456 竜前の誓い
「まず言っておきますが、俺はアナタたち二神のどちらにも誓いを捧げません」
どっちを選んでも必ずしこりが残るからな。
喧嘩両成敗というヤツだ。
「なにいッ!? では、どいつに誓いを立てるというのだ!?」
「まさか天の神々か!? アイツらだけはいかんぞ! よく考えるのだ!」
ハデス神もポセイドス神も大慌て。
そんな二神の困惑も無視し、俺の視線が向かうのは……。
「ヴィール」
「ん?」
早速式場にラーメン屋台を乗り入れようとしていたドラゴンに向かって、俺言う。
「俺たちは、お前に対して誓おう。二人夫婦として共に歩んでいくことを」
『『なにぃーーーーーーーーッッ!?』』
神々は揃って声を上げるが何か問題でも?
竜と言えば世界最強生物で、その存在はもはや神みたいなもの。
そんなドラゴンを神の代わり扱いしたっていーじゃんと思うのだ。
「それに俺とプラティの生活を、これまでずっとそばで見守り続けてきたヤツと言えばヴィールだ」
あと先生。
「そんなヴィールに誓いを捧げてこそ意義がある。きっと彼女はこれからも俺たちを見守り続け、誓いが果たされていることを確認し続けていくだろう」
そう言い終わると、当のヴィールの表情が段々輝きだした。
最初は『何言ってんだコイツ?』みたいな呆けた表情だったが、少しずつ理解が追い付いてきたのか、散歩に連れてってもらえることがわかった犬のような煌めく表情になって……。
「それはいい考えだぞご主人様! このおれが! グリンツェルドラゴンのヴィールが、しかと見届けようではないか! それが絶対強者ドラゴンの務めだからなワハハハハハハハハハ!!」
当人もやる気充分だ。
対して漁夫の利を取られた神二名は……。
『ええぇ~ッ!?』
『ちょっと待って!? たしかにドラゴンこそ我らに匹敵するかもしれないが、神に誓ってこその神前というか……!?』
と未練たらしく食い下がろうとする。
「お二方とも偉大な神様であるのは知っていますが、我が農場に争いを持ち込む荒神はお迎えできません。悪しからず」
『『そんなーッ!?』』
周囲からザワザワ戸惑いの声が上がり……。
「聖者様、神に説教している……!」
「マジかよ……!?」
「やはり聖者様こそが世界最強……!」
「あの方とだけは敵対しないようにしなければ……!?」
と畏怖とも戦慄とも判別しがたい声が上るのだった。
……。
いやいや、何をオーバーに受け止めておりますの?
俺はどこにでもいる、臆病で弱っちいただの農場主ですよ。
「よぉーし! なんでもおれに誓うといいぞ! 最強種族ドラゴンの名に懸けて承認してやるのだ! さあ誓え! すぐ誓うのだー!!」
一気にテンションMAXに引き上がったヴィールが手の付けられない。
どうしたもんかなあと微笑ましく眺めていたが。
ついに本件の本当の主役がやってくる。
「もうヴィールったらはしゃぎすぎよ」
花嫁入場。
ウェディングドレス姿のプラティがここに姿を現した。
「ほわぁあああああーーーッッ!?」
美しい!
思わず口から砲撃のような声が出た。
プラティの身を包む花嫁衣装は、バティ渾身の新作『光』のウェディングドレス。
何が『光』なのかよくわからないが、たしかにそれを着たプラティは煌びやかに光り輝いている!
『これまで培った技術のすべてを込めました』と胸を張ったバティの満足感がわかった気がした。
「きッ! 綺麗だぞ! いやマジで!」
「ありがとう。……いやー、アタシ自身が母親になったのに結婚式なんて今更かなーなんて気もしたんだけど。やっぱりやってみるといいものね。一生の記念に残りそう」
照れつつも嬉しげなプラティ。
やはり花嫁衣装というのはどんな女性にとっても嬉しいようだ。
当人の言うように、たとえ自分が母親になったあとだとしても。
「……ん? そういえばジュニアは?」
「式の最中はママが見てくれることになったわ」
たしかにプラティの後方には、彼女に続くように年配の男女が並んで立っていた。
ナーガス王とシーラ王妃!
