452 宝石の役割
この世界で指輪とは、どんな役割を持っているのだろう?
エルフ、エルロンさんのアンサー。
「そんなの武具に決まっているだろう?」
「え? 武具?」
なんで?
やっぱ指に着けて殴るため?
「指輪というか、指輪にはめ込む宝石にな。宝石には大抵加護が宿るから」
こっちの世界では、宝石とは地中にて、精霊の息吹が集まり固まって出来上がるものとされているらしい。
神聖なものなのだ。
「だからダンジョンから宝石は生まれない。聖者だって、先生やヴィールのダンジョンで宝石を手に入れたことはないだろう?」
「たしかに……!」
マナメタルなんて出てくるんだから、宝石だって出土してもよかろうに。
しかし一度たりともお目にかかったことなどなかったな。
興味がないから気づかなかった。
「精霊の加護を得たものだからこそ強力な霊力を帯び、所有者に影響を与える。効果はまちまちだが……」
たとえば……。
所有者の身体能力を上げたり、特定の悪影響(毒や呪い)をシャットアウトしたり、魔法の威力を増強したり、逆に敵からの魔法を防いだり……。
宝石を装備することで、そうした効果が得られるらしい。
普通にRPGの装備みたいじゃないか!
「だから指輪を買い求めるのは、大抵魔王軍の戦士とかだぞ。装備の強化とか補いのために指輪を身に着けるんだ。あとはせいぜい金持ちが投機目的で買うかとかだな」
「お前よく知っとるな? 森のことにしか興味のないエルフが、そんなに宝石に詳しいとは……!?」
「当たり前だ。盗賊が盗品に詳しくなくてどうする」
「え?」
エルロンの不用意な発言は率先して聞き流すとして……。
なるほど。
宝石を身に着けるためにもっとも機能的な形態=指輪。
それで指輪は戦闘時における実用品となったわけか。
「装飾目的で指輪着けることはないの?」
「え? 装飾? なんで?」
ないらしかった。
また一つ文化の隔たりを発見してしまった……。
互いの認識の齟齬が明らかになったところで、再びエドワードさんの発言。
「というわけで聖者様へのおすすめは、この『ブロークン・ダイヤモンド』ですぞ! これを指輪にはめ込んでごっつい指輪を作りましょうぞ!!」
「だからなんで!?」
それ呪いの宝石なんでしょう!?
いくら宝石が不可思議パワーで所有者に恩恵を与えるといっても、呪いの宝石なら逆効果じゃん!
所有者に攻撃的というかネガティブじゃん!
何故そんなものを俺に持たせようとする!?
「アナタが聖者様だからです!」
「私怨!?」
俺、エドワードさんからそんな恨み買うようなことしたっけ!?
「いや、そうではなく……! ワシはこう思うのです。このダイヤが『呪いの宝石』と呼ばれるようになったのは、きっとこれまで適切に力を制御できる者がいなかったからではないかと!」
「だから自滅していったってことか?」
「しかし聖者様であれば、世界最高の御方! 『ブロークン・ダイヤモンド』の呪いすら使いこなせると信じています! だからこそこの『呪いの宝石』は、聖者様にこそ身に帯びる資格があるのです!」
「なるほど一理あるな」
とエルロン。
ねーよ。
いつの間にか、俺とその呪石が、選ばれし者とその装備みたいになってんじゃねーよ。
俺はキミらが思うよりずっと普通の人なんです。
だから不通に呪いに充てられて死ぬかもしれないし、妻子に恵まれ幸せ絶頂のこの時に、そんなの絶対嫌。
「聖者様なら、この宝石の今まで見たこともない正しい効力を発揮させてくれるはず!」
よしんば呪いを扱いきれたとしても、それで得られる恩恵が畑仕事の役に立つ想像ができない。
俺の生活サイクルがどんなものかわかってる?
絶対持て余すとわかりきっているものを貰っても困るだけだ。
「まあ、試しに手に取るだけでも……」
「やめろ! 無理やり握らせようとするな!?」
「宝石の効果自体は、指輪にはめ込まなくても直接触れるだけで発揮しますから……!」
ああッ!?
よく見ればこのドワーフ野郎! 呪いの宝石を扱うのに前もって手袋なんか着けやがって!
さては何かあれだろ!? ファンタジー的な効果で呪いを遮断する手袋だったりするんだろう。
対して俺は素手!
やめろ! 他のヤツならいざ知らず、俺の手には神からのギフト『至高の担い手』が宿っているんだぞ!
手にしたものの性能を限界以上にまで引き出すこの手。
この手に呪いの宝石が触れちゃったら、どうなるの!?
上手いこと呪いを打ち消してくれたらいいが、逆に呪いの効力を限界以上にまで高めてくれたら、最悪俺即死!?
まさか結婚式の準備で横死の危機に見舞われようとは!?
ある意味フラグっぽくて正しい!
俺、帰ったら結婚式を挙げるんだあああああーーーーーッッ!?
そして呪われた宝石が、俺の手に触れた瞬間……。
パァンッ、と。
砕け散った。
宝石が。
「……」
「……ッ!?」
「……ッ!? …………ッッ!?」
「「「えええええーーーーッッ!?」」」
俺、エドワードさん、エルロンが揃って絶叫を上げた。
砕け散った宝石が!?
そして千々の破片となって周囲に乱れ飛ぶ!?
星屑のようにキラキラ光ってきれいだなあ、とかそんな感想を述べている場合じゃない!
まさかこんなことになろうとは!
『至高の担い手』が俺を呪いから守ろうとして、呪いの元を破壊したってことなのか!?
そんなことまでできるなんて凄いぜ『至高の担い手』! と思ったが、すぐさま新たな問題に思い当たる。
「弁償ッッ!!」
こんな時価何億もしそうな大きな宝石を木っ端みじんに打ち砕いてしまった!
そう大きいんだよ! だからこそこんなたくさんの破片になる!
元の大きさはもはや記憶に頼るしかないが、水切り石にできるくらいの大きさはあったはずだ!
それが粉々に!?
弁償?
弁償ぉーーーーーーーーーーーッッ!?
『それには及びません』
とどこからか声がした。
これは……、俺の手の平の上から?
俺の手にはかろうじて一粒、宝石の欠片が残っていて、その宝石の一粒から放たれる光の中、美しい女性の幻影が浮かび上がった。
……ホログラム!?
『私はこの宝石に宿る精霊、アナタのおかげで呪いから解放されました』
「えええ……!?」
『私はかつて神聖な存在でした。巨大な精霊力で人々に恵みをもたらす存在のはずでした。それなのに邪心を持った僧侶が私に呪いを……! あのデブでハゲで、常に息の臭いオッサンが呪いをかけたせいで、私は力を正しく発揮できず……!』
精霊さんの恨み骨髄に徹しぶりが窺えた。
『しかし、今日アナタが私に触れてくれたおかげで見事呪いは霧散いたしました。生れ出てより数百年、やっと私は役に立つため力を発揮できる。恩返しのためにも心を尽くし、アナタを守護いたしましょう』
言いたいことを言い終えたのか、精霊の幻影は消え去った。
あとに残るは、とっ散らかった無数の宝石の破片のみ。
「……や……」
「やったー!」
俺の周囲で大騒ぎするエルフとドワーフ。
「凄いですぞ聖者様! こんなにハッキリと呪いを解いてしまうなんて! さすが聖者様ですぞおおおッ!!」
「いわくつきで値切られやすい宝石が、これで適正価格にいいいいッ!?」
コイツらの言っていることはわからないが、こういう理解でいいのだろうか?
俺は結婚指輪にあしらう宝石をゲットできたぞ、と。






