459 ウェディングケーキ
今、俺は非常に気分がよい。
そりゃだって結婚式当日だもの。こんな祝いの日に不機嫌なはずがない。
なので心も琵琶湖のように広くなる。
多少のやらかしも笑って許すさ。
「……俺が元いた世界には『八百万の神』という考え方があります」
今回やらかした神に向かって言う。
「この世界にはたくさんの神がいるから、分け隔てなく敬いましょうという考え方です。俺もそのような考えですべての神様を敬いますので、誰かを特別に依怙贔屓することはありません」
よって俺の信仰対象になろうと必死にならなくてもいいんです。
皆が俺の神様なんですよ。
「だからお供え物だって分け隔てなく捧げますよ」
『ホントに?』『やったー!』
この説得で以後、神々のこの手の騒動が絶えてくれたらいいんだが。
まあともかく、俺たちの結婚式は神前……もとい竜前の誓いも済んだことだし、式は次のフェイズへと移り変わります。
披露宴だ!
結婚のお祝いに皆で飲めや歌えの大騒ぎ。
むしろこっちがメインイベントみたいな感じで皆、農場の料理に舌鼓を打っていた。
特に言われてもないのにヴィールがラーメン屋台を乗り入れ、バッカスがおでんを振舞い、そしてホルコスフォンが納豆をやたらとばら撒く。
俺が能動的に動かなくても必ず何か出てくるようになった農場だった。
「よし、俺も負けてられないな」
無論、俺は動かないという選択肢はない。
他でもない俺とプラティ主役のイベントだもの。俺こそが盛り上げるための努力をもっともするぜ!
「というわけで用意したものがある」
ここで今一度考える。
結婚式といえばこれ! となる付き物。
俺は既に、結婚式に欠かせないものをいくつか用意してきた。
結婚指輪、ウェディングドレス、お色直し……。
もちろんこれだけでは終わらない。
次に用意したのは……、ウェディングケーキだ!
結婚披露宴で展示される特大ケーキ。それに一緒にナイフを入れることが夫婦最初の共同作業などと言われるあれ。
あれを俺も用意したぞ!
この披露宴のメインイベントとしてな!
「旦那様、何かやる気ね?」
ウェディングドレス姿のプラティが、俺の意図を察して目を光らせる。
「さすがプラティ、伊達に俺と過ごした時間が長くはないな」
ウェディングケーキのことは、実はプラティにもまだ秘密にしてある。
サプライズというヤツだ。
このために式の前日、俺は厨房にこもって一人ケーキを焼きまくった。
さすがに十二段重ね、全長はオレの身長を超えるケーキ作りはしんどかったな。
焼く時の甘い匂いが漏れまくって、もうすでにみんなにバレているかもしれない。
しかしその苦労が報われる時が今、来た!
披露宴もたけなわ、ウェディングケーキをお出しするには絶好のタイミングだ。
「皆聞いてほしい……!」
俺の改まった口調に、会場に集う人々は視線を集中させる。
皆わかっているのだろう。これから何かが始まると。
「このめでたい日に、俺から一つの催しを用意させてもらった。俺の故郷では結婚式に必要不可欠と言っていいくらいのシロモノだ」
では見てもらおう。
「ウェディングケーキを!」
台に乗せて運ばれる巨大ケーキ。
この俺渾身の力作は、野外に運び出されてますます雄大さを増しておるわ。
何しろホールケーキ十二段分の高さだからな。
俺が今まで作ったどんな料理よりも最大なんじゃなかろうか。
「ほあああああああああッッ!?」
「きょええええええええッ!?」
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばッッ!?」
そこかしこから奇声が巻き起こった、奇声を放っているのは主に女性たち。
「ケーキ!? ケーキなのか!?」
「あんなに大きなケーキがこの世に存在するなんて!?」
「想像したこともなかった! あんな凄いものを作り出してしまえるなんてさすが聖者様!」
という感じで興奮している。
……そうか、女性といえば甘いお菓子大好きだもんな。
