490 エルフ王国の安泰
わらわの名はエルフエルフ・エルフリーデ・エルデュポン・エルトエルス・エルカトル・エルザ・エルゼ・エルヴィーラ・エルマントス・エルカトル・エルーゼ・エルフエルフ・ミカエル・ウリエル・ガブリエル・アリエル・アリエナイ・ラファエル・エル・エルファント。
我らエルフ族にとって神聖なる記号『エル』を二十二もその名に刻むことが許された至高のエルフである。
当然ながらハイエルフじゃ。
その名に相応しく在所の森では長と崇められ、別名『エルフ王』とまで称されておる。
わらわが治めるエルフ集落は、それこそ『王国』と呼ぶに相応しい規模、そして文化水準を持つ。
かつて人間国と呼ばれた地域では、森が枯れ、衰退しているように見えるエルフじゃが、それは『あちら』に限った話。
いわゆる魔国側にあるエルフ集落は、かつてない繁栄を見せておるのじゃ。
その中でも特にわらわが治める集落は隆盛衰えることがない。
何故かというと、わらわの治める集落には世界にたった一つ、世界樹が聳え立っておるからじゃ。
世界樹。
それは数限りなく存在する樹木の中でもっとも巨大、もっとも力強く、そしてもっとも尊い樹。
世界の始まりから存在すると言われ、樹齢は数千、数万年ともいわれておるわ。
とにかく神聖な木で、ただ立っておるだけで清浄なる気を周囲に広げ、汚れを消し去り、生命に活力を与える。
お陰で世界樹の周囲にある森は、常に健やかで病むことがない。少なくともここ数百年、森の一部が枯れたりしたこともない。
人間国の森とは大違いじゃ。
それもこれも森の中心に立つ世界樹のおかげよのう。
世界樹ある限りわらわの集落、エルフ王国は安泰じゃ。
さらに世界樹が与えてくれる恩恵は他にもあるぞ。
世界樹の葉じゃ。
年に数回、世界樹に感謝を捧げる祭りのあとに決まった枚数収穫される葉は、特別な効能を持っておる。
磨り潰して患部に塗ればいかなる傷をも治癒し、また体内に摂取すれば難病を消し去り、あらゆる不調を整え、接種者を健全体へと導く。
万能薬とは、世界樹の葉のためにある呼び名と言ってもよかろう。
そうした世界樹の葉は当然、我らエルフ族の健康を保つためにもっぱら使われるのじゃが、一部は森の外へと流れていく。
葉の効能を聞きつけた連中が欲しがっておるからじゃ。
昔は力づくで奪おうと、野盗の類が森を侵してくることもあったが、マンハンターの異名を持つ我らエルフ族の精鋭が一人も生かして帰さんかったわ。
そのうち搦め手で『金で取引しようという』などと言い出す者どもが出てきて、ソイツらには多額の報酬と引き換えに数枚の葉を分けてやることになった。
それがことのほか大儲けでのう。
本来、富など持つことのない我らエルフ族じゃが、お陰で様々な役立つものを森の外から買い入れて、ますます豊かになって安泰じゃ。
ことほど左様に、世界樹は様々な形でわらわらに恩恵を与えておるわけじゃ。
世界樹万歳!
世界樹こそ我らエルフ族最強の守護者!
こうした守護者を持つことの叶わなかった人間国側のエルフどもこそ哀れなものよ。
しかし他人の苦労など知ったことか。我らエルフ王国は世界樹の加護を受け、永久の安泰を保ち続けていくのじゃよ。
ほーっほっほっほっほっほっほッ!!
と、そんな風に思っていたのが……。
遥か昔のように思えてきた……。
* * *
「なんじゃこれは?」
わらわの癇に障ったのは、取引で見積書を見せられた時のことじゃ。
いつものように世界樹の葉を売ってやっておる異族……何と言ったかの?
まあいい魔族の商人が、その日は随分舐めた態度であったわ。
「見ての通り、今回お売りいただく世界樹の葉の代金見積もりです」
「随分安くないか。前の時の……半分ちょっと行くか行かないかぐらいの値段じゃが?」
売り払う世界樹の葉の量自体は変わりないはずじゃぞ?
なのに何故代償の金額だけが少なくなる?
「ご存じありませんでしたか。ただ今魔国では世界樹の葉の値崩れが起こっているのです」
「値崩れ!?」
そんな重要なことは最初に言わんかい!
こちとらずっと森の中に引き持っておる分、世事には疎いんじゃぞ!
しかも何故? 何故値崩れなんぞ起こっておる!?
値崩れって言うとアレじゃろ? モノの値段がいきなり下がって、安くなるって意味じゃろ?
神聖なる世界樹の葉が、なんで安くなっておるんじゃ?
貴重で有り難いものを買い叩こうというのか!? 罰当たりな!?
「落ち着いてください。別に理由もなく値が下がっているわけではありません」
「正当な理由があるとでもいうのか!? 世界樹の葉が安くなることに! ありえん!!」
世界樹は、我らエルフ族が崇め奉る秘宝!
