501 納豆ダウジング
引き続き魔族のキンマリーだ。
オレの職場を荒らすかのごとく現れた美女。
名前はホルコスフォンと言ったか?
そんな彼女が持ち出したのは……。
「何だこれは!?」
見ただけではわからなかった。
豆、であるように思える。
小さな皿に盛られた、数十粒ほどの豆の塊。
しかし、その豆の表面には白い粘ついたものが付着し、なんとも気色が悪い。
それだけでなく異様な臭いまで発している。
この豆もしや……!?
「腐ってるな!? 腐っているだろう!?」
「失敬な。腐敗ではありません発酵です」
よくわからんが何が違うというのか?
そして掘削現場で腐った豆を持ち出す意図が皆目見当がつかん。
何から何まで謎の女性だ。
「ではこれからお目に懸けましょう納豆の偉大さを。まず全力で掻き混ぜます」
ホルコスフォンとやらは、今度は細く短い棒二本を取り出すと、それをもって皿の上の腐り豆を掻き回しだした。
混ぜるほどに豆の水気が増していき、豆と豆の間でネバネバ糸を引き始める。
本当に何をしようとしている。
「これだけネバネバしたらいいでしょう。お箸を上げると……」
ヒィッ!?
二本の棒を上げた分だけ長い糸が引き、それにぶら下がるような形で豆も浮く!?
「これで準備が完了しました」
「なんの!?」
お箸とやらから垂れる糸、それに繋がってぶら下がる豆。
その豆がブラブラと揺れて、ホルコスフォンはそれをじっと見つめて……。
「……あちらですね」
「ええッ!?」
すたすた歩いていき、またぶら下がる豆の動きを注意深く観察して……。
「次はあちら……」
これはまさか!?
引いた糸にぶら下がる豆!? その豆による振り子運動!?
「ダウジング!?」
ダウジングなのか!?
我ら井戸掘りギルドに伝わる秘伝の一つで、地下を流れる水脈を、土を掘らずに見つける秘術。
それを何故ギルドにも属していない女性が!?
「我が納豆ダウジングで調査した結果、この下に温泉があります」
彼女がある地点を指さした時、オレは衝撃に襲われた。
何故なら……!
「ここを掘り進めば、必ず温泉を掘り当てられるはずです。この地点の掘削を強く推奨します」
「それはダメだ」
「何故です? 理由を提示してください」
「たしかにキミの見立ては正しい。我々も事前の調査で、この地点がもっとも怪しいと踏んでいた」
だから衝撃を受けたんだ。
井戸掘りギルド秘伝の術で探し当てた最高の掘削ポイントを、見知らぬ女性が寸分たがわず当てたのだから。
「しかし、この地点はダメなんだ。少し掘り進んだところに岩盤があって、それが非常に強固だ。手持ちの器具ではまったく歯が立たず諦めるしかなかった」
そこで第二候補であった今の地点を掘り進んでいるわけだった。
「最良の掘削ポイントを探し当てたキミの感は評価しよう。だがそういうわけで我々は今の穴を掘り進めるしかない。他にできることがないなら大人しく隅で眺めていてくれ」
「了解しました。では岩盤についてはこちらで対処しましょう」
「ん?」
彼女は話を聞いていないのか?
掘削のプロである我々が、手段を尽くしても突破できなかったんだぞ? 女性の細腕で何ができる?
頼むからもう大人しくしていてくれ!
「ではとりあえず、岩盤のある深さまで掘り進めましょう。マナカノンで土を吹き飛ばします」
「え? うわああああああッッ!?」
ホルコスフォンとやらが、なんかどこからともなく筒のようなものを取り出し、その先端の穴から凄まじい光線が!?
何かの攻撃魔法なのか!?
我々が埋め戻した土があっという間に吹き飛ばされて……!
硬い岩盤が露出した!?
「……たしかに、セーブしたとはいえマナカノンの直撃に耐えるとは強固な岩盤です。ここは新たな手段を講じるべきでしょう。……レタスレート」
「はーい」
また新たな女性が現れた!?
