457 ご招待
私の名はダルキッシュ。
かつて人間国と呼ばれた国土の、一角を取り仕切る領主だ。
ほんの僅かな小領でしかないがな。だからこそ私のような不才でもなんとか切り盛りできている。
とにかく私など、旧人間国にいくらでもいる弱小領主。
有象無象の一人。
私より遥かに強力な大領の主もいれば、中央の高官だっている。各地の冒険者ギルド支部長とて、支部の大きさによっては私より立場が上だろう。
そのことを踏まえて以下の話を追っていただきたい。
* * *
「招待状が来た」
「誰から?」
我が愛妻ヴァーリーナは、魔国出身の魔族でそもそも私とは種族からして違う。
元は戦勝した魔王軍から監視役として派遣されてきたのだが、なんか気づいたらよい仲になっていた。
男女の縁は理の外というか、私と彼女の関係もそんな感じで、当初は世界初の国際結婚などと騒がれたものだ。
しかしこんな最愛の妻との絆も自然に出来上がったわけではない。
我ら夫婦の馴れ初めには絶対に欠かせないある御方というか、ある人々がいた。
今回送られてきた招待状は、そのお方から発せられたものだった。
「オークボ殿が直接届けに来られたんだが……!」
「まあ、それでは……!?」
そう、これは聖者様からの招待状だ。
「なんか結婚式を行うらしい。」
「え? でも聖者様ってもう結婚されてませんでした? お子さんも生まれてたでしょう?」
たしかに。
ただ、よくよく招待状を精読してみると、なんでも聖者様ご夫婦は一緒になった直後挙式をしなかったので、今回改めて執り行うとのこと。
「その辺はオークボ殿からも口頭で説明があった」
「それにお呼ばれしたというのですか。恐れ多いですね」
まったくだ。
聖者様と言えば万能の御方。
最強の軍団を率い、容易く天地の形を変え、どんな超常的存在すらも従えることができる。
その気になれば容易く世界すべてを支配することもできるだろうに、しようとしない。
無欲なのか、鷹揚なのか……?
しかれども究極万能の御方で、絶対敵に回してはいけない相手の一人であるということは変わりない。
そんな御方と知り合いになってしまったのは、よりにもよって我が領内であの方が城を築きだしたのがきっかけだったが……。
「招待に応じるのは当然として、これはいい機会になるかもしれないな」
「あのことですか……!?」
幸か不幸か、我ら夫婦は全能聖者様との付き合いが時を経るごとに深くなり、こうして祝い事に招待されるほどにまでなった。
ありがたいことではあるが、相手が相手だけにプレッシャーも感じる。
特に我らには、聖者様に対して負い目に感じることがあった。
「招待してないよな、結婚式……!」
「私たちの時ですね……!」
聖者様の築いた城がきっかけで互いに男女として意識し合うようになった。
そして結婚にまで行き着いた私とヴァーリーナ。
しかし肝心の結婚式に、聖者様どころかその関係者も招待することはなかったのだ。
聖者様は、そのことを怒ってはいないだろうか……!?
「お心の広い聖者様だから、そんなことはないだろうとは思うが……!?」
「今になっても悩むぐらいなら何故招待なさらなかったんですか? あんなにお世話になった御方なのに?」
いやだって!
むしろ招待する方が失礼かもしれないでしょ!?
相手は神にも匹敵する御方だぞ!
それを私のような弱小領主の祝い事に呼びつけるなんて!
『格ってもんがあるだろ』という話になるじゃないか!!
「それは私もよくわかりますが……!」
さすが我が妻わかってくれた。
元魔王軍の士官でもあるからな。こうした微妙な力関係にも敏感になってくれる!
「身分の上下、立場の差、それによっては遥か格上の人を同じ場に呼び入れるだけでとんでもない失礼になることもある……!」
だから大恩ある聖者様と言えども、あえてお声がけしなかった。
すべて整ったあとで結果の報告だけしたら、それで『ヨシ!』と思ったのだ。
しかしそれ以降の聖者様とのお付き合いが、我々の予想を超えて深いものとなっていく。
こちらが望んだこととはいえ、聖者様が築かれたオークボ城は今も我が領内に建ち続け、重要な観光資源となっている。
あの城のおかげでどれだけ潤ったことか。
毎年一度のイベントの際は、聖者様も私たちと一緒になって参加者として、様々な難関に挑戦される。
いつも途中で脱落なさるけど。
それを差し置いて私が全関門クリアするのが毎回心苦しくあったんだけども!!
