。
「犯人は、この中にいるのだ!!」
「な、なんだってー!?」
そういう進行か!?
たしかに推理ゲームなら、犯人がある程度絞れた状態の方が進めやすいが。
「それは犯人役が、ヴィールと示し合わせているってことか?」
そして素知らぬふりで、推理役の一人を演じていると?
「そういうメタ的な方向性からの推理はアウトなのだー。ちゃんと与えられたヒントからトリックを見破るのだ!」
「…………」
この仲に犯人がいるとしても、事前に何も知らされていない俺は間違っても犯人じゃあるまい。
ならば俺がこの場の探偵役として、見事この謎を解いてみせようではないか。
おじいちゃんの名に懸けて!!
「では早速現場を検証してみよう。殺された大魔王さんだけど……!?」
いまだに死体役を演じて、畳の上にうつ伏せになっている大魔王バアルさん。
死体ではありながらあくまで『フリ』でしかないから致命傷はもちろんないし、それを模したような細工もない。
血糊とか、突き刺さっているように見えるナイフのオモチャとか。
「……死因は何?」
「は?」
ヴィールに尋ねてみたところ、めっちゃ素の反応を返された。
「いやだから、どうやって殺されたかは推理の重大なヒントでしょう?」
刺殺、撲殺、絞殺、圧殺、焼殺、毒殺。
古来よりミステリーは被害者の殺され方が華だといわんばかりに様々なバリエーションの殺され方が考案され、それこそ百花繚乱だ。
しかも被害者の殺害方法は、ただその派手さで読者の目を引くというだけでなく、トリックを解き明かし、犯人を特定する一番最初の手がかりになることもある。
「たとえば重い鈍器か何かで殴り殺したのなら、それはよほどの腕力がある人物が犯人だと推測される。そしたら女性のプラティは自然と除外されるだろ?」
……と見せかけて、非力な女性でも実行できるような仕組みを用意して、まさかの展開にするのが推理もののセオリーだが。
その辺どうだろう?
プラティはヴィールと接する時間が多いし、密かに犯人役を依頼されていたとしてもおかしくない。
探りを入れてみようと思ったが……。
「甘いわね旦那様、アタシは犯人じゃないわよ」
即座に否定された。
「アタシはね、ジュニアを産んでこの子に誓ったの。この子が恥ずかしいと思うことのない立派な母親になろうって。だから人目を忍んでコソコソするような卑劣なマネは絶対にしないわ」
プラティ。
そんな真面目に語るなんて……。
ジュニアに対して真剣に親になろうという気持ちには打たれたが、それ今言うこと?
「だから、ジュニアに誇れる親となるためにも、相手を殺そうと思ったら正面から堂々と叩き殺すわ!」
「んッ!?」
「コソコソ身を隠して罪から逃れようとはしない! むしろ正当性を主張して、誰からも文句を言われないようにしてから正義の殺人を執行するわ!!」
「『誇れる』の方向性間違ってない!?」
プラティは性状的にミステリーの犯罪役は務まらなかった。
彼女は『復讐するは我にあり』といって真正面から殴り殺しに来るタイプだ!
これは別の意味でプラティは容疑者リストから外れた。
「そうだなあ、角度的には犯人の性格も重要かもしれないなあ」
プラティのような、どう考えてもトリック殺人に向かない性格もあるし、第一彼女にバアルさんを殺す動機がない。
動機。
相手を殺したいと望む理由。
時にこれが犯人を暴き出す決め手となって、非常に重要だ。
しかし今集まった中で、バアルさんとの関係が深い人はほとんどなく、増して殺したいなどと思っている人は皆無のはず。
一人だけいるとしたら……。
「…………何だ?」
全員の視線が一人に集まった。
魔国宰相のルキフ・フォカレさん。
彼は大魔王バアルさんと密接な関係にあり、バアルさんが現役魔王だったことは二人三脚で魔国を収めてきたんだっけ?
それこそ色んな感情が渦巻いていることかと思うが……。
「私がやりましたーーーーッ!!」
「速攻で自白したッ!?」
歌う(自白するの隠語)の早いッ?
「ヤツが現役魔王の頃から『殺してやりたい』と思たこと数知れず。その殺意が高じて……、知らぬ間に手を汚してしまっていたのかも……!?」
「待ってくださいルキフさんッ!? 覚えのないことを『やった』と言っちゃダメですよ!?」
ゲームが成立しなくなっちゃう!
それ以前に心の闇を見せたらダメです!
「アイツが何か思いつきをするたびに睡眠時間が削れ、子どもや孫との触れ合いもなくなり苦労が滲み……! なんで私はあんなヤツのために……! アイツさえ、アイツさえいなければ……!!」
「だから心の闇を引っ込めてえええッ!?」
何か発作のようなものを起こすルキフ・フォカレさんを落ち着かせるのに精いっぱいで、推理ゲームどころではなくなっていた。
それらの様子を死体を演じながら眺める大魔王バアルさんは……。
「何かゴメン……ッ!?」
と短く呟いたのだった。