その一部である葉ですらも充分ありがたいものじゃ!
世界樹の葉が安くなるということは、価値が低くなるということでもあろう!
そんなことが許されてなるものか!!
「これまで世界樹の葉が高値で取引されていたのは、絶対数が微小であったからです。需要に対して供給があまりにも追いつかない。そういうものは値が張ってしまうのは仕方のないことです」
「そうじゃろうそうじゃろう!? 世界樹の葉は貴重なのじゃ! おいそれと異族どもに売り払っていいものではない!」
それを、ごく僅かでも外へ売り出しているだけでもありがたいことと思わなば!
いちゃもんつけて値を下げようなんてしとるんじゃないぞ!
「しかし最近、新たな販売ルートが開拓されまして……」
「はあ!?」
「供給が需要に追い付いてきたのです。さすれば価格も適性に寄るのが自然の流れ」
ちょっと待てどういうことじゃ!?
新たな販売ルート!?
そんなものがあるはずなかろう!?
「世界樹は、この世界にただ一本だけじゃぞ!? それなのにどうして余所から世界樹の葉が出てくるんじゃ!?」
「それはまあ……、我々にも守秘義務がございますから多くは言えません。しかし多くの消費者にお求めやすい環境を整えるためにも、複数の取引先を上手く併用していきたいと考えております。これからもどうぞよしなに」
「よしなになぞできるかあ! わらわをコケにするような相手に世界樹の葉は一枚たりとも売れぬ! 不当な値下げを解除せん限り、お前らとの取引は今後一切ないと心得よ!」
「そうですか、それでは世界樹の葉の取引とは別に、お買い上げいただこうと持参した、この陶器。ファームブランドの職人が精魂込めて仕上げた新作、銘『エルフ腹』も持って帰らねばなりませんか……」
「ちょっと待て! それは欲しい! よく見せてみよ!」
はああ……!
よかっぺえ……!
この土を捏ねて焼き上げた陶器の、色使いも形もなんと奥ゆかしい……!
これは買う。
買うけど葉の取引価格には納得いかないから、そっちは保留な!
* * *
「そんなわけで、世界樹の葉を売りさばくことができなかったと? それどころか、そんなよくわかんねー陶器だけ大枚叩いて買い取ったと?」
「何じゃよ補佐エルフ? いいじゃろー? これはとっても素晴らしいものなんじゃよ!」
ここ最近、魔族の国で流通しだした皿やら器やらの趣が、エルフ王たるわらわのセンスにビビッと来たんじゃ!
「だからって買いすぎでしょう? これで何枚目です? 世界樹の葉を売った儲け、大半これらにつぎ込んで。これで葉を売れなくなったらエルフ王国丸損じゃないですか!?」
そう、そこが問題なんじゃよ。
これまで世界樹の葉は何もせんでも言い値で売れて、大層な利益をもたらしてきたというのに。
その常勝パターンが崩れてしまう。
「魔族の商人どもは、新しい買い取り先を開拓したと言っていたが、そんなことありえるのか?」
「ありません、世界に唯一だからこその世界樹でしょう? 他のものなどありえぬかと」
そうじゃのう。わらわもそう思う。
考えられるとしたら精巧なニセモノを作り出した何者かがおるっちゅーことじゃな。
「不埒な! 神聖なる世界樹を真似し、紛い物を作り出すなど言語道断! 世界樹を奉じるエルフとして、この悪行を見過ごすわけにはいかんぞい!!」
「ライバルを潰せば、また世界樹の葉を高値で売りさばけますものね!」
俗っぽいことを言う出ないぞ補佐エルフ?
とにかく早急に調査を進め、ニセ世界樹の葉を生産する不埒者を突き止めるのじゃ!
そしてしかるべき森の制裁を与えよ!
『王国』の名を冠するエルフ集落の武力を思い知らせてやるがいい!
「御意! ……しかし……!?」
「なんじゃ補佐エルフ?」
「調査と言いましても、我らエルフ王国の者たちは森……自分たちのテリトリーの外にはとんと力が及びません。当然敵は、我々の領域外にいることでしょうから、どうしていいことやら……!?」
ふん、そんなことか?
「わらわを見縊るでない。わらわはエルフ王……、エルフエルフ・エルフリーデ・エルデュポン・エルトエルス・エルカトル・エルザ・エルゼ・エルヴィーラ・エルマントス・エルカトル・エルーゼ・エルフエルフ・ミカエル・ウリエル・ガブリエル・アリエル・アリエナイ・ラファエル・エル・エルファントなるぞ?」
「わざわざ名乗らなくていいです」
そうか。
「要するにわらわはエルフ王として、おぬしら下等エルフにはない様々な能力が備わっておるのじゃ」
それらを駆使すれば不埒者を炙り出すなど容易いこと。
見ているがいい、速やかにニセモノ世界樹を叩き潰し、世界樹の葉を元の『ちゃんとした価格』に戻してみせよう。
そして儲けたお金で、またファームの面白い陶器をたくさん買い込むのじゃ!






