462 三すくみ
さて、結婚式もつつがなく終了したところで……。
ここで一つ小さなお話でもしてみようと思う。
三すくみというものをご存じだろうか?
ABCという三つの何かしらがあるとして。
AはBに勝ち、BはCに勝ち、CはAに勝つ。
そうした堂々巡りの力関係で、結局誰も究極的な勝者にはなれない。
一番有名なのはカエルとヘビとナメクジ。
ジャンケンだって三すくみだ。
結局誰もが誰かに負けるという意味でなかなか面白い考え方だと思うが……。
……実はウチの農場にも存在する。
三すくみが。
今日はそれを詳しく見ていってみよう。
* * *
まずはポチ。
我が農場に住むオオカミ型のモンスターだ。
正式な種族名称はヒュペリカオンといって、これでも世間に出したら大軍が動くことになる強豪モンスターらしい。
ポチの他にもヒュペリカオンは数十匹単位でいて、農場各地を見回りながらネズミとかの害獣を駆除したり、また不審者を発見したら遠吠えを上げて知らせるか、みずからの牙をもって始末する。
番犬の役割でもって農場に大いに貢献。
そうでなくてもオオカミ即ち犬。
モフモフの毛並みかつ愛嬌豊かな表情で農場の人気者だ。
犬は可愛い。
本当に可愛い。
そんなヒュペリカオンのポチが、今日も悲しそうな顔で俺のことを見上げていた。
『クーン……』とすすり泣くような鳴き方。
「また寝床を奪われたのか……?」
農場の一角には、ポチたちの寝床が各所にしつらえられている。
干し草を敷き詰めて、日当たりのいいところでなかなか寝心地はよかろう。
しかしそんなポチたちの寝床を占拠する無法者がいる。
猫であった。
「……博士、おいコラ博士」
『んにゃーん? なんなのにゃ昼寝中に? 猫の睡眠を邪魔することは大罪なのにゃ』
その昼寝を、余所様の寝床を奪ってしてることが問題なのですが?
「なんでポチの寝床を強奪するんですか? アナタ専用の寝床ならこないだ作ってやったでしょう?」
家の中に立派なキャットタワーを。
意外と興が乗って五重仕立てにしてしまったが。その力作を放っぽかれることも含めて博士の暴挙は許しがたい。
『天気のいい日は外で寝たいのにゃ。さすればここが一番寝心地がいいのにゃー』
この猫野郎。
まさしく猫そのものな傍若無人ぶり。
とはいえ猫、下手に手出しできない厄介な相手でもある。
何せその正体は世界二大災厄と呼ばれ恐れられているノーライフキングであるのだから。
しかも博士は、ノーライフキングの中でも最強の一角と呼ばれている。
だからポチだってムザムザ寝床を明け渡すのであろう。
「とにかくポチが悲しい顔をするので寝床は返してやってくれませんか?」
『断固拒否するのにゃ。猫はいつでも寝たい場所で寝るのにゃ』
「そうですか」
ならばこちらも非常の手段を使わざるを得ないな。
「行け! 大地の精霊よ!」
『にゃーす!?』
俺の号令を受けて、どこからともなく小さな子どもたちが一斉に湧き出てきた。
これが大地の精霊たちだ。
「ごしゅじんさまからのお許しが出たですーッ!」
「ねこを可愛がるですーッ!」
「ねこっかわいがりするのですーッ!」
瞬く間に猫を取り囲み、手で押さえ、撫でまわす。
その可愛がりように容赦はなく、蹂躙するがごとしだった。
『にゃーっずッ!! 撫でる時はもっと力を抜いて撫でるにゃーッ!? 毛の伸びる向きから逆撫でするにゃ! 誰にゃす尻尾を引っ張るのはーッ!?』
あの子らは元々精霊ではあるが、神の力を受けて実体化する際はなぜか可愛い女の子の姿をしている。
ペットを愛でる気持ちは老若問わず変わらないが、いかんせん子どもは力の加減がわからず無茶な可愛がり方をする。
そのせいで子どもは猫ラブラブ大好きなのに逃げられたりするものだった。
つまり。
猫の天敵は子ども。
『くっそー! ここは撤退するしかないにゃす! 聖者よ、これで我が弱点を見抜いたなんて思わないことにゃ!』
博士は堪らず、大地の精霊たちから逃れ駆け去っていくのだった。
「あー! まつのですー!」
「もっとたくさん遊ぶのですー!!」
「おしりのあなを観察させるのですー!!」
逃げる猫を追って、大地の精霊たちも邁進していく。
