505 温泉宿完成
こうして様々な試行錯誤の果てに……。
温泉宿は完成した!
「なんと素敵な温泉旅館だ!?」
外観はひなびた和風旅館。
やはり温泉宿なら和風がいいよね。
しかし規模はホテル並みに大きく、多くの宿泊客を収容することを想定している。
なんと六階建てだった。
木造で。
「また気合い入れて建てたなー」
「和風建築は我が君のお住まいを建てた時にノウハウが溜まっていますし、オークボ城で巨大建築の経験もあります。これまでの積み重ねてきたものをすべて出し切るつもりで建てました!!」
オークボもテンション上がってるなあ。
本当にオークたちは建物を作るのが大好きだ。
「では中をご案内しましょう。肝心の浴場もご覧いただきたく存じます」
「おお!」
旅館内に設えられている浴場は、これまた豪華だった。
「露天と内風呂がある!?」
「農場の風呂を建てた時のことを参考にしました。我らオークで知恵を持ち寄り、様々な種類の風呂を作り分けましたぞ」
露天風呂を主軸に、たくさんの人が入れる大風呂、ブクブク泡が出ている泡風呂、プラティが用意した多種の薬草を漬け込んだ薬湯風呂。寝風呂座風呂。
本当に色々な種類がある。
「農場の風呂場より充実しているじゃないか……!?」
「我が君にご満足いただくために、全力を尽くしました。今の我々が出せるすべての技術を投入しております!」
オークボたちはいつだって全力投球だよね。
おかげで想像以上にいい旅館が完成した。
遊戯室には、俺の作り上げた卓球セットが置いてあるし、土産屋には温泉卵と温泉饅頭が置いてある。
それから……、お?
「ここに重ねてある服は……?」
「バティ殿が届けてくださいました。浴衣というものですよね?」
バティ、結局浴衣を作ってくれたのか?
『破廉恥!』と言いながら願いを叶えてくれるなんて、ツンデレな子だぜ。
「勘違いしないでください!」
そしたらバティ本人が登場した。
「私は仕立て師として、受けた依頼は必ずこなさんとしているだけです! しかし私の作った衣服で風紀が乱れたなどと評判が立っては迷惑千万! そこで解決策を見つけてきました!」
「解決策?」
「この帯をご覧ください!」
浴衣とセットになっている、この帯か?
「この帯は魔法がかかっていまして……、自然に解けることが絶対にない帯です!」
「何だとう!?」
「ベレナに研究させ、呪いに近い力の宿ったこの帯は、着ている者の手によって解くことはできますが、それ以外で絶対解けません! どんなに暴れても、激しい動きをしても、結び目はしっかりしているのです!」
それなら……、何かの拍子に帯がほどけて前がはだけ『いやん』な展開になることもない!?
「それだけではありません! 浴衣本体……襟と裾の部分にも同じような呪いがかかっています!」
「とうとう呪いって直接言った!?」
「この呪いのおかげで浴衣自体も絶対着崩れることがありません! はだけた裾から太ももが見えたり、乱れた襟元から胸元が見えたりすることもありません! これぞ安心の絶対防備浴衣です!」
バティめ……! またまた途轍もないものを発明してくれたな!?
では実際、この浴衣がどれほどの性能を持っているかたしかめてみようではないか!
俺自身浴衣に着替え……。
帯を締めて、襟元もしっかり整えてから……。
「オークボ! 一勝負するぞ!」
「御意!!」
オークボと卓球で遊んでみた。
三ゲームほど打ち合って……!
「凄い! 全然着崩れてない!?」
長時間の運動でも帯が緩むことなく、襟がはだけることすらなかった。
まるでたった今着つけたばかりのようにピッシリだ。
ちなみに卓球の試合は三ゲーム中、二:一で負け越した。
オークボ強い。
「これで風紀が乱れることもありません! この宿も清く明るい雰囲気に包まれることでしょう!」
それはそれで寂しいような……。
と思ったりはしないよ?
「浴衣は今のところ二百着用意できています! そしてそのすべてに着崩れない呪いがかけてあります! ベレナが頑張ってくれました!」
「それベレナに一方的な負担じゃないかな?」
宿の従業員には人化したオートマトンたちを当てた。
接客経験は農場博覧会の時でできているため安心して任せられる。
これで必要なものはすべて揃って、あとは本格的に開業するだけと来た!
「皆で頑張って、多くの人たちに温泉を堪能してもらうぞ!!」
「「「「リラックス! リラックス!!」」」」」
スローガンは『全力全開リラックス』だ!
逆に疲れそうな勢い。
「だがしかし、ただ開業しただけではいかん」
何せこの宿、中心地から離れた山深くにあるからな。
温泉の湧き出す場所で、かつ静かな雰囲気も求めていたら辺鄙になるのは仕方がないが。
このままただ営業しているだけでは、世の人々から存在すら認知されず。素通りされまくることに……!?
「開業に先立ってまずやらねばいけないことは……、宣伝だな!」
「この温泉宿のことを世に知らしめるんですね!?」
そういうことだ。
「宣伝も農場博覧会でノウハウを積んでいます! 色々な方法を試せますぞ!」
「パンデモニウム商会に頼めば勇んで協力してくれることでしょうし、またエルロンさんにポスター描いてもらいます?」
俺が何かしら指示を出すまでもなく、皆が自然と最適解をはじき出し、そこへ向かおうとしている。
なんと頼もしいことよ。
これまでの様々な経験を通じて、農場もそこに住む人々も成長してるなあと感じた。
感涙したいところだが、それにはまだ早い。
「皆のアイデアは素晴らしいが……、ちょっと待ってくれ」
「「はい?」」
首を傾げるバティとオークボ。
「たしかに宣伝は必要だし、キミたちが提示した手段は有効だと思う。しかし、対応にはケースバイケースが大切なのだよ」
「と言いますと?」
この温泉宿は、温泉に浸かってリラックスしてもらうために建設した。
さすれば、何よりもまずここに来てほしいのは日頃の疲れが溜まった人たち。
この温泉を何より必要としてくれるような、超ド級に疲れた人たちであるべきじゃないか!?
「宣伝活動も誰かれかまわずではなく、より来てほしい人たちに届くよう狙って打つべきではなかろうか!?」
「おおー! さすが聖者様! いいこと言いますね!」
この温泉宿は、日頃の疲れに苛まれる人たちの一時の逃避場所、オアシスでありたい。
「ということで、常日頃から一番疲れている人と言ったら誰だろう?」
「やっぱり魔王様じゃないですか? 毎日政務がお忙しそうだし」
真っ先に思い浮かぶのは彼だよね。
俺もそう思って、実はもう既に打診しておいた。
しかし固辞された。
「『民にこそ率先して安らいでもらいたい』『だから自分は後回しでいい』んだと」
「さすが魔王様ですね~」
いたずらに明君ぶりが発揮されただけだった。
そういうわけで魔王さんは除外され、あと他に癒すべき疲れを溜めている人がいるとしたら……?
「ベルフェガミリア様は?」
「あの人だけはねーだろ」
「そうですよね」
むしろあの人にはもっと働いてほしい。
彼のことは置いておいて、際して俺自身考えたことがある。
その案を実行したい。
「オークボよ、オークたちを率いて行ってきてくれないか?」
ある場所へ、宣伝のために。






