468 魔法開発再び
一応、魔王さんのダイエットも成功(暫定的)し、いつもの平穏が俺の下へ戻ってきた。
……。
こういうのを問題の先送りというんだろうな。
まあいい。
気持ちを切り替えよう。
そんなことより俺が農場内を歩いていると、またしても目を引くというか……、注意を引く人物たちを発見してしまった。
先生と博士だ。
「先生ったら、農場に来て何を……?」
先生が農場へ遊びに来るのに理由はいらないんだが、つるんでいるのが博士ということで警戒を誘う。
何せ双方、数千年を生きるノーライフキング。
その中でもトップクラスを占める方々だ。
その二人が額を寄せ合って密談しているとなれば、警戒しない方がおかしい。
猫の額は小さいけどな。
「しかしどうやって声掛けしたものか……」
なんかあの二人……というか一人と一匹。
超真剣な雰囲気で話し合っているから割り込みにくい。先生のことだからそれで機嫌を損ねるなんて万に一つもないことだが、やっぱり年長者には気を遣うのだ。
「そういう時は、逆に年少者の出番だな」
というわけで大地の精霊たちを投入。
「ねこちゃんですー!」
「ねこちゃんがこんなところにいたですー!」
「ねこっ可愛がりするのですおええええええええーッ!」
子どもである大地の精霊にとって、猫の姿をした博士は大人気。
そして基本子どもなので大人の空気を読むこともなく果敢に攻め入ることができるのだ。
『ぎゃああああッ!? また来たにゃ!? 助けてにゃーすッ!!』
速攻捕まった博士は身悶えするが、既に胴体を抱きかかえられて逃亡不可なのであった。
「あ、せんせぇー!」
「せんせぇー、ごきげんようなのですー!」
そして大地の精霊たちは、ノーライフキングの先生にまで臆せず挨拶。
子どもは怖いものを知らない。
『ごきげんよう。ちゃんと挨拶ができて偉いのう』
「えらいのですーッ!」
「あたしたちえらいのですーッ!」
先生も基本子ども好きなので際限なく甘やかす。
博士との会話に乱入されて中断されたというのに、怒るどころか満面の笑みを浮かべる。
「せんせぇ、ねこちゃん可愛がっていいです?」
一応、先生にお伺いを立てる精霊たちだが……。
『もちろんいいとも』
『なんで許可するにゃ!?』
『裏切られた!?』という表情をする博士だった。
「せんせぇから許可をもらったですーッ!」
「せーぎをえたりですーッ!」
「はつどーしょーにんですーッ!」
大地の精霊たちはやりたい放題。
猫の博士を無理やり仰向けに寝かせると、お腹をワシャワシャする。
その時既に博士(猫)は諦めきった表情をしているのだった。
「すみません、子どもらがしっちゃかめっちゃかして」
俺は自然な装いで先生に話しかける。
我ながら完璧なナチュラルさだ。
『かまいませんぞ、我ながら子どもにはとんと甘くてですな。ついつい何でもお願いを聞いてしまいます』
『おじいちゃんにゃ!?』
撫でこねられながら博士が抗議も兼ねたツッコミをぶつける。
……そうするとここでも農場の三すくみが成立しているのかもしれないな。
1.先生は、ノーライフキングの先輩である博士に頭が上がらない。
2.そんな博士は大地の聖霊に日夜いじられまくる。
3.そして可愛い大地の聖霊に、先生はついついお願いを聞いてしまう。
……。
三すくみが成立しない。この並びだとただただ先生が絶対弱者だ。
まあいいや。
せっかく目論見通りに緊迫した空気が崩れて話しかけることができたんだ。
「……で、先生と博士は何を話し合ってたんですか?」
やたら真剣そうに。
あの雰囲気を見たら気になるのは仕方のないことですが……。
『新魔法の開発にゃ』
いまだ体中をワシワシ撫でられながら博士が言うのだった。
「新魔法って……」
たしか前にも、そういう話があったな。
「人族用のオリジナル魔法を作ろうって話ですか?」
『そうにゃ!!』
でもあの話は、立ち消えになったじゃないですか?
