487 真剣勝負
「勝負の第一局面は、サミジュラさんが居酒屋ギルドマスターとしての本分でリードを得ました。お酒のチョイスは焼酎お湯割り。水でなくお湯であるところが、芯まで温まろうとするおでんの主題に沿って高得点です」
すっかり実況上手なベレナ。
バッカスのおでん屋で繰り広げられる勝負は、ちょっと俺には理解できない領域に入ってしまっている。
「それに対し、居酒屋でうっかり酒より先に料理を頼んでしまったシャクスさん、慌ててお酒を注文しましたが精彩を欠いた印象は否めません。しかも頼んだのは同じく焼酎のお湯割り。最適解とはいえ相手と同じ品ということで後塵を拝しています」
ホントに実況。
「ここで聖者様は、両者の第一手をどう評価しますか?」
「は、ハイボールでもいいんじゃないですかね?」
それよりも俺を解説ポジションに据えるのやめろ。
「続く第二手が始まりました。シャクスさんが注文したのは……玉子、こんにゃく、ガンモドキ! 基本を押さえたチョイスです」
「シャクスさんは基本手堅くいくな」
やはり大資本の長という立場から、発想が堅実なのか?
それに対してサミジュラさんは……?
「はんぺん」
「!?」
「……それから、ちくわぶ」
ざわざわざわざわざわざわざわざわッッ!!
ギャラリーが騒めく。
「これはサミジュラさん! 第二局面から大きく勝負に出ました! はんぺんもちくわぶも、好き嫌いが分かれるおでんダネ! それをあえて頼むことで、よりおでん通を狙うのか!? ちなみに私は大好きです、ちくわぶ!」
ベレナ個人の主張が炸裂した。
しかし好き嫌いの分かれるものを『好き』と言えるのは、たしかに通っぽい。
これは大きな加点となるか?
「ぐぬぬぬ……ッ!?」
何より対戦者のシャクスさんが圧倒されている。
相手の注文ぶりに感心するがために動きが止まってしまった。その隙を突くように、サミジュラさんさらに攻め立てる!?
「ロールキャベツとソーセージ!」
「それは……ッ!?」
おでん界、異端の新生児!?
海を渡ってやってきた横文字ネーミングのハイカラなヤツら。
一見伝統を蔑ろにする野蛮とも思えるが、思考を硬化させずなんでも受け入れるのもおでんの深さ。
おでんの許容能力を信じて打ち出した注文は、勇気の注文。
ここでまたサミジュラさん、飲み師としての男を上げた!
「ぐぬぬぬ……!?」
「どうした商会長、箸が止まってるぜ?」
もはやサミジュラさんのワンサイドゲームの様相を呈してきた。
そんなサミジュラさんがシャクスさんに語り掛ける。
「テメエも変わっちまったなあ。昔のお前はもっと冒険的だったぜ。そうやって基本ばかりを抑えて小さくまとまっちまう男じゃなかった」
お湯割りをチビチビ飲みながら言う。
「立ち場が安定して守りに入るようになったか? しかし勝負しない商売人なんて先が知れるぜ? このままお前が居座るようなら商会の未来は暗いな。……大将、焼酎おかわり」
「へい」
これは絶妙のタイミングでのおかわりだ!
しかも酒飲みらしく面倒くさい説教も交えて。これもまた加点対象になるのか?
サミジュラさんの酒飲み理解が深すぎて居酒屋ギルドマスターの面目躍如だ。
「……しかし、さっきからサミジュラさんの口ぶりおかしいな? シャクスさんに対して」
昔はああだったとか、こうだったとか。
実に酒飲みらしい面倒な絡み方だが、そういうのは昔馴染みで互いを知っている者同士でないと出てこない。
「……現商会長のシャクスも、元々はある酒場の丁稚奉公からスタートした。彼がまだ十代だった頃の話」
えッ?
バッカスがなんか語りだした?
「幼い時から明敏で、メキメキ頭角を現し、重要な仕事を任されるようになった。その才覚が商会の目に留まりヘッドハンティングを受けて移籍。商会でも出世して商会長にまでなった筋金入りの成り上がり。それが彼だ」
「バッカス様、ご存じで? 私の経歴を……!?」
「酒場のオヤジをやっていると、色んな噂話が舞い込んでばっかっす!」
シャクスさんって、生まれながらの上流階級かと思ったら、そんな苦労を重ねてきた人だったのか……?
「ん? でも酒場で丁稚奉公してたってことは……?」
「その通り、オレと同じ酒場さ……」
サミジュラさんがロールキャベツを食べながら言った。
「オレが一年先輩だったが、その程度の差なんて感じさせないほどコイツの呑み込みは早かった。後輩に使われるようになったら堪らねえとオレも必死で仕事を覚えたもんだ。将来はオレとコイツとで店長の座をかけて競い合うもんだと思っていたがな……」
酒を一口、舐めるように飲んで……。
「まさか商会なんぞに移っちまうとはな。裏切られたって気がしたぜオレは。そのままオレは店に残り、店長にまで出世した。併せて複数の店も持ち、ギルドマスターにもなった。ま、それでも商会長にまでなったお前に比べればお山の大将だがよ」
「吾輩だって偉くなりました。偉くなるために必死で働いた……!」
ドン、と大きな音が鳴ったのは空になったグラスの底でテーブルを叩いたからだ。
シャクスさんが荒れている!?
