500 若き掘削家の悩み
今回で500回になります。
ここまで続けることができたのも皆さまが読んでくれたおかげです。
本当にありがとうございます。
まだまだ続けていくつもりでありますので、これからもお付き合いお願いいたします!
オレの名はキンマリー。
魔族だ。
古来から続く由緒ある職業に就いている。
それは井戸掘り師だ。
井戸は重要だ。それどころか欠かすことができない。
水なくして生きることはできないから、水を得るための井戸だって必要不可欠ということだ。
オレたちは全国各地の村や街を回り、特別な工法でもって地中を掘り進んでは地下水脈を掘り当て、掘った穴を補強して何十年でも使える立派な井戸を完成させる。
それらの工法は秘密とされ、門外不出となる職人の財産だ。
そのためにも井戸掘りギルドが結成され、井戸掘りに必要な秘伝工法はギルドによって厳重に保管されている。
井戸掘りの技を学ぶためには何よりまず井戸掘りギルドへ入門し『絶対に秘密を口外しない』という誓いを立てなければならなかった。
オレもまた十五歳で井戸掘りギルドに入門し、厳しい見習い期間を終えてギルドの膨大な知識技術を学んでやっと一人前になることができた。
オレはこの仕事に誇りを持っているし、この職さえ持ていれば一生食いっぱぐれることもないと安心もしている。
何しろ、人の生活に密着した仕事だからな。
先も言ったように人は井戸なしに生きることはできないから、井戸の新造、既に出来上がった井戸の管理改装などの仕事が途絶えることもない。
安心して人生設計し、そろそろ嫁さんでも貰おうかなと思っていたところへ奇妙な仕事が舞い込んできた。
しかも魔王様直々にであった。
魔国の支配者……それどころか宿敵であった人間国まで先年滅ぼし、実質的に地上の覇者となられた現魔王ゼダン様は、既に歴史に名を遺す明君となることが決定されている。
無論汚名ではなく勇名を。
そんな英傑からの依頼であるのだから、さすがの井戸掘りギルドも恐縮するとともに高揚した。
魔王様は一体、どんな井戸を掘らせようというのか?
しかし依頼の内容は、オレたちの想像とはまるで違ったものだった。
『地中から湯を掘り出せ』などと言う。
いかに魔王様のご綸言といえど、奇妙すぎて困惑したことは言うまでもない。
地中からお湯?
そんなもの出るわけがないだろう?
地面の下から出るのは普通の水であって、お湯なんかが出てくるわけがないではないか。
お湯っていうのは熱せられた水。
それが地下から出てくるってことは、地中はグラグラ熱くなっているってことじゃないか。
そんなことになったら地面も熱くなって、俺たちは立ってることができなくなっちまう。
足の裏がアチチッてなるぜ。
しかし依頼主は我らが主君、しかも名君。無下に断るわけにもいかず形ばかりにも依頼を受けることとなった。
担当者として抜擢されたのがオレだ。
正直喜んでいいのかわからなかった。魔王様より直接の依頼に携われるのは名誉なのだが、依頼内容があまりにも突飛すぎる。
下手に取り組んで失敗しようものなら、時の最高権力者から不興を買うということ。
折角ありついた安定した職を失うことにもなりかねない。
恐らくそういうことで各職人をたらい回しにされた挙句、オレのところまでやってきたのだろう。
全員が気後れしても依頼そのものを拒否することはできない。
最高権力者の意向を拒否すること自体も、井戸掘りギルドの存続を危ぶむことに繋がりかねないのだから。
様々な懸案を経て、オレは引き受けることにした。
火中の栗を拾いに行ったわけだ。
どれだけ偉くなったとしても、ギルドあってのオレの身分だし、誰かが引き受けなきゃなんないとなれば、やるしかない。
オレにここまでの地位と技術を授けてくれたギルドへの恩返しと思えばいいさ。
そうして荒唐無稽な地下湯掘りに挑んだオレだが、当然のように困難を極めた。
まず地面からお湯が出てくるわけがねえ。
幾度も調査し、水脈を掘り当てるものの出てくるのはすべて地下水。
お湯じゃない。
ついでに言うとお日さまから遠い地下深くを流れるため余計に冷たい。
やっぱり地下の水がアッツアツでお湯になることなんてありえないんだよ。
そんなこんなで徒労としか思えぬ作業を続けて一年が過ぎ、二年が過ぎ……。
……その間まったく成果を出すことができなかった。
資金ばかりを徒に浪費し、その分心の負担が増すばかり。
魔王様へ満足な報告を出すこともできず、追いつめられている実感が日増しに大きくなってきた。
ギルド幹部からも『もう諦めよう』と勧告されることもあったが、やめるわけにはいかない。
ここまで来たらこっちにも意地があった。
こうなったら命に代えても地下からお湯を掘り出し、魔王様のご期待に応えようではないか!
