506 出張宣伝
私の名はアケロス。
栄光ある魔王軍の軍人である。
階級は尉官。
人生の盛りを過ぎてこの階級だから出世は遅い方であろう。そして恐らく上に行くこともなく退役することになると思う。
自分の才覚を見切るにはもう充分な歳であったし、それでなくとも人魔戦争の終結によって戦いも……、つまり出世の種も絶える。
あとはこのまま無難に勤め上げ、尉官クラスに相応しい額の年金をいただいて隠居生活を送れれば、我が人生まあ成功と言えるだろう。
これと言った輝かしさもないが、無事堅実を守り抜けた一生と認められる。
このように先の見えた人生、今更足掻こうという気も起らず、とにかく無事凌げれば安泰。
そんな矢先の出来事だった……。
* * *
その日、私はダンジョン探索の任に当たっていた。
魔国内に点在するダンジョン、その一つに入ってモンスターを掃討し安全を確保する。
魔王軍にはそういう仕事もある。
敵国と戦うだけでなく、国内の治安を維持することも重要な責務であり、同族の犯罪者を除けば異類モンスターこそ国の中を徘徊する脅威であった。
モンスターはダンジョン内で発生するから、ヤツらが溢れ出す前に巣穴の中で駆除してしまうのがもっとも効率的な方法だ。
だから魔王軍の小隊クラスにはよくダンジョン探索という名のモンスター駆除任務が言い渡され、私たちにとってはもっとも慣れた作業というわけだった。
遠い彼の地、旧人間国では冒険者なる者たちがいて、ダンジョンに関わる仕事を一手に引き受けているというが、こちら(魔国)側ではそれらすべて公軍である魔王軍が管轄している。
だから今日も私が、部下の兵士十数名を引き連れてダンジョンに入った。
しかし今日のダンジョンには常ならぬ危険が待ち受けていたこと、不覚にも気づくことができなかった。
実際危機に陥るまで。
「何と言うことだ……!?」
周囲は既に、隙間なく囲まれていた。
どこに潜んでいたのだろうと言うほど大量のモンスターの群れ。
四方八方より押し寄せ、もはや数の上でも我らの一隊が抗しうる限界を超えていた。
かといって逃げることもできない。
取り囲む敵の布陣は隙間なく、突破口を開くこともままならぬのだから。
こちらにできるのはせめて密集隊形をとり、全方位に警戒を向けてモンスターを押しとどめることぐらいであった。
「これだけの量のモンスターが発生していたとは……。予想外だ……!」
いや。
実のところはそこまで予想を外したことではない。
魔王軍はここ数年軍縮が進んでいる。
人間国との戦争が終結し、それほど大きな戦力を抱えておく必要がなくなったから、国力を内政に傾けようという事情も相まって魔王軍は段々規模縮小されているのだ。
人員も大分減り、多くの上司同僚部下たちが手に職持つ者から出て行った。
そうなると、今まで充分な人員で当たっていた仕事を少人数で行わなければならなくなり、自然今まで通りに完璧とはいかなくなる。
このダンジョンも、前に掃討した時から随分間を開けてしまった。
我が一隊で処置すべきダンジョンの数が、軍縮前より増したからだ。
「適正間隔の倍の時間を空けてしまった……! そりゃモンスターも増加しているわけだ……!?」
そうした危険を予期できず、いつも通りの編成でダンジョンに入った私のミスでもあった。
大事をとって上に具申し、追加人員を送ってもらうべきだったのに、それを怠った。
その結果の包囲だ。
私のミスで私一人が死ぬのはかまわぬが、部下まで付き合わせるのは忍びない。
何としてでも地上へ生還させてやらねば……!