地上に並び立つ大種族。
人族と魔族。
そのうち魔族は、魔術魔法という独自の魔法体系を確立しているが、たいして人族は特にこれといった魔法を持っていない。
一応、法術魔法という人族専用魔法があるにはあったが、それは一部の神官とかが使う特権になってしまっていて、第一使うと大地のマナを著しく傷つけて自然破壊する問題のある魔法だった。
先生と博士は、そんな欠陥法術魔法に代わり、より優れた人間族用魔法を開発しようと奮闘していた時期があった。
そんな二大ノーライフキングの努力は、神によって無慈悲に打ち砕かれたんだがね。
「神々が設定をいじって、魔術魔法を人族も使えるようにしたんでしょう? それで万事解決では?」
『その考えは浅いですぞ聖者様!』
おおう?
先生が興奮気味。
『種族にも得手不得手があります。魔術魔法は、この世界にあまねく存在する精霊の力を借りて発動する魔法です』
『そして、この大地に住むありとあらゆる精霊は、大地神であるハデスとデメテルセポネが生み出したのにゃ! コイツらもそうにゃ!』
博士が、自分に群がる大地の精霊たちを指し示して言う。
なんだか二人ともヒートアップしておるな。
『魔族もまた大地の神々によって生み出された人類ですので、精霊たちとの相性はよいのです。祖を同じとしているわけですので』
『対して天神から生み出された人族は、明確なる異種! むしろ敵なのにゃ! 精霊と心を通わせるのが必須の魔術魔法に決定的なハンデにゃー!!』
なるほど。
『使えるようにしました』だけで解決するほど簡単な話じゃないってことだな。
精霊の力を借りて発動する魔術魔法は、自然と心を通わせることが必要なので大地の自然から外れた人族では相性が悪いと。
そこへ、ちょうどいいところに、あるカップルが通りかかった。
リテセウスとエリンギア。
農場留学生で今の時代じゃまだまだ異色の人族魔族の国際カップル。
「タイムリーだ、ちょっと来なさい」
「え? なんです?」
ちょうど人族魔族の異なる二人並べ、それぞれに大地の精霊を向かわせてみる。
「おねぇーちゃん! おねぇーちゃん抱っこしてくださいですーッ!」
魔族の乙女エリンギアに対しては、大地の精霊もよく懐いている。
遠慮がないレベルだ。
「ええッ!? なんだお前ら、やめろくっつくな。私は子どもが嫌いなんだ!」
子どもが言いそうなセリフ。
しかし最後には根負けしてエリンギアは、大地の精霊たちを抱き上げた。
「わきゃーッ!」
「しかしまあ……、間近で見ると確かに可愛いというか……。いつか私もリテセウスの子どもをこうやって……。ぐふふふふふ……!!」
乙女が妄想に浸っている傍らで、もう一方の組み合わせは……。
「……!」
「……ッ!?」
謎の緊張感に包まれていた。
人族のリテセウスと大地の精霊。互いに一定の距離をとって動こうとしない。
警戒し合うようにジリジリしている。
「あの、なんでしょうこれ? あからさまに子どもらから警戒されてるんですが? 僕、故郷では子守りとか得意だったはずなのに……?」
困惑するリテセウスくん。
それも彼が人族ゆえか?
地上侵略のために天神から遣わされ、法術魔法で長いこと大地を枯らしてきた人族である。
しかしそれは過去のことで、リテセウスくん個人に帰する罪はないはずだ。
そこんとこわかってあげてよ大地の精霊……。
「しかたないのですー、いっぷんせんえんでいいのですー」
「おいコラ」
最終的にリテセウスも大地の精霊を抱っこできたが『しぶしぶ』という空気が露骨に伝わってくる。
『このように、人族は精霊から嫌われまくりなのにゃ』
『精霊の種類によっては、さらに激しく人族を嫌うでしょうな。これでは精霊の力を借りる魔術魔法など使いこなせぬというもの』
なるほどなー。
神々め、またテキトーな仕事しやがって。
『そこでやっぱり必要なのにゃ! 人族のための人族用新魔法が!』
『生徒の個性を引き延ばしてこそ教育! 人族の生徒らのために、我々で新しい人族用魔法を開発するのです!』
不死の王らが燃えていた。
というわけで新法術魔法開発、再始動です。