502 温泉宿を作ろう
ごきげんよう俺です。
実は、ことの成り行きをずっと見守っていました。
温泉掘りという専門外の仕事を課せられた井戸掘りさん。
そんな彼の下へ現れた天使ホルコスフォン。
そのフォルコスフォンに圧倒されて弟子入り志願する井戸掘り師。
すべて見守っていましたよ?
傍らにいて、一言も発しませんでしたが。
ただ井戸掘り師さんは弟子入りを求め、ホルコスフォンはそれに応えたようだが……。
「もっと力を込めて掻き混ぜなさい。気合い込めずば納豆は粘りを発してくれませんよ」
「はい先生!」
……両者の認識に違いがあることを、一歩引いたところから眺める俺だけが気付けるのだった。
「あの……、キンマリーさんが求めているのは温泉を掘り出せるほど強烈な穴掘りで、納豆とは関係が……!?」
「無駄よ。ホルコスちゃんはすべての極意を納豆に求めるのよ」
レタスレート。
お前もいたかそういえば。
「それよりセージャ! 温泉が出てきたからには、ここにも浴場を建設するんでしょう!? 早く作りましょうよ豆パークを!」
そんなもの建設しねーよ。
どさくさに紛れて豆のテーマパークを建てようとするな。
「うぬッ? そういえば、この噴き出したお湯は何に使うのでしょう?」
ほんの少しだけ正気に戻ったキンマリーさんが、それでも納豆を掻き混ぜる手を止めない。
「やはり飲料として使うのですか? 最初から熱されていれば煮炊きに便利そうですな!」
……いえ、違います。
知らないがゆえの斬新な意見だが、この温泉を料理に使えるのかな? 水質調査してみないと何とも言えんのだが?
しかし、その前に一番真っ当な利用法を確立しなければな。
「レタスレートが言うように、早速入浴施設を建設するぞ! 皆の者、出あえぃ!」「「「「「ははぁ!!」」」」」
オークボを始めとするオーク軍団が、転移魔法で続々と現地入りしてくる。
転移ポイントは、ホルコスフォンが設定して座標を通信魔法で伝えてくれたらしい。
さすが天使、何でもできる。
普請道楽、建設好きのオークたちだから、新たなる建築物を作らんとする試みには喜んで参加してくれることだろう。
入浴施設の建造は過去にも経験があるため、スムーズに進むことも予測される。
「ただし! 今回の建造は、前に作った浴場とは趣が違うぞ! 少しだけ趣向を変えていく!」
「どういうことでしょう我が君!」
うむ。
前に農場で作った公共浴場は、いわば趣が銭湯風だった。
皆で入って気軽な雰囲気を出すよう、内装外装に配慮したつもりだ。
今回はそう言った気軽さを残しつつ、より高級感のある趣を出したい。
いわば温泉旅館風。
「魔王さんの意向は、たくさんの人が分け隔てなく温泉を楽しめるようにすることだ。その希望を叶えるためにも魔国中……いや世界中の人々が入りに来れる巨大温泉施設を作りたい!」
「おおッ!!」
「つまり……温泉宿だ!!」
かつて俺が前に住んでいた世界に様々あった、温泉を主軸にした観光施設。
宿泊しながら何度でも温泉が楽しめる。
朝夕に出てくる贅を凝らした郷土料理。
片隅にあるめっちゃ古いゲーム筐体。
そういったものを取りまとめて存在する一大レジャー空間。
温泉旅館!
