472 学生たちの団結
なんか簡単に倒しているからスクエアボアって、そんな弱いモンスターと思われがちだが……。
そんなことはない。
猛烈な突進力は随一。その速さを超えられるものは同じモンスターの中でもなかなかいないという。
低姿勢で一直線に突っ込んでくるイノシシは対処難しく、ただでさえ重量級のヤツが全体重かけてぶつかってくるんだから接触したらひとたまりもない。
ましてスクエアボアには、その名の由来となっている二つの牙と二つの角、計四本の鋭利な切っ先を備えている。
あれで体をズタズタにされた冒険者は過去幾人もいるのだそうな。
――『スクエアボアは肉の美味さでも有名だが、それ以上に危険さで有名なのだ』
と教えてくれたのは、いつだったか特別講師に招かれたS級冒険者のシルバーウルフさん。
モンスターの危険さについて、あの人しか教えてくれないってどういうこった?
つまり農場の人たちにとっては、食材が足生やして向こうから寄ってくるようなものかもしれないが、オレたち一般人にとってはやっぱり危険なんだよ。
「ヤバいな……! ワルキナ、どうする……!?」
ラーティルが一見冷静さを装っているが、声が震えている。
スクエアボアの群れは、まだこっちを値踏みするような視線で様子を窺っている。
簡単に殺せるチョロい相手とわかり次第、躊躇なく襲い掛かってくるのだろう。獣とはそういうもんだ。
「ワルキナ、オレが魔法でけん制するから、その隙に逃げよう。いくらなんでもあの数をオレたちだけじゃ無理だ」
「そうだな……!」
今は何より数が問題だ。
いくら身体強化でパワーアップを果たしても、スクエアボアの突進を食らって無事で済むほど強化されてる自信はない。
さっきも言ったように人族の生体マナ保有量は平均して他種族の一.五~七倍程度。
パワーアップの幅も、その範囲内でしかないのだ。
最初に仕留めたスクエアボアも、惜しいが置いて逃げるしかない。
自分の命の方が大事!
「焦るなよ……! 普通の追いかけっこになったら絶対逃げきれない……!」
まず純粋な走る速度で人はスクエアボアに絶対勝てない。
山道ともなればなおさらだ。
とシルバーウルフさんが言ってた!
「なんとか隙を見て逃げるしかない。魔法の目くらましは効くだろう頼んだぜ……!」
「お、おう……!?」
返事は勇ましかったが相変わらず声が震えている。
恐怖が全身に浸透している。
それを見透かされたのか。
ラーティルが呪文を完成させるより先に、イノシシの方から襲って来た!
「うわああああッ!? ひいいいいッ!?」
恐ろしさで呪文詠唱も中断。
でたらめに剣を振り回す。
「バカッ、そんな闇雲に振ったら……!?」
あえなく剣は、周囲の太い木の幹の当たってポッキリ折れてしまった。
その間もイノシシはラーティルに迫る。
「くっそおッ!?」
咄嗟に投げた手斧が、ラーティルを襲おうと駆けるスクエアボアの、頭部に命中。
「ウソ当たった!?」
本当に当たるとは思わなかった。
でも当たらなかったらラーティルは今頃大怪我だ。
「ラーティル! ここはオレが引き受けるから逃げろ!」
「でも! でも……!」
「デモもストもねえ!」
大慌てで駆け寄り、手斧を引き抜く。
一頭は倒せたが、まだ残りは何十頭といるのだ。
仲間がやられて怯んではいるが、そんなのかまわずすぐまた襲ってくるだろう。だって畜生だし。
「こうなったらオレが耐えている間に誰でもいいから助けを呼んでくれ! それしか生き延びる方法はねえ!」
「そんな都合よく近くに誰かいるなんて……!?」
「いなかったらオレらの命運もここまでだ」
いや違うな。
最悪でも仲間を呼びに行ったまま逃げきればラーティルは助かる。
うおおおおお。
早速残りのスクエアボアが襲い掛かってきたぜ。
集団で一斉に、獣だけに容赦がない。
「仲間を殺したオレを標的にしたか、好都合だ……!」
ラーティルの方には行くなよ。
先生に教わった身体強化も、けっして無限でもなければ万能でもない。
他種族より比較してちょっと多めの生体マナをパワーに回せるようになっただけで、ドラゴンや天使級に強靭になれるわけもない。
スクエアボア数十頭を一瞬のうちに蹴散らすのも無理。
牙や角で斬り突かれて無事でいられるのも無理。
そう長く凌いではいられないだろう。
すみません。
セラお嬢様……!
