464 異世界ダイエット
「おごぉおおおおおッ!? ぬふぅううううううッッ!?」
魔王さんが慟哭している。
愛馬から『お前重いから乗るな』と拒否されたことが相当ショックであったらしい。
……でも、お馬さんの気持ちは俺もわかる。
今の魔王さんが泣くと、それだけで体温が上がって発汗し、汗の蒸気が昇り出る。
あんなデブを乗せるとなると馬だって拒否したくなるはずだ。
さっきの黒い馬もプライド高そうだったしな……。
魔王さんの愛馬であるだけに。
……さて。
このまま魔王さんを絶望のどん底に置いたままではいかない。
心にまで脂肪がついたのか魔王さんは以前からは想像がつかないぐらい打たれ弱かった。
まだ哭いている。
「ぐおおおおおおおおおおッッ!!」
「泣くのをおやめなさい」
俺は、勇者に救いの手を差し伸べる神のように言った。
相手は魔王だけども。
「俺が協力しましょう。必ずや魔王さんを、元のマッシブな体型に戻してご覧にいれます」
「ほっ、本当か聖者殿……!?」
「俺が元いた世界には、痩せるための秘伝が存在しました。その名は…………、ダイエット!」
「大悦闘ッ!?」
…………。
魔王さんは何か違う字面を想像しているようだが、印象でしかないから追及すまい。
「ダイエットとは、理想の体重に迫るために行われる究極の自己修練。理想の体型、理想の自分となるために労力を厭わない……!」
こっちの世界では似たような概念すらないだろうけどな。
元々文化水準が後進で、充分な食物も用意できない環境だし、そうなると栄養はとにかくある時にため込んどけってなる。
そうすると却って太ってれば太っているほど美徳にすらなる。
昔は、肥満していることの方が美人の条件だったという話も聞くし。
逆に太るのが困って痩せたい魔王さんは、この世界で超レアなケースなのだろう。
「より効果のあるダイエットを求めて様々な流派が勃興し、百家争鳴し競い合いました。その異世界の奥義を魔王さん、アナタに伝授しましょう。すべてはこの世界の平和と、アナタの腹直筋のために」
六つに割れたお腹を脂肪の千年大地から掘り起こすために……!
「おお聖者殿! なんと頼もしい!」
こうして俺と魔王さんの異世界ダイエット生活が始まった。
「聖者殿がそんなことにまで詳しいとは知らなかった! まさか痩せるのに作法があるとはな!? それで聖者殿は子宝に恵まれてもなお体型を維持できているのか!?」
「これは毎日畑で鍬を振るってるからですよ」
運動に勝る健康維持はなし。
結局動いてれば贅肉なんて勝手に落ちていくものだ。
いや、年食って代謝が落ちてくればそんなことないのかもしれないけど。
……怖い。
「魔王さんのように仕事上どうしても運動が制限される人もいます。毎日机に向かって激務に飲まれ、ちょっと立ち上がって背筋を伸ばす暇もない。そんな人は正常な代謝も行われず、食べた分だけ溜まっていくもの……!」
「そうそう! そうなのだ!」
「そんな人を援けるためダイエットはあるのです。少ない労力、少ない時間で最大の効果を上げるのがダイエットの目的。生活の効率化なのです。楽して痩せたいとかけっしてそういうことではないのです」
「そうだな!」
古来より、様々な種類のダイエットが編み出されてきた。
すべては楽して痩せるため。
その中で、どんなダイエットを魔王さんにお勧めするか?
「糖質制限ダイエットをやってみましょう」
「凍疾聖幻・大悦闘!?」
……。
まーたなんか違う字面を想像されておるな?
まあいい、いちいちツッコむのもカロリーの浪費だ。
「肥満の最大の原因、それは食べること。補給と消費が釣り合わないから過剰な分が蓄積される。それが肥満となる」
じゃあ食べなきゃいいじゃん、となるがそうもいかない。
動物は食べることでエネルギー補給するんだから食べなきゃ死んでしまうし、だからこそ食べないことによって本能が発するストレスは相当なものだ。
食制限も闇雲ではなく、計算されつくした制限が必要だ。
「糖質制限とは、その計算の極致と言うべきもの。肥満最大の原因となる『糖質』を摂取しないことにより、これ以上の体重増加を阻止するのです!」
そして運動で減らす。
ダイエットは究極的に、運動しないとどうにもならないんだぞ!!