「それをこの地に作る! 多くの人々に温泉に入りに来てもらうため!」
「「「おおぉーッ!!」」」
オークたちもやる気たっぷりだ。
「また大規模な施工になりそうですのう! 腕が鳴るわ!」
「露天風呂の建造は独特だから是非またやりたいと思っていたのよ!」
「ちょうどいい石材を探しに行くぞ!」
農場を拡充する過程で様々な家屋を建て、その関係かすっかり建築が趣味になってしまったオークたち。
なんか建てるとなると途端に生き生きしてくる。
「浴場だけじゃなく、遠くから温泉に入りに来てくれるお客さんのために宿も建てないとな。…………キンマリーさん」
「手首のスナップを利かせることで、より鋭く納豆を掻き混ぜる! ……なんでしょう!?」
井戸掘り師から納豆掻き混ぜ師へとジョブチェンジしそうな勢いのキンマリーさんへ尋ねる。
「この辺りの地理はどんな感じなんでしょう? 人は多く住んでるんですか?」
「……辺境ですな。近くに大きな街もないし、好んで人が寄り付く場所ではありません。元々大規模な井戸掘削はそういうところで行われますからな。湧き出た井戸が人を呼び寄せるんです」
なるほど。 新しい村開拓の第一歩として井戸が掘られるわけか。
飲料水は、人が生きていくための第一条件なのだから当然ともいえるが……。
今回は温泉が、人を集める元になる。
「実を言うと、この地はすぐ向こうに川が流れていて生活用水に関しては困ることがないのです。むしろこの土地は、深い山間にあることの方が問題でしょうな。利用できる平地が少ない」
なるほど。
畑も田んぼも平地にしか作れないもんな。
「だから、この辺りも捨て置かれていたのです。たとえ井戸を掘っても農耕に適した土地がなく作物を作れないのでは開拓する意味がない。そういう意味で我ら井戸掘りギルドからしても放置された区域でした」
そんな場所にシャベルが入ったのは偏に、魔王さんからの『湯を掘り出せ』という無茶ぶりがあったゆえ。
非常の依頼には、非常の土地が選定された。
ここは本来忘れられた土地……。
「そんな場所だからこそ、こっちには好都合だな」
近所迷惑とか考えず、思うままに街を作ることができる。
前人未到の異世界初の温泉旅館をな!
建築はオークたちに任せとけばまったく問題ない。
むしろアイツらなら、もう俺がタッチしなくても俺の期待を超える温泉宿を建造してくれるはずだ。
ハード面で心配無用なら、俺が注力すべきはソフト面だな。
温泉宿に付きものなあれやこれやを開発、用意していくことにしよう。
「よい納豆さばきです。基礎は身についたようですね。それでは応用編を始めましょう」
「なッ!? 納豆に卵を入れるですと……!?」
ホルコスフォンとキンマリーさんには、進みたい道を突き進んでもらうとして……!?
温泉に必要なもの……。
まずは浴衣だな。
それは温泉を利用する際の正装。
古来は平安時代より使われてきたという浴衣は、脱ぎ着がしやすく温泉に出入りするには最適だ。
素早く出入りできる。
デザイン的にも風情があるし、木綿の生地は通気性がよくゆで火照った体を涼ませるには最適だ。
異世界で温泉宿を開くにあたり、やっぱり浴衣が欲しい。
オリジナル柄とかが染め付けてあったらなおいいな。
ということで、衣服関係となったら彼女こそ適任なので頼んでみた。
我が農場の被服担当、いまや押しも押されぬ世界的ファッションデザイナーとなったバティに……。
* * *
しかし……。
「絶対嫌ですッ!!」
滅茶苦茶拒否られた。
農場に戻って、浴衣の素案を見せた途端、火のつくような拒否っぷり。
何故バティは、そんなにまで浴衣を拒否するんだ!?
「だって破廉恥じゃないですか!」
「破廉恥!?」
「そうでしょう、こんな前を広げただけで全部見えてしまう! 閉じるのは細い帯一本! 頼りなさすぎます! 何かの拍子に帯が解けてしまったらすぐさまオッピロゲになってしまいます!」
たしかに言われてもいたらそうかもしれない。
「しかもこれ、機能的に下には何も着ないんでしょう!? ますます丸見えになるじゃないですか! こんな変態衣装、作ることはできません!」
「伝統衣装になんと失礼な!?」
しかし、そういったあけすけさが気風がいいと言いますかね!?
たしかに女性が着たらチラリズムとか色艶が素晴らしいことにもなりますが……!?
とにかく今はバティを説得する材料が見つからないので、浴衣作りは後回しにしよう。
他にも温泉宿につきものは色々ある。
そちらを先に見つけてからでも遅くはあるまい。






