469 人族の特徴
どうして? この最強不死者たちは、そこまで新魔法の開発に情熱を燃やすのか?
それはノーライフキングの習性と言えるのかもしれない。
そもそもが真っ当な人生に飽き足らず、人であることを捨ててまで不老不死を手に入れた。
その目的は大抵が魔法の研究を進めるため。
寿命に制限されず、永遠に研究を続けられるという意味で極まった魔法研究者にとってノーライフキングほど理想の存在はない。
高位の魔法使いでもないとノーライフキングにもなれないし。
そうした存在にとって新たな研究題材は、まさに心躍る対象であろう。
その一方で、やはり人族に対する憐みの心もあるのかもしれない。
戦争に敗れ、神から見捨てられ、寄る辺ない子どものような人族を援けようという動機が隠れているのではないか。
先生の方にはあるだろう間違いなく。
もはや論ずるまでもなく優しい人だ。
博士の方は……わからん。
外見猫だし益々表情が読めない。
あれはもうああいう生き物だと納得するしかない。
そんな二者で推し進められる人族用、新魔法開発プロジェクト。
* * *
『まずは人族の特徴を見直していきましょう』
『んにゃ、人族に適した魔法を作るのには必要不可欠な工程にゃ』
人族の特徴って何だろう?
むしろ特徴の何もないことが人の特徴と言えそうだけど?
『人族の他の種族より優れた点といえば、何と言っても保有する人体マナの量にゃ』
前にもそんなこと言ってましたね。
「人類とて生命であるからには、生命活動を行うためにマナを必要とするにゃ。どんな種族も体内に、自分が健康に生きていくための生命マナを保有しているものにゃすが、人族の場合そのキャパが段違いに高いにゃすよ」
なんてことを話していると、どこからか女の子が一人、呼んでもないのにやってきた。
レタスレートだった。
レタスレートはハアと息を吐いて姿勢を正し、山勢厳のかまえを取ると、そこから素早く拳を撃ち出す。
「セイッ!!」
その正拳突きが、虚空に撃ち出したのに凄まじい威力で、弾かれた空気が俺たちのいるところまで飛んできてビリビリ顔を叩くのだった。
きっと生木でも殴りつけたら粉々に打ち砕くんだろうな。
「畑仕事の前のウォーミングアップの終わり! さあ今日もマメを育てるわよ」
『前にも言いましたが、あの姫が怪力を備えたのも人一倍大きな人体マナを利用しておるからですな。農場で生活しているうちに素質が開花したのでしょう』
『さすが王族、人族の中でもさらに抜きんでて人体マナが豊富にゃー』
本当レタスレートは、いつ頃からかすっかりパワーキャラが板について……!
しかしそれも人族特有? とやらの人体マナが原因で、その有用さを物語るといえよう。
レタスレート当人は頑なに豆のおかげだと言い張っているが。
『あの膨大な人体マナを上手く利用したいものですな』
『つーかヘルメスのアホ神に横やり入れられるまで進めていた研究があるにゃす。あれを発展させる形でなんか新しい魔法を作るにゃよ』
間違いなく世界最強候補に並び挙げられるだろう二者が、本気になって完成を目指す。
『一つ案がありましてな』
先生が意気揚々と言う。
『回復魔法などどうでしょうか? 生命マナは、動植物が持つ自己治癒力とそれこそ相性がいいでしょう』
『回復魔法にゃ!?』
博士のリアクションが大きい。
『また大きな目標を掲げたものだにゃ。回復魔法は目標としてはオーソドックスだけど、いまだ誰も完成させたことのない最高難易度魔法にゃす』
え?
そうなの?