そして誰もいなくなった寝床にポチがいそいそ駆け上り、嬉しそうに身を丸めて昼寝につくのだった。
「よかったなーポチ」
「よかったのですー」
丸まるポチの背を、一人残った犬派の大地の精霊と一緒に撫でてやるのだった。
やはり犬もいい。
* * *
猫が喋ってる件についてごく普通に進めてしまった。
そのタネは、ノーライフキングである博士が猫を通して喋っているのだが、その仕組みがややこしいのでここで再び言及しておきたい。
根本的なところで、あの猫自体はノーライフキングの博士ではない。
博士が猫に憑依して喋っている……といったところか。
真なる博士の本体は、先生同様な不死化した人間なのだが、ノーライフキング最年長を誇る肉体は、さすがに老朽化が激しく、動かせない状態でご自身のダンジョン奥深くに封印してある。
博士はその本体から電波みたいなものを飛ばして、世に住むすべての猫に憑依することができるんだとか。
つまりこの世すべての猫が博士。
猫たちの、見聞きしたことすべてが博士の知るところ。
今農場にいる猫も言ってみれば博士の端末の一つにすぎず、極論あの猫が死んでしまったとしても博士の本体には何の影響もない。
別の猫に感覚を置き換えればいいだけなのであった。
あと簡単な魔法(それでも人智を超えるレベル)なら猫を通しても使えるとか。
もっとも猫自身の本能もしっかり表層に出ているから、憑依中の状態は、博士五十パーセント、猫五十パーセントといったところだろうけど。
だから猫の本能で、猫っ可愛がりしてくる子どもにも弱い。
さて、ここで本日のテーマ三すくみに話を戻そう。
既におわかりのように我が農場で繰り広げられる三すくみの要員はポチ、博士、大地の精霊の三ピース。
ポチは博士から寝床を奪われ、博士は大地の精霊たちに蹂躙される。
という力関係をここまで見てきたが、三すくみが完成するためには最後の組み合わせ。
大地の精霊とポチたちの力関係を確認せねばならないだろう。
例えばこんなことがあった。
大地の精霊たちは、農場では掃除の仕事をしている。
元々大地神から援けになるようにと実体を与えられた精霊たちだ。
農場の役に立つようにと毎日せっせと働いている。
基本家の中だけを掃除するように言いつけてはいるんだが、時にやる気が溢れて屋外まで出ちゃったりする。
外は危険が多いというのに。
「あっ、あれを片付けるですー」
大地の精霊が目を付けたのは、仮置きされた農具の数々だった。
農具はものによって尖っていたり鋭かったり、危険なものが多い。
今、その子が目を付けた農具も抜身の鎌などがあったりして大変危険だった。
下手に触って切れたりしたら大変だ。
「おかたづけして褒められるですー!」
しかし大地の精霊は危険を予測できない。
農具の山に駆け寄ろうとしたところで……。
「わきゃ?」
首根っこを咥えられて止まる。
どこからともなく現れたポチが、大地の精霊をズルズル引っ張って危険な農具から引き離した。
「なにするですー? 放すですー?」
「いやポチが正しいぞ」
俺も一歩遅れて保護。
「農具や武器は危ないから触っちゃいけないと言ってるだろう?」
「ごめんですー」
大地の精霊は素直なので、ちゃんと言い聞かせれば従ってくれる。
しかしお手柄はポチだった。
彼らはこうして小さな子たちが危なくなった時にすかさず助けに入る。
実に頼りがいのある犬どもだった。
「ありがとですー!」
頭を撫でられて、ポチもお返しとばかりに子どもの頬をペロペロ舐めるのだった。
* * *
という感じに我が農場には三すくみが成立している。
博士がポチから強奪し……。
大地の精霊が博士を猫っ可愛がりし……。
ポチが大地の精霊を保護する。
この堂々巡りは賑わいとなって、農場に働く者たちに潤いと、働く活力をもたらすのだろう。
しかし今、賑わいはやんでいる。
三者ともにお昼寝中だからだ。
奇しくもポチも博士も大地の精霊も、一塊になって寝息を立てていた。
ポチの大きな体を大地の精霊が枕代わりにし、隙間好きの猫がその間に身を割り込ませたという感じか。
今は静かな彼らだが。
起きたらまた喧騒が始まるのだろうな。
永遠に終わらない三すくみの喧騒を。






