466 魔王様リバウンド
「魔王さんがデブった原因がわかったよ! マヨネーズだよ! 間違いないよ!」
魔王さんは、ちょっと仕事終わりの一杯的なノリでマヨネーズを一気飲みされていた。
俺の目の前で行われたことだから疑いようがない。
なんてことだい!
「そんなことしたら太るのは当たり前ですよ! 何故!? 何故マヨネーズ!? マヨは飲み物!?」
否!
ノット飲み物!
それを魔王さんはガブガブ飲んでいた、そりゃ太りますわい!
魔王さんは魔国を支えるもっとも大事なお体。
きっと食事を担当する宮廷料理人? なんだかは気を使っているはずだ。
魔王さんの健康を維持するようにと。
魔王さん自身、節制の人だし。これでなんで肥満するのかと考えてみたら不思議だが……。
「こんな伏兵が潜んでいたとは……!?」
マヨネーズ。
それは卵と、酢と、油を混ぜて作り出すもの。
特に油の含有量が高くほぼ油と言っていい。
だから高カロリー!
「こんなの飲み物代わりにしてちゃ太るに決まってるじゃないですか! 何故です!? 何故こんなことをした!?」
「そ、そういわれても政務中鬱々とした気分をすっきりさせるのにマヨネーズはもってこいの飲み物でな」
「飲み物じゃないです!」
調味料の一種です。
「マヨネーズを体内に入れると体の底から力が湧き起こる感じがしてな……! どんなに政務に疲れ、心が萎れた時でもマヨネーズを飲むとたちまち奮い立つ。そんなわけでマヨネーズが手放せなくなったのだ」
依存しているじゃないか……!?
恐ろしい。異世界マヨラーがこんな深刻なものだったとは。
「そもそもこの世界にマヨネーズあったのかよ?」
けっこう前に俺も農場でマヨネーズ開発したことがあったが……。
既にあったなら開発ではなかったな。
「いや、マヨネーズを知ったのは聖者殿の下でだぞ」
「えッ!?」
魔王さんからの告白に俺、困惑。
「訪問した際の晩餐に出てきてな。その味の豊かさに衝撃を受けたものだ。しかしその製法を聞いてなお驚いた。なんと生卵を使っているという!」
はいそうですが。
何か不都合ございましたでしょうか?
「卵といえば加熱して食べるものだろう!? そうしなければたちまち腹を下し、命に係わるほどだ! それなのに生卵を原料としたマヨネーズは少しも危険ではない! 衝撃を受けるだろうに!」
「はあ、まあ……!」
サルモネラ菌の話かな?
卵には高確率でそういう危険な菌がついていて食中毒の原因になる。
日本以外じゃ卵かけご飯は食べられないという話をよく聞くが、その理由は各国の管理体制でサルモネラ菌を除去できてるかできてないかの差だ。
こっちの世界でも卵は普通に食材として扱われ、サルモネラ菌による被害もあるのだろう。
「マヨネーズにはお酢も混ぜますからねえ……!」
お酢といえば殺菌力ナンバーワンの食材。
仮に生卵にサルモネラ菌がついていたとしても、混ざった酢が全部殺してくれる。
だからマヨネーズは生卵を使用し、その後一切加熱処理してなくとも安全なんだ。
「マヨネーズの不思議な仕組みに我は衝撃を受けた。いや感動すら覚えた。そこで我は魔国にマヨネーズを広めようと政策を設けたのだ」
「えッ? マジで?」
「聞けばマヨネーズの原料は卵と酢と油。どれも魔国で簡単に手に入る。しかも栄養高く、飢えた村落を救うことにもなるのでな。実際飢饉の起きた村に救援物資としてマヨネーズを送ったら、餓死者はゼロになった」
マジで!?
それ普通に支援が功を奏しただけなのでは?
マヨネーズの他にも色々送ったんですよね? マヨネーズオンリーの救援物資とかもはや嫌がらせとも思えるんですが!?
「マヨネーズは瞬く間に魔国中へ広まった」
魔国を席巻するマヨネーズは……。
農場から始まった!?
