485 因縁の二者
新たに現れたこのオッサンは何者ぞ?
シャクスさんと違って完全に見覚えがない。初対面であることは間違いない。
魔族であることは肌の濃さからわかるが、実に恰幅のよい横に広い体格。
しかし肥満というわけではなく逞しい体つきで、エネルギッシュかつ押しが強そうだ。
顔つきからもアクの強さが窺え、一筋縄ではいかない中小企業のやりて社長という風格だった。
「サミジュラ殿、まさかギルドマスターみずからお越しとは」
「部下だけじゃ埒が明かなそうなんでな。そういうテメエだってこうして現場に出てくるとはどういう風の吹き回しだ? 商会長さんよ? 偉くなったら豪華な部屋でふんぞり返っているもんじゃないのか?」
「貧困な発想ですな。商会長たる者、商会と魔国全体を富ませるため、一瞬も腰を落ち着けてはいられません。儲け話のあるところならどこであろうと駆けつけ、交渉をまとめるのが商会長の責務です」
「そんなこと言って下積み時代のクセが抜け切れてねえだけじゃねえか? どれだけ気取って偉ぶろうとも、テメエは自分で動かなきゃ気の済まない現場人間なのさ」
「どんな業界でも座ったまま儲けることなどできませんよ。商会の幹部クラスが現場に出てこないという決めつけこそ、アナタの暗愚が生み出した偏見です」
「誰が暗くて愚かだテメエ!?」
シャクスさんと激しく舌鋒を斬り結ぶ、このオジサンは何者なのか?
俺やベレナが呆気に取られて眺めているとオジサンは気づいたのか……?
「あぁ? なんだ見世物じゃないぜ? 飯が終わったんならさっさと出ていきな。そして仕事に戻れ。食ったら働く、それが正しい生き方ってもんだぜ」
「口を慎みなさいサミジュラ殿。この御方に失礼極まる物言い、アナタは本当に目端の利かない人だ」
「何だとッ!?」
互いの皮肉に一々反応する。
この二人ばかりを喋らせていたら、いつまで経っても話が進まなかった。
「シャクスさん、ご紹介してもらえませんか?」
この『社長さん』と呼びたくなるような恰幅いい男性を。
「……聖者様がお見知り置くほどの者ではありません。どうか路傍の小石のごとく黙殺ください」
「そこを何とか……」
俺が食い下がることで不承不承ながらにシャクスさんは語る。
「彼はサミジュラと言いまして、今では居酒屋ギルドを束ねるギルドマスターです。山賊の親分と似たようなものですよ」
偉い人ってことか?
バッカスの店先で睨み合う居酒屋ギルドと商会。
そのそれぞれのトップまで出てきたというのだから尋常なことではない。
一体バッカスの居酒屋を巡って何が起きているというのか!?
「そう複雑なことではありませんよ聖者様」
俺の困惑の表情を読み取ったのか、シャクスさんは説明する。
「むしろ自然なことです。このレストランの素晴らしい品揃えを考えれば……」
「だからレストランと言うようなものでは……!?」
おでん屋は、おでん屋だよね?
「この頃魔都では評判が上がっているのです。見たこともない珍味、飲んだこともない美酒。それらをふんだんに取り扱う名店が、名もなき裏通りにあると。しかも嘘か真実か、その店を営む主人は他でもない酒の神バッカスであらせられると……」
……そりゃ神みずから切り盛りしてたら噂にもなるか。
「その噂を聞いた吾輩はすぐさま調査を始めました。そして突き止めた。バッカス様のレストランは実在していたのです!」
「だからレストランでは……!?」
「酒神バッカス様が聖者様の下にいらしたのは承知しております! ということはこの店の料理にもがっつり聖者様が関わっておいでなのでしょう! だとすれば美味しいに決まっている!」
シャクスさんが興奮している。
「そして美味しいものは儲けを呼びます! 吾輩どもも是非とも儲けに噛ませていただきたい! どうか我ら商会と業務提携を!」
「やっぱりそういう話なんですか?」
「既に噂を聞きつけ、酒神バッカスの振舞う美酒と珍味で舌鼓を打ちたいという上級魔族が大勢おります! 我ら商会は、そういった大口注文を取りつけてバッカス様に引き合わせる仕事をしたい! 聖者様からも口添えいただきませんか!?」
シャクスさんは大商人だ。
儲けの匂いがすれば真っ先に駆け寄ってくるし、儲けるための絵図を描いて乗せてこようとする。
それはもう商人の生物的習性というべきもので、こっちがどうこう言ってもしょうがないものなんだが。
「店舗もこのような路地裏ではなく、一等地に新しいものをご用意いたしましょう! 最高の売り物には最高の店構えこそ相応しい。費用はすべて商会の方で出させていただきます! 是非とも!」
「ちょっと待てや」
ヒートアップするシャクスさんの肩に手が置かれる。
太くてゴツゴツした指。仕事人を感じさせる力強い男の手だった。
「サミジュラ殿……!?」
さっき紹介されたばかりの居酒屋ギルドのマスター。
「差し出がましいぜ商会さんよ。食い物と酒と、それらを楽しむ場所がある以上、ここはオレたち居酒屋ギルドの管轄だ。部外者の出る幕じゃねえぜ」
「我ら商会は、利益のあるところならどこであろうと活躍の場です。そちらこそ旧態的な縄張り意識を押し付けないでいただきたい」
「そんなことをやってっから商会は方々から嫌われるんだよ。オレたちギルドが大切に育ててきた店やら企画やら商標やら、片っ端からさらっていきやがって!」
「我ら商会の目に留まったということは、それだけの価値があるということです。名誉なことではないですか」
「お高く留まってんじゃねえ!!」
また口論が始まった。
シャクスさんとサミジュラさんとやら。
どうしてこんなに仲が悪いのか? ここは誰かから説明が必要になりそうだな?
