499 魔国に温泉を
本日4/24(金)書籍版6巻、コミックス第2巻同時発売の日です!
連動企画などありますので双方是非ともよろしくお願いします!
こうして皇帝騒動は終結したが、ベルフェガミリアさんはまだまだ帰らない。
元々面倒くさがりの人だ。来るまでにもやたら時間をかけるが、来たら来たで腰を落ち着けてなかなか帰ろうとしない。
要するに動くのが億劫な人なのだろう。
面倒くさがりゆえに。
そんなベルフェガミリアさんが一等気に入られたのが温泉だった。
我が農場の施設でも、もっとも気合を込めて作られたものの一つ。
元来リラックスするための施設なので、怠け者の彼にはマッチしたのだろう。『いい加減帰らないと支障あるんじゃないの?』というほど長く浸かりながらも、一向飽きる気配もない。
「いやー、いい湯だ」
「ベルフェガミリアさん! 裸のまま外に出ないでください!」
「テキトーに体が冷えたらまた湯に入るんだよ? そのたび服を脱ぎ着するなんて面倒くさいじゃないか?」
一瞬同意してしまいそうになるが、しかし肯定するわけにはいかない。
したら農場の風紀が崩壊する!
「しかしここには、いいものがたくさんあるねー。魔王様や奥方たちが通う気持ちもわかるよ」
「いえいえ、そんな……!」
「特にこの温泉がいい! 魔都にも作りたいくらいだね!」
ベルフェガミリアさんにしては力強い口調で言われた。
そう思っていただけるのは、とても嬉しいことだ。
温泉という施設自体、農場に設置してからもう随分経つが、住人たちにも大好評。今なお喜びが留まることを知らない。
製作者として、利用者が喜んでくれることこそ至福。
皆日々の疲れを温泉で洗い流してるんだなあと思いつつ、俺自身も温泉に浸かると体に溜まった疲れが全身の毛穴から抜け出していくかのようだった。
「……あ、そういえば」
ベルフェガミリアさんが何かを思い出したように……?
「魔国でもやってるかもしれない。温泉採掘」
「え? マジですか?」
そして何故そのような頼りない口調なのですか?
アナタ四天王の一人でしょう? 国内のことそれなりに把握しているのじゃないんですか?
……いや、していないか。
この怠け者が故に。
「なんか失礼なこと思ってるようだけど、僕だって魔国のすべてを把握しているわけじゃないよ? そもそも四天王は魔国の軍務担当だしね。僕が把握して口出しできるのは、最大範囲で軍事だけさ」
「なるほど……?」
「たしか、お抱えの水脈師に命じて、土中からお湯を掘り出す作業を進めているなんてことを噂程度で聞いたことがあるよ。たしか命じたのは魔王様だったんじゃないかな? とするとやっぱりここでの体験が発端になってるんじゃないかな?」
たしかに魔王さんも、こっちに遊びに来るときは温泉を利用している。
必ずと言っていいほど。
それを自分の国にも取り入れようと画策するのは、為政者として当然の行動ともいえよう。
「でもかなり手こずってるんじゃないかな? 噂が出たのがもうずっと前だったような気がするけど、成功したって話はまだ聞かないからねえ?」
温泉掘りなんてそう簡単に遂行できることじゃないからなあ。
ノウハウもないとしたら、相当に苦難していることだろう。
魔王さんたら、俺たちに一言相談してくれてもいいのに。
そこへ当の魔王さんがやってきた。
「聖者殿、相談があるのだがマヨネーズにハチミツを混ぜるとより美味しくなるような……!」
「水臭いじゃないですか魔王さん!?」
「おう!? なんだ!?」
訪問してきた魔王さんへ詰め寄るのだった。
* * *
「ベルフェガミリアめ……! アイツは時折、変に口が軽くなる……!?」
言い触らしの本人は、魔王さんが来るなりそそくさと帰っていった。
これまで帰るという行為自体が面倒くさかったが、ここに留まっていたらより面倒くさい事態に巻き込まれると判断したのだろう。
ものぐさセンサーの鋭敏なお人だった。
「まあ、ヤツの言っていることは事実だ。ここで体験した温泉がとても素晴らしいものだったのでな。我が魔国にもそういったものが欲しいと思って計画したのだ」
そこまで言ってから魔王さん、一旦取り繕うように……。
「とは言っても誤解しないでくれ。我はみずからのためでなく、この快楽を多くの民にも味わってほしくて事業を進めている。仮に魔国で温泉を掘り当てた暁には、大規模な公共施設として開放したいと考えている」
「それは素晴らしいじゃないですか!?」
たくさんの人々が自由に出入りできる憩いの場!
