510 ドラゴン館の殺人
俺です。
竣工した旅館が無事営業をスタートしております。
かつてのオートマトン女性たちが、仲居の仕事が板について実にキビキビ働いている。
博覧会の時の経験が生きているな。
このために仕立てられた和服も実に似合っているし、完成した温泉宿は期待通りの出来だ。
俺も発案者として営業に協力しようと、旅館内の見回りをしているところだ。
何かトラブルがあったら率先して解決に動きたい。
「おや、先生」
「聖者様、いいお湯でしたぞ」
という風に旅館内の廊下を歩いていたら、ノーライフキングの先生とバッタリ会った。
四階でのことだ。
「どうでした天空風呂は?」
「いいお湯ですし、眺めは最高ですし言うことがありませんな。温泉は農場でいつも入っておりますが、遠くまでやってきた甲斐があったというものです」
それはよかった。
世界中の疲れた人のために癒しとなってほしいという願いの下に建てられた温泉旅館。
実際に疲れた人を癒してくれたら、それが何よりの喜びだ。
「そういえば、浴場で篤実な御仁と一緒になりましたぞ。噂の魔国宰相のようでしたな」
「ああ……」
その話は聞いている。
大魔王バアルさんが疲れてもいないのに『温泉旅館を堪能したい!』と駄々をこねたので、仕方がないから『じゃあ誰か疲れている人を一緒に連れてこい』と条件を出したのだ。
マジで条件満たしてきやがった。
「魔王さんからも宰相さんのことを頼むとお願いされたから、全力で歓迎しないとね!」
「あの人こそ芯から疲れているようですからな。ここの湯が効くことでしょう。ワシのように潤ってほしいものですね」
先生、アナタは物理的に潤ってますからね。
アンデッドの王、ノーライフキングであらせられる先生は普段肌が干からびてミイラもしくは即身仏のような風体をなさっておられる。
それが温泉に浸かることで水分を吸収し、生前の姿に戻ることが可能なのだ。
しかも美形!
温泉から上がりたての今はまさにそんな感じだった。
まあ上がったらほどなく元の状態に戻られるんだけどね。
『そう言えば聖者様』
ほら、もう戻った。
いつものノーライフキングの先生だ。
『アナタもヴィールから何か言われておりませんかな? ヤツから呼び出しを受けているのですが……?』
「ああ、それ俺もですよ」
ドラゴンのヴィール。
この温泉旅館開設に当たって、アイツも何かやろうとしているらしい。
湯治客がより楽しむためにイベントを用意したそうなんだ。
それをやるために所定に時間に集まるようにと言われている。
「アイツもすっかりイベント好きになったものだなあ」
最近では見ず知らずの冒険者に振舞おうと屋台を引いてラーメン作りに行くし。
いつだったかアレキサンダーさんとこのダンジョンで月間イベントを開催し、大好評だったという話を聞いている。
それで味を占めたのだろうか、この温泉旅館でも何かやりたいということでこれからやるらしい。
「盛り上がるのはいいことなので無視せず付き合ってやろうと思っています」
『では共に参りますか』
先生も案外乗り気なのが微笑ましかった。
ヤツは、ここの旅館の客室の一つで待ち受けているという。
場所はたしか……五階だっけ?
途中、同じく天空浴場で温泉を楽しんでいたプラティやジュニアとも合流し、指定された部屋の前へと到着。
「ここか……!?」
何の変哲もない客室の一つ。
ここでヴィールが何かするのだという。
「一体何なのよ……? アイツの思い付きで客室が一つ潰れるのは問題なんだけど?」
「まあまあ……!?」
とりあえずアイツが何をやろうとしているか、この目で確認しようじゃないか。
「ヴィールー? いるのか入るぞー?」
「がははははー、おれ様はここにいるのだ!」
「うわっ?」
ヴィールいた!?