「ワルキナ伏せろぉーーッ!!」
「はッ!?」
呼びかけられて、考えるより前に従う。
這うように身を伏せると、頭上を凄まじい勢いの風圧が駆け抜けていった。
その風圧を食らって吹っ飛ばされるイノシシたち。
宙を飛んだ末に、木の幹にぶつかったり地面に叩きつけられたりでダメージを負う。
「これは、魔法!?」
風属性の魔法か!?
つまりこれを撃ったのは……!?
「ラーティル!? お前逃げたんじゃないのか!?」
「お前一人置いて逃げられるか! オレにもなあ、最後のプライドってのがあるんだよ!」
バカ死んだらプライドもクソもないだろうに!
「お前が壁役になってくれたおかげで呪文詠唱する余裕ができた! 今のうちに逃げようぜ!」
「お、おう……!」
奇しくも最初の計画通り。
攻撃呪文で場を乱した隙にさっさと逃げるぞ!
と思ったが……。
「間に合わねえええーーーッ!?」
イノシシどもすぐ態勢を立て直して逆襲してくる!?
「こうなったらもう一発だ! ワルキナ! 呪文が整うまで守ってくれ!!」
「あいよー!」
ラーティルは正直言って勇気のある男じゃない。
だから危険があるとビビるし、恐怖で色々しくじったりもする。
でも、オレが全面で壁になって危険を残らず塞げば、アイツだって安心して呪文を唱えることができるだろうさ。
それこそ筋力バカのオレの役割か。
あまり長くはもたないがな!
「撃つ時はちゃんとよけろよ! 『真空旋風砲』!」
「撃つのと同時に言うな、ふはあッ!?」
それでも絶妙のタイミングで伏せ、放たれる烈風にイノシシたちが舞い飛ぶのを確認する。
しかしイノシシどもタフいな。
強風に飛ばされて、それなりの高度から地面に叩きつけられてもヨロヨロ立ち上がってくる。
「おいラーティル! もっと強い魔法ないのか!? これじゃあどれだけ撃っても全滅無理だぞ!」
「そうは言っても火炎魔法とかだったら山火事になるだろ!? 周囲に被害を与えないで一番広範囲な攻撃魔法ってこれなんだよ!!」
そういうことかクソッ!
でも着実に効果はある。
何度も飛ばして叩きつけてやれば、いずれダメージが蓄積して動けなくなるはずだ。
オレの攻撃でも何頭か倒せている。
「このまま行けるところまで行ってやる! ラーティル援護頼むぞ!」
「任せろワルキナ、お前こそ一頭もこっちに通すんじゃないぞ!」
オレが前衛、ラーティルが後衛。
互いが互いを守り合うことで絶対に崩せぬ陣容。
イノシシなんぞが破れるもんなら破ってみろ!
と思った矢先。
スクエアボアが全滅した。
一瞬のうちに。
「何やっとるんだお前たちは?」
「「オークラさん!?」」
オークのオークラさんが放った戦斧の一撃で、まだまだ二十頭以上いたイノシシは一斉に吹き飛ばされたのだった。
オレたちが命懸けで立ち向かおうとしたモンスター群を。
やっぱり農場の住人てバケモノしかいない……!