初めてケーキを焼いた時も、たくさんの女の子たちが群がってきて大変なことになったし。
こんな規格外に大きなケーキが現れたら、そりゃテンションも上がることだろう。
ウェディングケーキのイベントとしての物珍しさに反応が欲しかったが、完全に『甘くておいしいケーキが巨大にそびえ立っている』方に女性陣の興味は総ざらい。
「凄いぞご主人様! これ全部ケーキなのか!? 全部食べていいのか!?」
さすがにヴィールもラーメンにかまけきれず、こっちへ駆け寄ってきた。
コイツが言うと、一人で全部食べそうな勢いに聞こえる。
「これ結婚式用に作ったのか! 結婚式はこんなにデカいケーキを作っていいのか!? 凄いぞご主人様! これから毎日結婚式しようぜ!!」
結婚式はそういうイベントじゃねえ。
「俺の生まれた土地では、結婚式では巨大なケーキを新郎新婦で切り分ける習慣があるんだ。それをもって夫婦最初の共同作業とする。というわけでプラティ! 共にケーキ入刀しようぞ!」
「じゅるる……!! ……えッ!?」
プラティもケーキへの食欲が臨界点に達してそれどころじゃなかった。
「聖者様! 早くケーキを食べましょう!」
「ケーキ! ケーキ!」
「切り分けてー!」
「もう我慢できない! そのまま直に齧り付いてやるーッ!!」
巨大ケーキの甘い匂いに女性らの正気がドンドン奪われていってるので、これ以上のおあずけは暴動に繋がりかねない。
さっさとケーキ入刀を済ませてしまおう。
「そうね旦那様! 切り分けないと皆で食べられないもんね! ……でもこんな大きなケーキを丸ごと噛り付けたら……! 抱きしめるように食べられたら……!?」
いかんプラティの意識が完全にケーキに持ってかれている。
早く切り分けねば。
切り分けて小さな断片にすれば、女性たちも正気を取り戻すだろう。
「というわけで刃を入れまーす」
入刀に使うのは、邪聖剣ドライシュバルツ。
こちらも俺との付き合い大概長いので、記念すべきこの作業に使用するにはもってこいだ。
プラティと共に柄を握って、ケーキへ差し込む。
さすが聖剣、何の抵抗も感じずスルリと刀身がクリーム及びスポンジの中へ。
「「「「「きゃああああああーーーーーーーーッッ!!」」」」」
何故か切っただけで女性たちの歓声が上がった。
聖剣の切れ味はそれだけに止まらない。
目にも留まらぬ速さで巨大ケーキの内外を出たり入ったり。
そのたびに切れ目の線が入って細かく分かれ、一人分にちょうどいいショートケーキと化していった。
元が巨大だったために切り分けると凄まじい数になる。
結婚式の参列客の人数分に充分足りそうだ。
無論、聖者たるこの俺渾身の力作ケーキ。
ウェディングケーキの中に時折あるらしいイミテーションなんてことはなく百パーセント可食の生ケーキだ。
「さあお待たせしました! 存分に召し上がれ!」
「「「「「ほきゃわぁああああああーーーーーーーッッ!?」」」」」
もはや人語を忘れた乙女たちが年代問わずケーキに殺到する。
「お代わりはたくさんあるから一人一皿落ち着いて食べてねー?」
当初の予定とはだいぶ違う反応だが、喜んでくれたのだからよかろう。
女の子たちだけでなく男性陣や、神々もケーキに舌鼓を打って、披露宴全体が甘い香りに包まれている。
「……聖剣にも甘い香りが移っている……」
この香り数日は取れんのだろうな。
砂糖の甘い香りを放つ聖剣、それはそれでありだった。
ないよ。
肝心のプラティも、自分用のケーキにまっしぐら。
もう一皿目を平らげて、次の皿へと手を伸ばしている。
「プラティ、あまり食べ過ぎない方が……?」
「大丈夫よ! ……ほらジュニアがまだケーキ食べられないでしょ? 私がたくさん食べて母乳を甘くすることで、ジュニアにもケーキを味わってもらうのよ!」
想像も及ばない幼児食育法。
母乳の味が変わるほど甘味を摂取したら、確実になんか別のところで支障をきたすのでやめなされ。
とにかくもウェディングケーキのおかげで披露宴は益々盛り上がった。






