470 学生たちの衝突
オレの名はワルキナ。
農場で学ぶ留学生の一人だぜ。
最初ここに来たときは生贄にされるんじゃないかとビビッたもんだがなあ。
意外と楽しくやってるぜ。
* * *
「模擬戦終わり! 勝者ワルキナ!」
また勝ったぜ。
先生から新しい技? 術? ……を教えてもらってから絶好調だぜ。
体が以前の倍以上動く。
パワーもスピードも段違いだ。
この身体能力をもってすれば、素早く懐に飛び込んで魔法を使う前に倒せるなんて簡単だ。
「また人族の勝ちだ!」
「やったぞワルキナー!」
同族の学友たちから惜しみなき称賛の声。
ここのところ模擬戦の授業は、種族別に見たら人族の圧勝だった。
いや全勝?
先生に教わった身体強化法で、今や農場学校で人族は全盛を迎えていた。
「いやーッ、気持ちがいいぜ勝つのは!」
「全勝ってのがいいわよね! まさに完璧!」
「これも先生に教えてもらった秘術のおかげだぜ!」
同じ人族の仲間たちも興奮冷めやらぬ。
勝利とはこんなにも気分のいいものだったのか!
「ふ、ふん!! いい気になるなよ!」
と言って、オレたちの勝利の余韻に水を差そうとする者がいる。
魔族の生徒たちだ。
農場学校に主要三種族の全員がまんべんなく学んでいる。
「人魔戦争では、お前たち人族が負けて我ら魔族の支配下にあるんだ! そのことを忘れてこんな小さな勝利で浮かれるなんて暢気なヤツらめ! 身の程をわきまえろ!」
「んだとー?」
せっかくヒトがいい気分だというのに。
負け惜しみにしても言い方が意地悪いぜ。
「そんなことはわかってんだよ。でもそれとこれとは話が別だろ。目の前のことに成果が上がって喜ぶのの何が悪いんだよ?」
「ぐッ! しかしその……大局的な結果がな……!?」
負けたのがよほど悔しいのか、かつての戦争の結果を引き合いに出して魔族生徒はマウントを取ろうとする。
しかし売り言葉に買い言葉ってものがあるぞ。
「その戦争だって、あの時私たちにこの技があったら勝ってたわよねー?」
「ぐぬッ!?」
ほら。
人族側の中でも歯に衣着せないタイプの女の子が率直に言う。
「戦争の勝ちなんて所詮そんなもんだから、そっちこそ思い上がらないことね。何ならもう一回やってみましょうか戦争? この術で人族全員が強化されたら次こそ魔族を蹴散らせるわよ?」
「言ったな貴様ぁーッ!!」
険悪さが高まって一触即発の雰囲気に。
さすがにそろそろ止めないとな……と冷静な一部が腰を浮かせる、一歩先を行って……。
「争いはダメだ!」
誰より先に割って入ったのはリテセウスのヤツだった。
やっぱりコイツ。
「どっちが勝ちかなんてどうでもいい! 平和かどうかが大事なんじゃないか! 魔族も人族も、辛く苦しい戦いを乗り越えて掴んだ平和を、簡単に壊しちゃダメだ!」
農場学校でも抜きんでた優等生のリテセウスが割って入れば、誰も対抗できない。
「く……ッ!?」
「何よいい子ちゃんぶって……!?」
苦し紛れの捨てゼリフを吐くのがせいぜいだ。
「僕たちが農場で修行して強くなるのは、誰かを倒したり見下すためじゃない! 皆で平和を守るために強くなるんだ!」
「そうだぞリテセウスの言うとおりだぞ!」
「エリンギアさん!?」
農場に来て早々ゲットした(された?)彼女まで賛同して……!?
「模擬戦でも勝ち負けがつくのはしょうがない。でも重要なのはそこじゃなく、お互いが競って、進歩していくという……。……ん?」
ん?
どうしたリテセウス?
アイツの体が急に震え出したと思ったら……。
「わーーーーーーーーーッッ!?」
飛んだーッ!?
リテセウスが飛んだーッ!?
どういうこと!?
オレたちはどんな現象を見せられてるの!?
「わーッ!? わーッ!? わわぁーッ!?」
リテセウスはほぼ真上方向に、弓矢が射られるような勢いで飛んでいく。
だから何故!?
そんな素振りなんて少しも見せなかったのに!?
「生体マナが! 生体マナが制御できないいいいいーーーッ!?」
え!?
ああ……。
先生から教わった生体マナによる身体強化法は、人族の生徒全員が修得済みだから、当然リテセウスだって修得している。
というかアイツが一番にマスターした。
しかし、元々天才のアイツは、有り余るほどの生体マナをまだ完全にコントロールしきれず、時々ああして暴走してしまうらしい。
「だからって飛ぶか……!?」
他種族より生体マナの保有量が高い人族っていうのは、先生から教えてもらって初めて知ったが……。
その中でもやっぱりリテセウスは、基本的な生体マナ保有量が抜きんでて高いらしい。
さすが天才というか……。
だからその生体マナをヘタに利用することであんなことになって。
「リテセウスーッ! 私のところに帰ってきてリテセウスーッ!!」
地上でエリンギアが慌てふためいていた。
まだ制御できていないとはいえ、あんな次元違いのパワーを見せつけられれば皆度肝を抜かれる。
そしてなんかどうでもよくなる。
「自主練に戻ろう……!」
「オレは畑の手伝いしなくちゃ……」
皆各々自分のすべきことに戻っていく。
リテセウスの尊い犠牲によって平和は保たれた。
* * *
「さっきは悪かったな」
と言うのはラーティルというヤツだ。
魔族出身の生徒で、たまたま次の作業が同じになった。
「魔族側には、いまだに変なプライドに囚われてるヤツがいるんだ。魔族は戦争に勝った。魔族が一番偉いんだってな」
「お前もそうだったんじゃないか?」
「昔はな、でもそんなチンケなうぬぼれ、この農場に来た途端吹っ飛んだぜ」
まあ。
色んな常識が粉砕されるからな、ここは。
オレも来てすぐの頃は、本当にわけわからんかった。
「魔族は世界最強なんじゃない、どこにでもいるちっぽけな下等種族でしかないんだって。聖者様に、先生に、ヴィール様に、ホルコスフォンに……」
「やめとけ、超越者の名前を羅列するだけで日が暮れるぞ」
「たしかに……」
でも、お前の言いたいことはわかるよ。
こんな場所に来れば誰だって自分がちっぽけな存在だって思うよな?
「それで最近は、模擬戦でもお前ら人族組にやられっ放しだ。思うんだよ、もしかしたら戦争でも勝ったのはまぐれ当たりで、魔族なんて本当はそんな優れた種族じゃないんだってな」
「いや、そんなことは……!?」
「たしかに魔族は魔法が使える。でも人族がマナで身体強化したら呪文を唱える前に即座に潰されちゃうんだ。初速が全然違う」
「それは各種族の得手不得手だって……!」
先生も聖者様も仰ってただろう?
「だとすれば魔族は結局戦い向きの種族じゃないのかもしれない。そんな種族が地上の覇者なんて間違ってるのかもな……」
ラーティルは相当思い詰めているようだった。
戦争に負けた側だから言うんじゃないか、生き物に優劣なんてそもそもつかないと思うんだ。
それぞれがそれぞれに適した生き延び方があって、生き延びさえすれば勝ちだ。
しかしそんなことを口で言っても、今の自信を失ったラーティルには通じそうにない。
俺たちが新たな力を得てパワーアップした陰で……。
こんな悩みを抱える者が出てしまうなんて。