いや、アロワナさんに譲ったのでもう国王夫妻ではないのか。
しかしプラティのご両親であることは変わりないので、ウチの可愛いジュニアの祖父母であることも変わりない。
「これはお二人とも! お忙しいところをよく……!」
「いいのよ、どうせ王位を退いてアタシたちとっても暇だったんですから」
「もっす!」
孫たるジュニアを抱きかかえるシーラ様は、その子のおばあちゃんとはとても思えない若々しさ。
しかし俺たち二人の式中ジュニアを預かってくださるのに、これ以上安心できる御方はいない。
「でも婿殿はとってもいい催しを思いついたわね。もうプラティちゃんの花嫁衣装は見られないものかと諦めていたのよ」
「もすううううううう……ッッ!!」
ナーガスさんが!?
ナーガス前人魚王陛下が咽び泣いておられる!?
感涙!!
やっぱりアレか!? プラティの花嫁衣装を見たから!?
嫡子アロワナさんの結婚式では特に動じた様子もなかったのに、娘になるとこうも様変わりするのか!?
前にも話にあったが男親にとっての娘、女親にとっての息子というのは他の組み合わせにも増して特別なのだろうなあ。
俺もいずれジュニアに続いて女の子を授かったりしたら……。
……今の視点で想像しただけで泣きそう。
「おらー、てめえらグズグズしてんじゃないのだー! 早く式を始めるぞー!」
ヴィールが飛び跳ね転げまわっていた。
自分自身イベントの重要位置を占めたことでモチベーションが段違いに上がった模様。
「仕方ないわねえバカ竜は……! じゃあママ、式中ジュニアのことお願いね」
「どんと来いよー」
世界一信頼できる人にジュニアを任せ……。
俺とプラティは遅ればせながら人生の大きな晴れ舞台へと立つのだった。
* * *
農場の一角、急ごしらえした野外チャペルに参列者が並ぶ。
ほとんどが農場の住民たちだが、魔王さんやアロワナさんなど普段から親しくしている人たちがお忙しい中祝いに来てくださった。
元から身内だけでひっそりやる予定だった。
すでに夫婦生活も年季入ってからの補完的結婚式だし、そんな盛大にやるのも恥ずかしい。
というわけで地面に直接敷かれたヴァージンロードを新郎新婦……いやもう旧朗旧婦? で並んで歩き、誓いを上げるための祭壇へと至る。
「本日はよろしくお願いします先生」
『よしなに』
司祭役はお馴染み先生だ。
ノーライフキングの威厳ある姿が頼もしい。
『しかし、こうして婚姻の進行を務めますのも何度目になりますかな? 本当に聖者様と出会ってから目まぐるしいかぎりです』
「お手間をおかけします」
『滅相もない。洞にこもって何もない時代はもう考えられませぬ』
そうして先生と雑談を交わしていると、さらに先生の背後から……。
「くぉりゃー! 無駄話してないでさっさと進めるのだー!」
急遽誓われる役に抜擢されたヴィール。
祭壇のさらに一番上に登ってふんぞり返っていた。
「驕るなよ死体モドキ! ご主人様とプラティが誓いを立てるのはおれに対して! お前はあくまで橋渡しの役目に過ぎないのだー!」
『はいはい、だったらもっと厳かにしておるがいいわ』
まったくです。
俺とプラティ。二人並んで神の……、いや竜の前に立つ。
「ではお前ら……、誓え!」
「誓わせ方が雑ッ!?」
『進行はワシがやるから、お前はドッシリかまえて静かにしていなさい』
要約、お黙りなさい。
そして俺とプラティ、それに先生が向かい合って。
『それではアナタたち二人はこれより……、というかだいぶ前から……、夫婦となった』
変則的ですみません。
『アナタたちは互いを思いやり、健やかなる時も病める時も、互いを尊重し合って共に歩むことを……、既に実践してるけど……、誓いますか?』
「はい」
「誓います」
夫婦並んで誓いを立てる。
「このおれにな!!」
ヴィールもうちょっと黙ってて。
『よろしい、では最後に誓いのキスを』
キス!?
こんな大勢の前でするの!?
必要なこととはいえなんか恥ずかしい!
しかし魔王さんもアロワナさんもやったんだよなあ。ここはプラティから一生イジりのネタにされないよう、覚悟を決めてやりますか。
ブチュッと。
会場全体から歓声が巻き起こった。
ここに俺たちの結婚式が完成した。