私は副官へ確認する。
「人員は……、全員いるな? 脱落者は出ていないな?」
「はい。ですが、このままではいずれ……!?」
一人残らずモンスターどもの餌食になる。
ただでさえ軍縮が進んでいる魔王軍では、ここで耐え凌いだところで救援が来る見込みは薄い。
ならば一か八かで突撃、ダンジョン脱出を試みるのが唯一の生還の望みだ。
……無論、危険は伴うが。
「……全員聞け、我々はこれより一点突破を図る。私が先頭に立つから皆これに続け」
「隊長!? それでは……ッ!?」
「曲がりなりにもこの隊で一番強いのは私だ。より強力な魔法も使うことができる。だから私は諸君らより階級が上で、隊長を任されているのだ」
モンスターどもの包囲網を突破するには、強固な貫通力が必要になる。
私の最強魔法こそ矛先に相応しかろう。
「しかし隊長! 最前面に立つということは、敵の攻撃の矢面に立つということ! その分死亡率が……!?」
「そんなわかりきったことを言うな。隊長の責任は、部下を一人でも多く生還させることだ」
そのために命を懸けるのは当然のことだ。
「いいな。とにかく包囲の一番薄そうなところを見つけ、そこへ突撃する。総員反撃など考えるな。脱出することだけを考えろ!」
「隊長!」
「何、既に大戦が終わって華やかさの欠けた世の中だ。いい死に場所を得たと思うべきかもな」
退役からの年金暮らしも夢想していたが、思った以上に私は軍人らしい。
華々しい戦死も、それはそれでいいと受け入れてしまうのだから。
しかし部下たちはそうではないかもしれぬ。
生きて帰ることを望む部下たちを家族の下へ帰してやるため……。
魔族軍人アケロス、最後のいくさに挑む!
「うおおおおおおおッッ!!」
私がモンスター群へ向けて、決死の特攻を仕掛けんとしたまさに直前……。
当のモンスターたちが吹っ飛ばされて散った。
「はあああああああッッ!?」
いきなり激流と見紛うような闘気の放出が、モンスターどもを飲み込み諸共押し流したのであった。
あまりに凄まじく大規模であったので、数十体のモンスターが一度に駆逐された。
「どういうこと!? どういうことだ!?」
私としては、生命の危機そのものであるモンスターが消え去って命拾いなんだが……。
……でもなんで?
なんで一瞬にしてモンスターが消えた。
「隊長! あれを!」
「今度は何だ!?」
「オークです!」
オーク!?
新手のモンスターか!?
オークと言えば有名な擬人モンスターだから、このダンジョンで湧き出たとしても不思議はないと思ったが……!?
「他のモンスターたちと戦っています!」
「なんで!?」
新たに出現したオークは何体かいたものの、他種のモンスターたちと交戦し……、というか一方的に駆逐している!?
最初の闘気砲だけで半数近くを吹き飛ばしたのだが、残存勢力も見る見るうちに……、まるで草を刈るかのように簡単に潰していく?
オークってあんなに強かったっけ!?
我々が呆気に取られているうちに、ついにオーク以外のモンスターはすべて駆除され全滅してしまった。
この場に残ったのは、我々一隊とオークたちのみ。
「隊長……!?」
「油断するな、ヤツらが味方と決まったわけではない」
むしろモンスターであれば基本、敵。
あのオークたちも邪魔者を排除してからゆっくり獲物にありつこうとしているだけかも……。
オークの一体が進み出て、こちらに歩み寄る。
……なんだ? この凄まじい覇気は!?
「……疲れているようだな?」
「はい?」
オークが喋った!?
「度重なる激務に戦い、心も体も相当な疲労を重ねていると見える。そんなアナタに、是非紹介したい場所がある!」
オークから、なんか紙切れを渡された。
紙切れはやけに色彩鮮やかで……絵? 文字も書かれている? なんて読むんだこれ? オンセン!?
「温泉は、必ずや貴殿の疲れを癒し、心をリフレッシュさせてくれるであろう。休日にお越しくださることを願う。……皆の衆!」
一番立派そうな気配のオークが、他のオークに呼びかける。
「ここでの宣伝は終わった! 次の現場に向かうぞ! 日々の仕事に疲れた兵士さんたちに、温泉宿を告知していくのだ!!」
「「「「了解! オークボリーダー!!」」」」
こうしてオークたちは風のように去っていった。
ダンジョン内のモンスターは全滅。
魔王軍の一隊をもってしても逃げるしかない大群をあっという間に蹴散らした、あのオークたちは一体何?
そして彼らのおかげで私も命を拾うことができたんだが……!
……。
実感持てない!!
……。
……オンセン、か。






