480 新米皇帝発展記その十三 新竜帝の実力
反乱した竜アギベンドとやらに連れられて、おれたちが来た先は……。
山の頂上だった。
マリー姉上が本来支配するダンジョン『黒寡婦連山』に連なるいくつかの山のうちの一つらしい。
「見晴らしのいいこの場所を決闘場に設えたんだけど。下僕が勝手に使っているとはねえ……」
同行するマリー姉上が呆れたように言った。
『ブハハハハハハ! さあ上がってくるがいい! お前の死に場所へ、このグリンツドラゴンのアギベンド様が、ニセ皇帝に相応しい最期を与えて進ぜよう!』
アギベンドはもう竜の姿に戻っておれのことを待ち受けていた。
仕方ないのでおれもまた竜の姿になり、竜の翼で一度飛翔してから決闘場へと舞い降りる。
『……うむ、いい決闘場だな』
広くて大きい。これなら多少暴れても無用の被害を出すこともあるまい。
決闘場として使用されているだけに、結界で周囲を遮断されてもいるようだ。魔力の源はマリー姉上か。
これで益々被害を気にしなくていいな。
『……ん?』
戦いを始める前に、一つ奇妙なものが目に留まった。
決闘場の上部、見上げるほど高い部分に台座があり、そこに何かがいた。
『……ヒトか?』
ニンゲンが一人ならず、何十人も台座の上にいる。
魔法か何かで逃げられぬよう固定されているらしい。
ここはヒトで言うところの魔国の範囲に入るそうだから……魔族か?
『何故こんなところにニンゲンが!?』
『くかかかか気づいたか? そうやってすぐ気づくところを見ると、お前も中々の美食家のようだな?』
美食?
まさか……!?
『このダンジョンの周囲には、いくつかニンゲンどもの村落がある。種族で言うと魔族か。そこに脅しつけて生贄を出させたのだ。おれはニンゲンが大好きでなあ! 特に若い雌の柔らかい肉が最高だ! そんなご馳走を毎日のように食らいたいとかねてから思っていた!』
『アギベンド!』
マリー姉上が憤怒の叫びをあげる。
『お前ニンゲンから生贄をとったの!? 私の支配域で、そんな下品なマネを!』
『ここを支配しているのはもうおれだ! 支配者がどう振舞おうと勝手! この地を長く空けていたお前に言われる筋合いはない!』
『く……ッ!?』
マリー姉上は、ガイザードラゴンになりたてのおれを支援するため、長く一緒にいてくれた。
それこそ、自分の本拠である『黒寡婦連山』を留守にして。
その空隙があのような下衆を台頭させることに繋がったのなら、責任はこのおれにもある。
『……一つ質問したい』
『なんだ?』
『お前はマリー姉上の留守を狙ってニンゲンから生贄をとったのだな? どれだけの犠牲者を出した?』
『フン、残念ながらまだ一人も食らっておらぬわ。生贄を集め、さあこれから晩餐を開こうとしていた矢先にお前たちがやってきたのでな』
そうか。
では取り返しのつかない事態は避けられたのだな。
よかった……。
『しかし、却っていいタイミングだな! お前を殺しおれこそが真のガイザードラゴンとなって、その祝いのご馳走としてあのニンゲンどもを食らってやる! さぞかし美味であろうよ!!』
ならばなおさらお前ごときに負けてやることなどできなくなったな。
おれが負ければ生贄として連れてこられた人間たちが犠牲に……。
『それは絶対に阻止する!!』
『ほざけ! お前はおれに殺される未来しかないのだ! 食らえ「爆炎のブレス」!!』
アギベンドの大口から放たれる巨炎。
あれは単なる『炎のブレス』を上回る高位攻撃『爆炎のブレス』だな。
岩をも溶かす紅蓮の炎息がおれを飲み込む。
『ハーッハッハッハ! まともに食らいおった! たとえドラゴンといえど、同族の爆炎ブレスを受けて生きてはおれん! 竜の丸焼きになるがいいわ!』
『おめでたいな』
『えッ!?』
爆炎を吹き飛ばし、おれは無事なることをアピール。
ニンゲンたちのいる台座方面に被害を広げぬよう結局気遣いながらの戦いになってしまった。
『バカな……!? おれの爆炎ブレスを受けて死なないどころか、傷一つない?』
『お前はガイザードラゴンを舐めすぎだ』
父上から受け継いだ『龍玉』によって格段にパワーアップしているおれなのだ。
防御力も飛躍している。
まあ、もともと自分のものでもない力で勝ち誇るのも、なんかカッコ悪いから黙っておこう。
『そっちの攻撃は終わりか? ならば次はこちらの番だ、食らえ「灰色のブレス」!!』
我が竜口から吐き出されるのは無数の火山灰。
それが暴風の勢いで吹き付けられ、アギベンドの竜身に降りかかる。