井戸掘り師の誇りに懸けてなあ!
などと言っているオレを周囲は『ヤケになった』と評しているようだが、その通りかもしれない。
そんな中やってきた。
閉塞された事態を打破する、救いの女神のような方が……。
* * *
「……キミらが、魔王様のご意思によってもたらされた使者だと?」
「左様です。ホルコスフォンと申します」
目の前にいるのは、年端もいかぬ若い女性だった。
しかも美しい。
舞踏会の貴婦人としても文句のつけようもないほどに美しい。
こんな美女が、汗臭い井戸掘り現場へとやってくるなんて。
一体何用だ?
「私はこの度、マスターの命令を受けてこの地に赴きました。温泉を掘るために」
「オンセン……?」
「アナタ方も同じ任務を受け、ここにいると聞き及んでいます。一致協力し、互いの力を併せて目的を果たすようにともマスターより指示されています」
「そのマスターと言うのは……魔王様のことか?」
「いいえ、マスターは我がマスターにあらせられます」
「???」
この若い女性が何を言っているのか皆目わからなかった。
恐らくではあるが、我々の作業を支援するために送り込まれた人材であることは間違いないだろう。
しかしその事実自体が不快でもある。
支援者が送られてくるということは、我々だけでは目的を果たせないと思われているということで、引いては我々の能力が信頼されていないということでもあった。
ただ、数年越しで依頼完遂できないどころか、最初の一歩すら踏み出せていない状況。
能力を疑われるのは当然と思い直すも、さすれば自分の不甲斐なさが頭にくる。
だから助っ人だと大手を振って現れたこの美人に、八つ当たりにも似た刺々しさを持ってしまうのも仕方がないのかもしれない。
「ここは遊び場じゃないぞ? 土塗れ、泥塗れになって水を確保する、真剣な仕事場だ。掘削中の井戸が崩落する危険もあり、けっして気楽でいられる場所じゃない」
こんな綺麗な婦人、泥がかかるだけで泣きそうだな。
そんなひ弱にオレたちの仕事場を荒らしてほしくない。
たとえ魔王様直々の派遣であったとしても、ここは専門職である我々の意思を優先しお引き取り願おう。
「一つ訂正願います。アナタたちが掘削するのは井戸ではなく温泉のはずです」
「だから何だ、そのオンセンというのは?」
「温泉は温泉です。ただし、アナタ方の掘削法では温泉を湧出させるには無理があるかと。アナタ方の人力に頼った掘削では、掘り進める深度に自然と限界が生じます。温泉を掘り当てるには、より深くまで掘り進めなければなりません」
何を言っているんだ彼女は?
見た目の美しさだけでなく、語り口調まで異様と言わざるを得ない。
井戸掘り一筋十年以上、既にベテランと言っていいオレを圧倒させる説得力が彼女にはある。
「……とはいえ、水脈を探り出す手並みは正確ですね。たしかにこの底、地上より遥か下方に液体の流れを感じます。さすがプロと称すべきですね」
「え?」
たしかに今回、いつもよりも遥かな深度を想定して地下水脈を探していた。
通常の地下水を掘り当てても冷たいばかりだから、普通と違うものを狙ってみようと思ったんだ。
でもなんで、それをこんな乙女が気付ける!?
「ですが、いささか掘削点がずれていますね。このままではどれだけ掘っても温泉は出てこないでしょう。掘る場所の移動を進言いたします」
「何を言ってる!? これはプロの井戸掘り師であるオレたちが、入念な調査の元に決めたんだ! 素人にいちいち言われて修正するわけにはいかん!」
しかし内心、彼女の言うことが正しいと認めている自分がいた。
今回、『いつもと違う掘削を』と執着するあまり、地下深くにある水脈を探したが、深くにあればあるほど調査困難になり、狙いを外す可能性も高くなる。
「私がより精密な調査を行いましょう。そうすればより正確な掘削点を算出でき、確実に温泉を掘り出せるはずです」
「何を言う! 専門家であるオレたちを差し置いて、素人のお前がどうやって調査するというのだ!?」
「これを使用します」
そう言って彼女が取り出したのは……。
「納豆です」
「ナットウ!?」
 