「吾輩は出世したかった! どこまでも出世したかった! 上に行くことこそ幸福に繋がると信じたからだ!!」
「だから商会に行ったのか? より上を目指して?」
「そうです! アナタだってそうでしょう! 店主だけでは飽き足らず居酒屋ギルドのマスターに! 誰もが偉くなりたいんです! 下層で貧しいのはゴメンです! 丁稚奉公を始めたばかり、半人前でサンバラ芋しか食べさせてもらえなかったあの頃に戻りたいですか!?」
サンバラ芋?
なんぞそれ?
「魔国でもっともポピュラーな農作物の一つですね。気候の変化に強いし痩せ地でも育つというんでたくさん栽培されてます。その分安くて、貧しい食卓には欠かせない食材なんだそうです」
ジャガイモみたいなものかな?
「上役に叩かれながら働き、ボロボロになって夜に食うサンバラ芋のモソモソとした食感! あの芋の不味さが吾輩をここまで登らせた! あんな生活を一生続けるなんて真っ平だと!」
「サンバラ芋か……、たしかに不味かったなあ。オレとお前が奉公に上がった時の上役が本当に嫌なヤツでよ。食わしてもらえるのがあの芋だけで……、泣きながら食ってたなあ。おかげで芋が塩味になってよ……!」
「唯一の救いでしたよ。塩味でも、味がなきゃ飲み込めませんでしたから……!」
なんかしんみりした話になっている……!?
「サンバラ芋なんて二度と味わいたくない! だから吾輩は商会で儲け続ける! そのためにもこんなところで負けられない! ……主人!」
「ヘイ」
「こんにゃく! がんもどき! なると!」
そ、そのチョイスは!?
おでん界にとって伝説の、チ◯太おでんの組み合わせではないか!?
その三品を串に刺して完成する△◯□の造形美は神の黄金比率! 異世界人であるシャクスさんが、その知識を持ち合わせているわけがないが……!?
センスでこの形を手繰り寄せたというのか!?
周囲も、このセンスに驚愕して揺れ動いている。
サミジュラさんに押されっ放しのシャクスさんだったが、これで巻き返したと言えよう。
勝負はわからなくなってきた……!
「やるじゃねえかシャクス。昔のギラギラした顔つきが戻ってきたぜ。昔話した甲斐があったな?」
「そちらこそ、いつまでも先輩面していては足元をすくわれますよ?」
ライバル同士が火花を散らす!?
勝負は佳境に入ったか……!?
「では最後に、私から出す一品を召し上がってばっかす!」
店主のバッカスからメニューを指定だと?
「面白い、大将お勧めの品をどう食すかで競い合うんだな?」
「相当な自信の一品と見ました。商会長の名に懸けて存分に味わってみせましょう」
意気込みたっぷりの二人の前に出されたのは……。
おでんのつゆをたっぷりに吸い込んだ……、芋!?
「「何ぃッ!?」」
たしかにおでんダネでジャガイモはありだ。
しかし荷崩れしやすく難しいタネで。当初はメニューに入れていなかったはず。
バッカス俺の知らないうちに研究したのか?
「ふざけないでください!」
シャクスさんが立ち上がって抗議する。
「これはサンバラ芋じゃないですか!」
「えッ? これが?」
さっきの思い出話に出てきていたサンバラ芋?
「よりにもよって吾輩たちにサンバラ芋を! さっきの昔話をアナタだって聞いていたでしょう店主!」
「はい、その上で召し上がっていただきたい」
「何と無礼な!」
シャクスさんやサミジュラさんにとって、その芋は辛い下積み時代の象徴。
嫌な思い出をわざわざ想起させる、嫌がらせのような行為にバッカスの真意は?
「いやシャクス、食ってみろよこの芋を……!? 全然違う!?」
「えッ!?」
昔馴染みに促され、シャクスさんも渋々ながら芋に齧りつく。
その瞬間カッと目を見開き……!?
「つゆが染み込んで何と美味しい……!?」
「バッカス神が腕によりをかけて仕込んだスープ。そんなのが染み込めば美味いはずだぜ。たとえ嫌な思い出が詰まりに詰まった芋でもさ……」
「いやそれどころか……、芋に詰まった嫌な思い出をおでんつゆが優しく包み込むかのようです……!? こんなにも美味しかったのですね、この芋……!?」
「ああ、そしてあの頃も、嫌な思い出ばかりじゃなかった。辛くても一緒に励む仲間がいたからな。一年遅れてお前が入ってこなかったら絶対挫けて逃げてたよ」
「私だって……、嫌な上役からいつもアナタが庇ってくれた。一年上の先輩というだけで……! そうですね、この芋が思い出させてくれた。辛いけど、いい思い出もあったって……!」
「このおでん芋が……!」
年を重ね、すっかり大成した少年たちが、ガッシリと握手し合った。
目から涙を流していた。
「あの時の御恩を返すためにも、是非とも一緒にやらせてくださいませんか? 商会と居酒屋ギルドで協力し、バッカス様のおでんを身分上下に関係なく広めたい」
「そうだな、今日俺とお前が味わったこんな感動を皆にも……! 何だってできるさ、オレとお前が組めば何だって……!」
「あの日のように……!!」
周囲から拍手喝さいが巻き起こった。
同じ場所から出発し、それぞれの道を窮めた男たちの和解を祝して。
これで居酒屋ギルドと商会の対立も解消し、めでたしめでたしとなった。
バッカスは、最初からこうなることを狙って勝負を持ちかけたのか?
酒場の店主をやって噂話をよく仕入れると言っていたが、二人の経歴を知って和解させるために芋を用意していた?
数千年を生きた神ならばやりそうな心配りではあるが……!
またグルメ漫画みたいな話の締め方にしやがって!?