美人であることは変わらないが、こっちは人族で、やたらとロイヤルな印象。
「せっかく同行してくれたのですからアナタがやってみますか、この岩盤の破壊?」
「いいわね! 私とホルコスちゃんはもはや名コンビなんだから、ホルコスちゃんのいるところに私ありよ! そして私の見せ場は必ず用意されているべきなのよ!!」
レタスレートとか呼ばれた第二の女性。
土中から露出した岩盤の上に立つと、静かに呼吸を整えて……。
しかし。
「何をしているんだ!? 女の細腕ごときでどうにかできる岩盤じゃない! 怪我しないうちにどきたまえ!!」
「北豆神拳奥義! くるみ割りパンチ!!」
ロイヤル乙女が真下へ向けて突き出す拳。
それが触れた瞬間、岩盤は轟音と共に砕け散った。千々の破片と化して。
「何いいいいいいッ!?」
「レタスレート、いつもながらナイスパンチです」
そんなバカな!?
どんな器具、どんな掘削方法を用いてもヒビ一つはいらなかった岩盤が! どうして女の子のパンチ一撃で粉々に!?
「豆の力よ! 人は豆さえ食べ続ければ鬼より悪魔より強くなれるのよ! 私のメガトンパンチはその実践に過ぎないのよ!!」
「説明されてもわけがわからない!?」
しかし……。
一番の優良掘削ポイントを塞いでいた岩盤が砕け散り、邪魔者はなくなった。
もっとも期待のできる道を進むことができるのもまた事実。
どうする? こっちのポイントを掘り進むか?
しかし、それも部外者である彼女らの協力があったればこそで、プロの井戸掘り師としては忸怩たる。
「うーん、どうすべきか……!?」
「それでは本格的な掘削作業に進みます。マナブレード両手展開、ドリルモード発動」
「うーん、うん?」
気づけばホルコスフォンとかいった一人目の美女が、凄まじいスピードで高速回転し、地面に突っ込んでいった!?
「うそおおおおおおッッ!?」
なんか物凄い勢いで穴が掘られていく!?
「ホルコスちゃんは猛スピードで地面に穴開けていくからねー」
ともう一人の方の女性、特に大変な様子もなく落ち着いたものだった。
「それでも温泉を掘り当てるには物凄い深度まで潜らなきゃいけないらしいから、少し待つがいいわ。……あ、待ってる間にピーナッツ食べる?」
「ど、どうも……!?」
そして待つこと少しの間……。
* * *
彼女が掘り下していた穴から勢いよく水が噴き出した!?
「うわあああああーーッ!? あっつ、あっつ!? 水じゃない!? 熱い!? お湯だ!?」
「さすがホルコスちゃん温泉を掘り当てたわね!」
本当に熱い! 地下からお湯が湧き出してくるなんて魔王様の世迷言じゃなかったのか!?
「ただいま戻りました。任務完了です」
噴出するお湯の流れにのってホルコスフォンさんが帰還なされた。
「温泉は、通常の水脈より下の地層にありますので掘り出すのが大変なのです。アナタ方の装備ではまず到達できないでしょうから、信じられないのも無理はありません」
慰めるような口調で告げる彼女。
しかしオレの心情は、もう別のことに興味が移って他のことなどどうでもよくなっていた。
「……弟子にしてください」
「はい?」
オレはホルコスフォンさんの……いやホルコスフォン様の手を取った。
「アナタの素晴らしい掘削技術をオレに伝授してください! というか井戸掘りギルドに加入しませんか!? アナタがいれば、ウチは過去最大級の繁栄を迎えることは間違いありません!」
「アナタを私の生徒にですか?」
ホルコスフォン様が、少しの間考え込む素振りを見せて……。
「了承しました。アナタに納豆のイロハを叩き込みます。必ずやアナタを納豆づくりの名手に育て上げてみせます」
「ありがとうございます!」
少し擦れ違いがあったような気がするものの、これでオレも今よりもっと仕事のできる井戸掘り師に!
益々人生安泰だぜ!






