486 おでん食い勝負
こうしてバッカスとの共同運営権を巡って争うことになったシャクスさんとサミジュラさん。
商会、ギルド代表である双方。
これは嵐の予感がする。
「でも『争え』って具体的にどうするの? まさか殴り合いでもするつもり?」
それもまた大ごとになってやめてほしい気が……。
「ご心配なく聖者様。我々は商人。商人は血を流す争いなどいたしません!」
「その通り! オレらにとっては金こそが血! 出費は出血! ガハハハハ!」
仲悪くはあるが、要所要所で気を併せるよな、この二人?
「勝負形式はもう決まっています」
「おでんを巡る争いなのだから、おでんで勝負をつけるのがスジってものよ!」
え?
牛すじ?
「おでんで勝負……!?」
「そうか! おでん早食い対決ですね!?」
周囲に群がる商会やギルドの下っ端さんたちが騒ぐ。
「どれだけ早くおでんを食べるかで勝負! 時間内にたくさんおでんを食べた方が勝ち!」
「となれば勝負の決め手は熱だ! アツアツのおでんを慌てて食べたら口の中が火傷する!」
「それを防ぐには冷まして食べなければ。しかし自然に冷ますのを待っては時間がかかる!」
「どれだけ効率的に冷やすかが勝敗の決め手だな! それなら水を持ってくるぜ! どんな熱々おでんも水にぶち込めばすぐさま常温だ!」
「こっちは細かく切り分けることで表面積を増し、冷ます時間を早めるぜ! ならば包丁がいるなああー!」
「「「「「「うぎゃああああッッ!?」」」」」
と早食い勝負の準備に逸る商会、ギルドの両下っ端さんたちを、邪聖剣ドライシュバルツの閃光で吹っ飛ばした。
「食べ物を粗末にするな」
「「「「「すみません……ッ!?」」」」」
農家の人や漁師猟師の皆様が丹誠込めて用意した食材、料理人が一生懸命調理した料理で遊ぶな。
食う時は全力で、その料理を味わい楽しめ。
「……聖者様が剣を振るうところなんて初めて見ました……!?」
「聖者様が日常で唯一怒るのが、食べ物を粗末にすることです」
ベレナ解説ありがとう。
「シャクスさん、サミジュラさん」
「「はいッ!?」」
「アナタたちは違いますよね? 食べ物に敬意を払ってくれますよね?」
それぞれ組織のトップであるアナタ方なら。
「も、もちろんですとも! あのような世迷言は、まだまだ道理を知らぬ駆け出しどもの口から出たこと! 吾輩からもあとでキツく言っておきますので、どうかお聞き流しを!!」
「オレは居酒屋ギルドのマスターだぜ! 人一倍、酒と食い物は大事にしておるよ! 早食い勝負なんてするわけない、するわけない!」
では、どういった勝負を?
「聖者様の仰る通り、料理はその味その姿を満喫してこそ。そのことをより突き詰める勝負はいかがか?」
「つまり……、飲み師勝負ということか!?」
飲み師勝負!?
またよくわからん単語が出てきた!? なんだか少年誌のホビーマンガみたいだ!?
「居酒屋ギルドのマスターたるアナタにとって、飲み師勝負こそ独壇場。もっとも自分の得意な土俵に引き込んだというわけですか?」
「もちろん受けて立つよな商会長? 手広く根こそぎを日頃から自慢してるんだ。勝負方式だって何から何まで網羅しているんだろう?」
「当然です。パンデモニウム商会長として、市井の個人経営者に敗けるわけにはいきません。どんな勝負方式だろうと!」
とバチバチ火花を散らす二人。
盛り上がってまいりました。
しかし飲み師勝負って、一体どんな勝負なのだろう?
「ぬぅ……!? 飲み師勝負ですか……!?」
「知っているのかベレナ!?」
なんか解説ポジションが定着していませんキミ?
「聞いたことがあります。酒飲みにとって、どれだけ通ぶれるかがグレードなのだと。食べ物に通じ、お酒に通じ、それらをもっとも美しく飲食できる者が飲み屋では尊敬される」
そうした者を畏敬を込めて、こう呼ぶ……。
……飲み師と!
「シャクスさんとサミジュラさんの二人は、それぞれの飲み師としての格式を競い合うんです! 居酒屋ギルドのマスターであるサミジュラさんは当然のことながら大酒飲み! 対するシャクスさんも商会長として、様々な会食パーティに出席して広い見識をお持ちのはず!」
その二人が、自分たちがこれまで積んできた経験と知識を披露しあうというわけか!?
まさに大食い早食いとは真逆の、大人の貫禄で競い合う!?
* * *
……とは言っても具体的に何をするか、本当に予想がつかないんだけど?