『はッ!? はははははッ!? なんだこれは? 灰? こんなものを振りかけて攻撃のつもりなのか? なんと愚かしい!?』
アギベントが全身に火山灰を浴びながら勝ち誇っていた。
しかしその得意ぶりがいつまで続くかな。
「典型的な三流ドラゴンだなアギベンドは」
「あらお父様?」
「ドラゴンは強い。強いからこそ圧倒的なパワーに胡坐をかいてさらなる鍛錬を怠る。勉強不足もその一端だ」
面倒ごとから逃げてた父上が、いつの間にか観戦中のマリー姉上の隣に立って。
「火山灰をな。木や草を燃やした灰と一緒にしていたら痛い目に遭うぞ。っていうかおれも実際遭った。おれもアードヘッグと戦ったしな」
「どういうことですのお父様?」
「ニンゲンどもの知識で言うには、火山灰とはマグマが冷えて固まった微細な岩片だ。マグマが冷えれば岩になる。そのマグマが小さな雫となったまま冷やされれば、それこそ小石よりも小さな小さな粒となって固まる。灰の一粒のぐらいに」
そうして小さく凝固した粉状の岩石が、火山灰だ。
「その性質はただの灰よりずっと凶悪だ。粒状でも岩だからな。ひ弱な人間どもが吸い込めば喉を傷つけ肺を傷つけ、眼球の表面をズタズタに斬り裂く。アードヘッグの『灰色のブレス』はそんな火山灰を何万……いや何百万と一度に吐き出しているんだ」
粒状だからどんな微細な隙間にも入り込んでデリケートな部分を引っかく。
しかもドラゴンの魔力が宿っているからなおさら鋭く。
敵をミクロ単位で斬り裂く。
『ぐおおおおおッ!? 痛い!? なんだ鱗の隙間がヒリヒリする!? 痛い!? 喉が苦しい!? 呼吸できん!?』
微細な火山灰が、少しずつアギベンドを蝕みだしている。
柔らかく、繊細な部分から。
『では次の段階に移ろう。アギベンド、お前にはもっと過酷な処罰が必要だ』
聖者殿、アレキサンダー兄上。
二人の絶対者の下を渡り歩いて編み出した新必殺技を披露する時が来た。
『はッ!』
おれは口をすぼめながらブレスを吐く。
すると出口が小さくなっている分、より収束し、一方向へ整った火山灰の流れができる。
放射状に広がるブレスが、一線を描くように集約される。
『これは? これはああああッ!?』
集約された流れで、火山灰は益々大量に、高圧力で噴出される。
するとどうなるか?
高圧噴出火山灰の一線を、まるで剣を振り下ろすようにアギベンドめがけて当てる。
『おおおおおおッ!?』
火山灰の恐ろしさがもう身に染みているだろうアギベンドは竜魔法を発動。強力な耐物結界を張ってブレスを防ごうとするが。
『バカなッ!? 結界が破られる!? 地上最高の竜魔法が!?』
「当たり前だろ?」
攻撃中のおれに代わって父上が説明してくれる。
「一方向に集約された火山灰の流れ。それは一数えるうちに何千万という火山灰の粒が噴きつける。突風並みの勢いでな。たとえただの岩の、微細な粒であろうと、何百億回と立て続けに擦りつけられれば竜の鱗だろうと斬り裂けるわ。ましてアードヘッグは灰の一粒一粒に竜魔力を付加してるんだぞ」
『あぎょえええええええッッ!?』
虚しくも竜結界は少しもブレスの勢いを止められず、接した集約火山灰ブレスは容赦なく竜の鱗を裂いていく。
一粒一粒は微小でも、それが数万数億と束なれば恐ろしい凶器となる。
おれが編み出したこの新技を聖者殿に見てもらった。その時こんな感想をくれたものだ。
――『まるでチェーンソーだ』と。
『あぎいいいいいッ!? こ、降参だ! 認める! 負けを認める! だからブレスを解除してくれえええッ!?』
『…………』
降参を受ければ戦いをやめるつもりでいた。
あの生贄として囚われたニンゲンたちを見るまでは。
『ダメだ』
ブレスを吐きながらも竜魔法で念話できる。
『おれに反旗を翻すだけならばまだいい。すべての竜はガイザードラゴンに挑戦権を持つ。そう思っているからだ』
しかしお前は罪なきニンゲンを連れ去り、弄んだ挙句殺そうとした。
『それだけは許さん。おれが支配する竜族は、世界に害をなしてはならない。ニンゲンを傷つけようとしたお前を、おれは竜の皇帝として処罰する』
粛清。
これがおれのガイザードラゴンとしての初仕事だ。
『やだ! 助けて! やめてえええええッ!?』
集束ブレスを押しとどめるのに精いっぱいで逃げ避けることすらできなかったアギベンドは、やがて力尽きてそれすらできなくなり、押しとどめきれなくなったブレスが容赦なく竜の体を両断した。
真っ二つになったアギベンドは、その大それた野心と共に地上から跡形もなく消滅した。