『回復魔法の開発に挑戦したノーライフキングはこれまでも何人かいたけど、全部失敗しているにゃ。不可能に挑戦するにゃん?』
『ノーライフキングが回復魔法を使えないのは、自分自身の魔力を元に開発を進めたからです。不死者のマナを拠り所にして、どうして生命力を活性化できましょう?』
先生が淀みなく答える。
『そもそもノーライフキング自体、ダンジョン内の停滞マナを吸収していくらでも再生できますから自分自身は回復魔法など必要としません。だから開発にも本気にならんのでしょうな』
『一理あるにゃ』
『しかしワシは違いますぞ! 生徒たちが一段と成長するため、人族が簡単に修得できる回復魔法を開発して見せましょう!』
先生のモチベーションが凄く高かった。
ここまで若者のために尽くそうとするなんて、何がそこまで先生を奮い立たせるのだ。
「あの……、質問いいでしょうか?」
それはそれとして俺も気になることがあったので聞く。
「回復魔法って、先生前に使ってた気がするんですけど、あれはダメなんですか?」
ほら以前、先生が生徒たちの傷を瞬く間に癒したことがあったじゃないですか?
『ああ、アレですか?』
先生はふと思い出したように……。
『アレは回復魔法ではありませんぞ。ただ体のダメージをなかったことにするよう時間操作で戻しただけです』
『そうして体を、傷つく前の過去の状態にしてやってるのにゃ』
ふーん……!
そうなんだ……!?
時間ってそんな気軽に操作できるものだったっけ?
* * *
ただ回復魔法の開発はいかな先生でも時間がかかるということで、まず手っ取り早い人体マナ利用法から始めることにした。
人族の有り余るマナを使い、筋力を強化するのだ。
これはレタスレートが自然とできるようになったあれで、マナの力と筋力を合わせてより高い身体能力を発揮できるようになる。
攻撃力も防御力も爆上がり。
その仕組みは先生がとっくに解析していたらしく、すぐさま誰にでも使える術に仕立て上げて生徒たちに伝授した。
ウチの農場に住む留学生たちも大抵才能豊かなのであっという間に体得し……。
* * *
「おりゃああああッッ!」
生徒同士の模擬戦。
人族の生徒が魔族、人魚族の同級生を圧倒し連戦連勝だった。
『皆見る見るうちに成長しておりますな……!』
先生が満足そうに見守っていた。
マナ筋力増強法を会得した人族生徒たちは、凄まじい勢いで対戦相手に迫り、防御をものともせず打ち砕いて吹っ飛ばす。
魔族生徒など得意の魔法を使う暇も与えてくれなかった。
「ひぃッ、強い、強すぎる!?」
「パワーの差がありすぎだわ! 接近戦じゃ十手ともたない!?」
おののくばかりであった。
『向き合ってから「始め」で戦うルールでは、もう魔族の子らは人族の子に勝ち目はありませんな』
「そうですねえ、せめて呪文を唱える余裕を作れるぐらいに距離が空いてないと」
それぐらい人族と、それ以外の種族との格闘戦能力に開きができてしまっていた。
それぞれ種族独特の魔法戦法など使えば、まだまだ埋められる差ではあったが、接近戦では魔法の準備が整う間もなくやられてしまうので圧倒的人族優位になってしまう。
「模擬戦のルール改定が必要なようですね……」
戦争では敗北してしまった人族だが、その前にこの能力が広まっていたらどんな結果になっただろうか?
そんな恐ろしいパワーアップ法を簡単に編み出してしまった先生だ。
『さ、この調子で回復魔法も開発してみますかのう。ワシの力添えで世界が発展してくれればこんなに嬉しいことはない』
継続的にやる気を発揮してくれる先生。
もしかしたらこの農場を起点にし、先生が全人類の在り方を変えてしまうのではないかと思えた。
そして余談ながら。
先生に学んで筋力を倍増させた人族生徒たちだが、その中で誰一人としてレタスレートにパワー勝負で勝てなかったという。
「豆よ! パワーの源は豆よ!」
レタスレートは勝因をそう語った。
「皆も強くなりたかったら豆を食べればいいのよ! 豆こそが力を与える! 豆が世界の覇者なのよ!!」