「それでも当初は受け入れられなかった。やはり卵を生のまま使うというのが怖がられてな。そこで魔王たる我みずからマヨネーズを一気飲みすることで、安全であることをアピールしたのだ」
「それが習慣化したと?」
それでマヨネーズは飲み物になってしまったと?
マヨの美味しさの虜になって?
「でも結果があのデブですよ! 食中毒がないことを示したって、肥満の可能性をアピールしたら結局危険ってことになるじゃないですか!」
「ぬう、太った原因はマヨネーズにあったのか……!?」
まったく思い至ってなかったらしく、衝撃を受ける魔王さん。
なんてこった。
俺がこっちの世界でマヨネーズを開発したことが、回り回って魔王さんを肥えさせる原因になっていたとは!
「ご主人様……」
「マスター……」
他人事な感じのヴィールとホルコスフォンが、責めるような目つきで俺を見詰める。
「やっぱ俺のせいなの!?」
「ご主人様の食い物は大変なものだからな。取り扱いには注意しないとだぞ?」
ヴィールに言われたくない。
「と、とにかく……、魔王さん今後マヨネーズの暴飲暴食はやめてください。アナタがデブになった原因は間違いなくそれです」
「ええええええええッッ!?」
魔王さん、凄まじい形相で顔面蒼白となる。
そこまでショックなの?
「待ってほしい。マヨネーズは、マヨネーズは今や我が政務に絶対欠かせないものだ。合間合間に摂取して、心の安定を保たなければ!」
「中毒になってるじゃないですか!」
いいですか。
デブってもまた痩せればいいと思っているかもしれませんが、今回みたいな無茶な減量の仕方は金輪際無理なんですよ。
今日の竜&天使ダイエットという無茶苦茶を支えたのは、ヴィールのドラゴンエキス入りラーメンという至高の劇薬があったればこそ。
しかしドラゴンエキスは生涯の許容量が決まっていて、魔王さんはこれ以上摂取したらどうなるかわからない状態だ。
「だからもうこれ以上一杯たりともドラゴンラーメンは食べさせられません! そしてドラゴンラーメンなくして今日のような無茶なダイエットは無理!」
「ゴンこつラーメンだぞご主人様」
ヴィールが細部に拘りよる!
「ラーメンなくとも納豆さえあればなんとかなるのでは?」
そしてホルコスフォンが納豆推してくるのは相変わらず。
しかしそこは問題の根本じゃないんだよ。
「そもそも太るところからやめてください。マヨネーズを断てばそれが叶うんです」
「それができれば苦労はないと言ってるのだ!!」
ここまで逼迫した魔王さん見たことなかったな。
これがマヨネーズの業か。
「頼む聖者殿! 我が政務を効率的に進めるにはマヨネーズは必要不可欠なのだ! つまりマヨネーズは我が国に必要ということ、何とか見逃してくれないか!?」
「そうだぞご主人様!」
えッ?
なんでヴィールが参戦?
「コイツは国で一番偉いヤツ、つまりお仕事も一番大変なのだ! きっと負担もエライことだぞ! 何かで負担を和らげないとやってらんないと思うのだ!」
「私もヴィールに賛成です」
ホルコスフォンまで!?
「今この世界が安定しているのは、支配者である魔王さんが正常な判断力を有しているからです。安定を望む者として、彼を支援することは真っ当な行動と評価いたします」
なんか唐突に魔王さんの味方に回ったこの二人。
一体どうした?
いや俺だってわかってるよ。
この世界が平和なのは、この世界に住む一人一人の努力と協力あってこそだけど、なかでも地上の覇者たる魔王さんの名君あってこそだ。
魔王さんが平和路線で地上を治めてくれるから俺だって農場でのんびり土いじりして暮らせている。
わかっている。
だからこそ俺も最大限魔王さんの援けになってあげないと……!
「……わ、わかりました」
「お?」
「できるだけ太らないよう、カロリーハーフのマヨネーズを作ってみましょう」
「ありがとう聖者殿! アナタは我の恩人だ!」
わかってんだよ。
カロリーハーフにしたところでマヨネーズはマヨネーズ。
根本的な解決になっていないことを。
今日一日でムキムキマッチョに戻れた魔王さんだが。
そのうちまたデブまっしぐらだろうか?