それだけでなく、我ら夫婦の間に子どもが授からなくて悩んでいた時は、女神を召喚してまで問題を解決してくださった。
お陰で私たちの間には、世界初の人族魔族の血を併せ持った新世代が生まれた。
我が最高の宝物だ。
子宝を得る助けまでくださって、私たちの聖者様からの恩義は益々高まったといえる。
そしてここに来ての招待。
私たちの結婚式ではしなかったのに、向こうからは招待してくださる。
「これはマズいんではないのか……?」
という思いが募ってくる。
昔あの時、我々の結婚式に聖者様をご招待しなかったことが失策だったのではないかと今になって後悔が湧き出してくる。
「…………とにかく、招待には応じないとな」
「行かないという選択肢はありません」
ここでも夫婦考えが一致した。
よかった。
「ヴァーリーナ、祝いの品を用意しておいてくれ。最高級のヤツをな」
聖者様からしてみれば私レベルからの贈り物なんてどれも塵芥みたいなものだろうが、気持ちが伝わることが大事なのだ!
多少家計を圧迫してもかまわない。我々の分際で限界以上の品物を用意することで祝意を表するのだ。
「その上で精いっぱいの言い訳をしよう。どうして私たちの結婚式に呼ばなかったのか? 論を尽くして説明すれば賢明な聖者様のことだ、きっとわかってくださるはず!」
そんな私の必死さに、良妻のヴァーリーナが指摘する。
「でも、説明すること自体が失礼にはなりませんでしょうか?」
……。
え?
「聖者様ご夫妻にとっては、自分たちが主役のめでたい日なのですよ? そんな日に我ら木っ端の言い分を聞かされるなど煩わしくはありませんでしょうか?」
「ああ……」
「それだけじゃありません。式ともなればもっとたくさんの招待客が集まってくることでしょう。その全部と挨拶するとなれば聖者様も奥方様も大変な手間となるに違いありません。そんな中、私たちごときに配される時間がどれだけあることか……!?」
やめて!
そんな実際マジでありそうな事態を想像しないで!!
元魔族士官の妻は、実に的確な状況分析をするけど、今はその賢明さが恨めしい!
それでも私は行かねばならないんだ!
聖者様の結婚式に!
これまで先方がかけてくださった恩義に応えるためにも、そしてこれからも良好なお付き合いをしていくためにも!
我が領の未来のために、この難事に挑戦しなくてはならない。
理想としては聖者様の結婚席に出席し、首尾よくご本人に挨拶して招待に応じたことをアピール。
出席したって、それが伝わってなかったら台無しだからな。
『ダルキッシュくんを見なかったなあ。来なかった?』とかになるのは絶対ダメだ!
そして挨拶のついでで雑談を少々。
長すぎてはいけない。私ごとき弱小領主が主役を長時間拘束してはいけないし、きっと私たちより数段偉い人たちが聖者様との歓談を求めているはず!
簡潔に済ませて退散しなければ、その人たちから睨まれる!
「つまりできうる限り簡潔に。一言二言ぐらい手短にできたら上々。その中で私たちの結婚式に呼ばなかった申し開きをしなければいけない」
なんて困難なミッションだ!?
しかしそれを完遂できなければ我が領に未来はないと言っていい。
それぐらい相手は巨大なのだ。
「頑張ってくださいアナタ。私も留守を預かりながら応援しております」
「何言ってるんだ? お前も行くんだぞ?」
「え?」
我が妻ヴァーリーナは、意外とばかりに呆けやがる。
こんな時だけ抜けやがって。
「当然だろう!? 社交の場では夫婦ワンセットが常識だ!」
「たしかにそうでした!? 仕方ありませんね旦那様! こうなったら共に地獄に堕ちましょう!」
『ヒト様の結婚式を何だと思ってるんだ?』的な発言だが、私たちにとってそれくらい神経を使う場だとご理解いただきたい。
とにかく向かうぞ聖者様の結婚式に!!