「いやぁ、先ほどの剣幕恐れ入りました! ウチの若い衆がバカをやったこととはいえ、旦那の威勢のいい様を見れたのは収穫でしたなあ!」
「はあ、俺も大人げなかったです……!」
そしてギルドマスターのサミジュラさんはなんか俺に絡んできてるし。
「シャクスさんがやたらと持ち上げてますから、聖者様の重要性を自然と察しとったんじゃないですかね? 商売人はそういう嗅覚ホント凄いですし」
ベレナ。
キミの解説役っぷりも堂に入ってるよ。一時期無個性で悩んでいたのがウソのようだ。
「生意気なシャクスを叩きのめしたら、是非アナタとの商談も進めたいですなあ! 勝負の間、前向きに検討しておいてください!」
「はあ……!?」
本当ガツガツ来るなこの人?
それこそワンマン社長的な……!?
「居酒屋ギルドの現マスターは叩き上げの苦労人……!」
あっ、バッカス……!?
事態の中心にいるヤツだというのに気配を消して!?
「魔都でのギルドは、同業者たちが寄り集まった相互扶助会。その代表たるギルドマスターもまた同時に経営者でもあり、自分の店を切り盛りしている……!?」
「じゃあ、あのサミジュラさんも?」
「魔都最大の大衆酒場『内気なバッカス亭』を経営し、それだけでなく他二店舗も同時運営するやり手だそうだ。だからこそギルドマスターに抜擢されたんだろうがな」
店名に名前使われとる?
さすが酒の神?
「そんな大物経営者も、最初は酒場の丁稚奉公からスタートし、頂点までのし上がった。魔都に商売人は多いが、徒手空拳からあそこまで出世したのは彼をおいて他にはおるまい。……たった一人を除いて」
「酒の神にそこまで知っていただいているとは。酒の仕事に携わる者として冥利に尽きますなあ!」
サミジュラさん、カラカラと笑ってバッカスの肩を掴む。
「オレだってまだまだ商売人としての野心がある! アナタの作った酒を自分の経営する店に並べたい! もし勝負に勝ったら前向きに検討してくださらんか!?」
「すべては勝負の結果ばっかっす!」
そして勝負が始まった。
シャクスさんとサミジュラさん、二人並んでバッカスおでん屋のカウンター席に座る。
同じ方向に並び座りつつ、しかし両者の間にはバチバチと火花散る。
「でも本当に……、一体どんな勝負をするんだ?」
俺が当惑の極みに達していると、さっそく動きがあった。
先手を打ったのは商会長のシャクスさんだ。
「ご主人……」
キラリと目を光らせ……!?
「大根を」
普通に注文した!?
これの一体どこが勝負なの!? フツーにおでん食ってるだけじゃ!?
「大根……!? さすが商会長、手堅いスタートを切りましたね……!!」
ベレナがなんか言う!?
キミも解説役として手堅くやってるね!?
「大根こそ、おでんにおいてもっとも基本となるタネ! 素材をただ輪切りにして煮るだけという単純さ! だからこそお店特有の味が反映される! おでんを煮込むスープがもっとも染み込み、その味が隠しようもなくさらけ出される! スープこそおでんの命なれば! それをたしかめるためにも大根は至上の第一手!!」
……。
飲み師対決ってそういうことか!?
たしかにいるいる、飲み屋に行って注文の仕方とか食べる順番とかで通ぶる人が。
そういうことをしてより通ぶれた方の勝ちという勝負か!?
凄くはあるけど面倒くさそう!?
「シャクスさん、初手はまず成功というべきでしょう。……それに対してサミジュラさん、先手を許した彼はどう出るか……!?」
そしてベレナの実況よ。
周りが煩い中、沈黙を守っていた居酒屋ギルドのマスターはついに動く。
「……焼酎、お湯割りで」
「「「「「これはーーーーッッ!?」」」」」
ベレナ含め、周囲が騒ぎ出す。
「し、しまった……!?」
それだけでなくシャクスさんまで?
「ぬかったなシャクスよ。お前は決定的に初手をミスした」
「そ、そうです。手堅い先手と言ったのは大きな間違いでした」
ベレナまでワナワナと震えている?
一体何なのキミら!?
「初手大根は、たしかにおでん食いとしては手堅い上策。しかしそれはおでんを食べることのみに目標を絞っている! しかし、ここは居酒屋! お酒を飲むところでもある! そこでまずお酒を頼まずしてどうするかってことです!」
「ベレナ落ち着いて!?」
「シャクスさんは、おでんの素晴らしさに目が向くあまり、居酒屋でお酒を蔑ろにしてしまった! しかも酒の神たるバッカス様の前で! これは大失点ですよ!?」
それに対してサミジュラさんは一番最初にお酒をオーダー。
さすが本職居酒屋というべきか、居酒屋での食い方飲み方をよく心得ている。
でもなんだこれ?
「酒と一緒に食べてこそおでんはより美味しくなる。少なくとも居酒屋では。そのことを忘れ視野を狭めるとは商会長、格を落としたな?」
なんだこれ!?