そういうものができれば地上はより住みやすく、楽しい場所になるに違いない!
「しかし理想と現実は異なる。我々の拙い技術では、温泉を掘り当てるのに至らずでな。事態は停滞し、遅々として進むことがない」
言われて『たしかにそうかも……』と納得する自分がいた。
温泉採掘は、俺の前いた世界でも非常に難しい事業だったはず。
地質調査し、地下深くに温泉があるかどうかの下調べを入念に済ませたあと、『掘る』という作業自体にも相当な労力と技術が必要になるはずだった。
その上で快適に温泉を楽しむための施設建設もしなきゃだし。
前の世界だったら、それに加えての法律的な問題とかが面倒くさいことこの上ないはずだ。
こっちの世界なら法律的な煩雑さのみはクリアできるものの技術的な問題、労力的な問題はそれ以上の障壁となって聳え立つはず。
それをクリアして温泉を掘り当てるには、魔王さんにも相当な重荷になるであろうだった。
「実を言うと、この事業はそろそろ見切りをつけるべきかと考えているのだ」
「そんな!」
「成果は一向に上がらず、費用はかさむばかり。人間国を併呑し、新体制を確立しなければならない魔国には他にいくらでも金を注ぐべきところがある。……という不満も積もり始めていてな」
だから温泉掘りは中断しなければならない。
魔王さんの為政者としての判断が、そこへ向かおうという。
「なら俺たちに任せてください!」
そもそも魔王さんに温泉を披露したのは俺たちなのだから、技術的労力的な問題は、俺たちをもってすれば容易くクリアできるではないか。
「いやいやいや……!? そこまで聖者殿に甘えることはできぬ。ただでさえ日頃、事あるごとに世話を掛けてしまっているのだ……!」
魔王さんは慎み深い性格であるから、一方的に頼りすぎるのに後ろめたさを感じてしまうのだろう。
事業を俺に聞こえないよう進めてきたのも、俺が知ってしまえば手伝ってしまう確信があったからだ。
そんな魔王さんの克己心を好ましく感じつつも、知ってしまったからには行動するしかない俺である。
「俺たちは、やりたいことがあると実行せずにはいられない困った性分なんです! そんな俺たちこそが、むしろいつも魔王さんの世話になっています! 俺たちの毎度のやらかしに許可を与えてくれて、後ろ盾になってくれるんですから!」
「ううむ……!?」
「今回も魔王さんの寛大さに甘えさせてください!」
「聖者殿にはかなわぬな……!?」
魔王さんをご説得できたところで、俺はある人物を召喚した。
温泉といえば、そのために必要な能力を備えているのは彼女……。
* * *
「ホルコスフォン、お呼びにより馳せ参じました」
天使ホルコスフォン。
我が農場に住む一人で、その実力はヴィールなどと並んで最強の一角を担う。
彼女はかつて、同族の天使数人と共に地上を焼き払って文明を断絶させ、世界を滅亡させる一歩手前まで及んだという恐怖の存在。
そんな天使だが、数千年を経た今はかつての使命も忘れ、ウチの農場でのどかに暮らしている。
「ホルコスフォンよ。何故キミを呼んだのかと言うと、キミにやってほしいことができたからだ」
「私はマスターの剣にして盾。マスターのご命令とあらば、いかなる敵をも滅ぼして見せましょう。して今回は、何者を滅殺すればよろしかろうございますか?」
「滅殺しねーよ」
『のどかに暮らしてる』って言ったばかりなのになんで言動がいちいち不穏なの?
俺は、このホルコスフォンにこそ温泉掘りを任せたいと思ったのに!
何故なら、ここ農場で温泉を掘り当てたのも彼女の手によるものだからだ。
人類を遥かに超えた能力を持ち、大地も貫く彼女であれば、岩盤ぶち抜き温泉水脈を掘り当てることなど造作もない。
「また再び温泉を掘ることになった。今度は農場の外に。キミの手腕をまた振るってほしいのだが、よかろうか」
「私にとってマスターの命令は絶対です。拒むはずなどありません。マスターがお望みなら、大陸全土を温泉の海に沈めて御覧に入れましょう」
「そこまでしなくていい!!」
何故天使という種族は加減を知らないのだろう。
言うこと一つとっても恐ろしい。
この分だと温泉掘るつもりで星のコアをぶち抜いてしまうんじゃなかろうか?
そうした不安を余所に……。
ホルコスフォンは見事新たに温泉を掘り出すこととなるのだった。