部屋の外に。
なんでだよ、呼びつけたからには部屋の中で待ってるんじゃないのか!?
「ご主人様、この扉には鍵がかかっているのだ」
「はあ?」
「だから、中に入るには無理やりこじ開けるしかないのだー」
はああああああッッ!?
何言ってんの、このバカ竜?
作ったばかりの温泉旅館なんだぞ、いきなり壊すな!?
「……という設定でドアを開けるのだー」
「はあ……!?」
普通に開くじゃん。
なんだよ設定って?
「こうして部屋の中に踏み込んだ住人たち! そこで見たものは、想像を絶する惨劇だった!」
「何のナレーション?」
こうして皆で客室の中に入ると、中には大魔王バアルさんがいた。
畳の上でうつ伏せになっている。
「……何してるんです大魔王さん」
「ワシは殺されてしまったー」
マジで何言ってんだ?
自分で『殺されました』と宣言する死体がどこにいる? しっかり生きているじゃないか?
なんだこのさっきからの執拗な小芝居感は!?
「何と言うことなのだ! 大魔王のジジイが殺されてしまったのだー!!」
そしてなおも小芝居を続行するヴィール。
ジジイとか言ってやるな大魔王さんを。
「しかしおかしいぞ! ここはドアの鍵が閉まっていて、窓からも出入りができない! ジジイを殺した犯人が、ここに入ることも出ることもできないはずだ! つまりこれは…………ッ!!」
大きく溜めて……。
「 密 室 殺 人 だッ!!」
キメ顔で言ってきた。
……。
うーん……。
「もう少し詳しい説明くれない?」
「わからないかご主人様! 情報源はご主人様だというのに!?」
え? 俺?
「ご主人様が言ってたではないか。温泉と言えば、つきものは殺人事件だと!!」
「言ってねえよそんなこと!」
……あ。
いや言ったか?
温泉旅館を盛り上げる際の企画会議で、『温泉と言えば何?』というブレインストーミングで出てきた一つが殺人事件だったように思える。
だってあるじゃない。
風光明媚な温泉地で起きる殺人事件。
その捜査に名物刑事が乗り出し、温泉に入りながら名推理で事件解決。
ラストは大体、切り立った崖っぷち。
そんな話を、昔話を聞かせるような口調でヴィールに語ってやった記憶がある。
「まさかそれを……、お前が採用したというのかヴィール!?」
「ぐっふふふふふふ! これが、このおれによる、この温泉旅館の利用客へ叩きつける挑戦状なのだ!!」
そういって畳の上にうつ伏せる大魔王さん(死体役)を指さす。
「このジジイは一体どうやって殺された!? その謎を解き明かし、犯人を見つけ出すのだ! 犯人はこの中にいる! 真実はいつも一つ! ジジイの名に懸けて証明完了なのだ!」
「畳かけてくるな」
なるほど。
これはヴィールが仕掛けた謎解き体験アトラクションというわけか。
架空の殺人事件をでっち上げ、その犯人を解くという知的ゲームを仕掛けてきた。
温泉宿という非日常空間だからこそ、殺人事件の異常性が何倍にもなって実感できる、なかなかよく出来たアトラクション……。
「ヴィール……!? まさかお前一人の発想でここまでのハコを作り出すとは……!」
「ご主人様から色々聞いたおかげなのだ。……さあ下等なる人類どもよ! このグリンツェルドラゴンのヴィールが仕掛けた推理ゲームに打ち勝って、見事景品をゲッドなのだ!」
一応解いたら景品出るんだ。
「謎解きに必要なものは、既に全部出してあるのだ! それらを組み合わせ、謎を解き、見事おれ様の挑戦に受けて立て!」
* * *
「まあ、でも今回は関係者だけで試験運用なのだ。皆進行に問題がないかどうか、実際にプレイしながら感想を聞かせてほしいのだー」
「おっけー」
ヴィールも企画に慎重さを伴えるようになったか……。