「おお、それでは、そのトーシツとやらは毒なのか?」
「そう一概には言えませんが、糖質が多く含まれた食材を魔王さんには食べないでいただきます」
少なくともダイエット中は。
「その食材とは!?」
「主食系のものですね。米とか麦とか。麦から作られるパンやら麺も制限対象になります」
その時だった。
ヴィールがいた。
ショックを受けたように顔面蒼白だった。
手にはラーメンの湯気がホカホカとたつどんぶりを持っている。
「ご主人様……、今の話は本当なのか!?」
「え?」
「違う! 違うぞ! 麦は毒なんかじゃないのだ! 麦をこねこねして作るパンもうどんもパスタもラーメンも! とっても美味しい究極食品なのだ!!」
と縋ってくるヴィール。
……。
どうやら彼女に聞かせてはいけない話だったようだ。
「麦は! 皆を幸せにする素敵な食い物なのだ! 制限なんかしちゃダメだー!!」
だからどうしてそんなに必死になる?
いつ頃からかヴィールは生粋のグルテンジャーになってしまって、麦食品への愛が面倒くさい水準にまで至っている。
そんな彼女に糖質制限の話なんかすれば色をなすのが当然か……!
「いやな、頭ごなしに『食うな』と言ってるわけじゃないぞ? ただ食いすぎは何事もいかんとな……!?」
「コイツか!?」
ヴィールの烈火の視線が魔王さんへ向く。
麦愛の強さ激しさに魔王さんもビビる。
「だったらおれがコイツを痩せさせてやるのだ!」
ヴィール、突然のダイエット参戦。
コイツが痩せるんじゃなくて、痩せさせる方だけども。
「ニンゲンは、食わずにたくさん動けば軽くなるんだろう!? だったら死ぬほど動きまくればいいのだ! そして何も食うな! さすれば麦を食べ放題なのだー!」
出たぞ極論!
そして矛盾!
これ確実にダイエット失敗する流れ、何事も極端は長続きしないのだ。
継続こそダイエットなれば!
「よーし! そしたらまずは軽い運動だー! 行くぞー!』
言い終わるより早いか、ヴィール本来の姿である竜形態へ変身。
それってまさか……!?
『このおれがダイエットの相手をしてやるのだー! さあおれと戦うがいい! 本気以上でやらないと死ぬからさぞかしいい運動となるだろう!』
「限度!!」
ドラゴンと直接対決なんて痩せるかどうか以前に生きるか死ぬかなんだが。
そんな過酷な条件をダイエットに課すな!?
『大丈夫だご主人様! こないだ結婚したプラティの兄貴だって、アードヘッグや、羽のない羽女と戦って無事だと聞いたぞ!』
プラティの兄貴?
ああ、アロワナさんのことか。
そしてアードヘッグはアードヘッグさんで、羽のない羽女ってソンゴクフォンのことだろう。
紛らわしい。
「いやでもあれはたしか模擬戦だったはずだろ?」
『これだってダイエットで訓練みたいなものだ! あ、そうだ、おーい羽女!!』
ヴィールが呼ぶと、応えるように空中から現れた翼持つ乙女。
なんか降臨した。
あれは我が農場に住む天使ホルコスフォン!?
「呼びましたかヴィール? 私は今納豆作製作業で忙しいので手短に」
『名案なのだ! プラティの兄貴が竜と天使に挟み撃ちにされたんだからコイツだって同じ条件でやればいいのだ! 何せニンゲン一種族の王様だからな!』
同じく王様であるアロワナさんと同条件だってこなしきれると!?
バカな!?
確実に殺しにくる布陣じゃないか、そもそもアロワナさんはどうしてこれで生き残れたの!?
「マスターのご友人である魔王様のためとあらば仕方ありません。天使ホルコスフォン、誠心誠意を込めて大殺戮モードを発動しましょう」
『がははははは!! おれたち二人がかりとの激闘ならさぞかしいい運動になるだろう! 今の半分以下の軽さになるまでしごいてやるのだー!』
いやそれ、確実に生命維持に支障の出る体重。
「ぎゃあああああああッッ!?」
肥満体の魔王さん、ドラゴンと天使の放つ烈光の中に掻き消えていった。
今ここに、異世界特有のドラゴン天使激闘ダイエットが始まった。
さすが異世界は、ダイエットの苛烈さも比べ物にならないなあ。
 