「ギルドと商会は、古くより対立しているのです」
そこに打ってつけな人材は、やはりベレナだった。
よい解説役。
「ギルドは……、今、目の前にいる居酒屋ギルドの他にも多くの種類……それこそ職種の数だけギルドが存在していますが、その全員、商会を嫌っています。彼らにとって商会は敵なのです」
「どうして?」
仲良くやればいいじゃない?
「そもそも商会は、大きな商業組織です。大資本を背景に流通ルートを確保し、貿易で多大な利益を上げ、魔王様とまで取引する。その商売の規模は国家レベルと言っていい」
ほうほう。
「それに対して各職業ギルドは、零細な個人事業主の寄り合いです。個人レベルではどうにもならない問題を、同業者で集まって力を併せて解決しよう。そういう意味合いで結成されるのがギルドです」
大資本と個人業主。
なんか話が見えてきた。
「ギルドの人たちが協力して立ち向かおうとしてる相手って……?」
「御明察の通り、パンデモニウム商会です。彼らは儲けがあるとわかればすぐさま大資本で囲い込み、独占してしまいます。才能あふれた職人、大流行の兆しを見せる新商品、他諸々。今まで商会が個人事業主からさらっていったものは数知れません」
大資本から個人経営者の利益を守ること。それもギルドの役割ってことか。
個人vs組織。
弱者vs強者。
下層vs上層。
それがギルドと商会との関係性なんだろうな。
「そして今回は、バッカスのおでん屋を巡って大資本と零細が対立していると……!?」
「居酒屋ギルドにとっては守護神ともいうべきバッカス様が直接運営するお店ですから、崇め奉りたいですよね……。そしてそれを商会に持ってかれるなどあってはならぬこと……!」
それでこうしていがみ合い、各自トップまで出てくる大惨事になっているのか。
「バッカス様はお前らなんぞには渡さん!!」
「聞き分けなさい。我らと提携する方がバッカス様のおためとなるのです」
いがみ合うトップ同士。
これでは部下同士が衝突していた時と何も変わりない。
「……なあバッカスよ。お前はどうしたいんだ?」
こういう時は当事者に委ねてしまうに限ると思って、丸投げ。
「あの人たちはお前と商売したいらしいんだけど、どっちと組む? ギルドの人たちか? それともシャクスさんたちか?」
「多くの人に美味い酒を飲んでもらい、美味いと感じてもらう。私の望みはそれだけだ」
だよね。
そもそも神が金銭なんかに囚われるわけがないし。
バッカス自身にやる気がないからには、もうお店を閉めて雲隠れしてしまうのも手じゃないかと思えてくる。
ずっとおでん屋の主人をする気でもないだろうし。
「ゆえに私は、私の酒とおでんをより愛する者と道を共にするだろう」
「ん?」
「争え。お前たちがどれだけ酒とおでんを愛しているか私に示せ。勝者にこそ栄冠は与えられる」
これだから神は!
すぐ人間同士を争わせようとする!
「……要するに勝負で決めようってこと?」
勝った方が、バッカスおでん屋と一緒に商売できる?
「それはいい! 居酒屋一筋四十年であるこのオレに絶対有利な勝負だ! お高く留まった商会風情に負けるはずがない!」
「庶民商売の程度を思い知ることとなるでしょう。商会の大資本にはどう足掻いても勝てないと!」
サミジュラさんもシャクスさんもやる気だった。
今ここに神(半分だけだが)が定める仁義なき戦いが開催されんとしていた!






