441 王位継承
「皆様、ちょっと聞いてくださらないかしら?」
「もっすもっす!」
歓談中恐れ入りますとばかりにシーラ王妃、人魚王ナーガス陛下が並んで言う。
王と王妃が揃い踏みで、一体何事だろうか?
「まずは本日、我が子アロワナとその嫁パッファさんのためにお集まりいただきありがとうございますわ。このようにたくさんの友人に恵まれ、息子夫婦は大変幸せ者でございます」
「もっす!!」
「ご存じの通り、我が子アロワナは人魚王ナーガスの長子。第一位の王位継承権を持っております。このまま進めば間違いなく、次の人魚王はアロワナとなるでしょう」
「もーーっす!!」
「そして今日アロワナの妻となったパッファさんは、私のあとを担い次の人魚王妃となるのです」
「もすもすもす!!」
もすもす煩い……!
会場に居合わせた誰もが思った。
俺も、魔王さんも、アードヘッグさんも。
「もすもすうるせぇーっすねえ、なんすかあれ?」
「邪魔せんとオバサンにお喋らせとけばいいのだ」
こらッ!! ソンゴクフォンとヴィール!!
思ったことをそのまま口にしない!!
「二人とも多くの試練を乗り越え、心技体すべて申し分ない水準まで達しております。今この場で王と王妃の座を明け渡しても、二人は今日から充分にやってけるでしょう」
「母上……!?」
その言葉に花婿であるアロワナ王子が感涙を流した。
過去ある事件から言葉を失ったナーガス王の代わりに、連れ添いたる王妃は自分だけでなく王の言葉も代弁してきた。
だから母親から認められる言葉は、父親から認められる言葉でもあり二倍心に染みたのだろう。
花嫁のパッファが取り出すハンカチで、夫の涙を拭きとる。
「なので……」
そして続けるシーラ王妃。
「今日この場で王位を譲っちゃうことにしまーす」
「ちょっとおおおおおおおおッッ!?」
いきなり重大発表。
なんてことを気軽に宣言してくれちゃってるんですか?
おかげでアロワナ王子が血相変えて王妃様たちに詰め寄ってるじゃないですか。
「今なんと!? なんと仰いですか母上!? 冗談ですよね!?」
「こんなこと冗談で言わないわよー。ましてこんな公の場で」
「たしかに!!」
各国の代表の真ん前だもんなあ。
「あの……、王位を譲るってことは、父上は人魚王を退位して、母上も王妃でなくなるということ? そして代わりに私が人魚王になるということ?」
「そうよ、それ以外に何かある?」
「ありませんよねえ!!」
確認した結果崩れ落ちるアロワナ王子。
他の受け取りようを模索したんだけど結局ダメだったってことか。
「アロワナちゃん。これはもちろんダーリンの決定よ。ママはそれを伝えているに過ぎないわ」
「もーっす!」
それでお義父さんさっきからもすもす煩いのか?
自分の意志だと保証するために?
「さっきも言った通りアナタにはもう充分王としての能力が備わっているわ。いつ王位を明け渡してもいいぐらい。それなら早い方がいいでしょう?」
「だからってこんないきなり……!?」
「だってー、王位継承したら即位式やらなんやらでまたイベントしないといけないでしょう? 人ももう一回集めて。それなら今やっちゃった方がまとめてお得じゃない?」
「そんな理由で!?」
すっげえなあ人魚王妃。
『誕生日とクリスマスが近いから一緒にやっちゃおう!』的に。
「ここにお集まりの皆様だって、結婚式が終わったあとつつがなく帰宅されて、翌日辺りに『即位式やるよ! 集まって!』って報せを受けたら面倒くさいとお思いになるでしょう? ねえ?」
シーラ王妃から振られて、列席の多くの面々が目を逸らした。
何より雄弁な視線外しだった。
「クールダウン期間置くとしたら最低でも一年後くらいになっちゃうでしょう? アタシもダーリンも早いとこ退位して気楽な隠居生活を送りたいのよ。だから、いいでしょう? やっちゃおうよ?」
「そんな気軽に言われてもですな!?」
とにかくアロワナ王子、唐突な展開に大混乱。
せめて事前に相談でもあればよかったんだろうが、なかったんだろうなあれは。
何故サプライズにしようとする……!?
そうして右往左往するアロワナ王子の手を、そっと握るより小さな手。
女性の手の平。
「……パッファ?」
「見苦しいマネをしたらダメだよ。各国の代表が見ているんだ」
彼女の言う通りで、今や世界中の要人が注目し、固唾をのんで見守っていた。
この状況では慌てふためけばそれだけ評価が下がるばかり。
「…………」
アロワナ王子は呼吸を整え……。
「……パッファ」
今日から一緒になる伴侶を見る。
既に彼一人の問題じゃない。
彼が変われば彼女も変わらなければならない。
「アタイのことは気にしなくていいよ。どこへだろうと一緒に行くつもりだから最初から……」
「すまぬ」
アロワナ王子は改めて父母の前に跪いた。
「このアロワナ、身命を賭して人魚王の重責を果たします。国家に尽くし、民に仕え、先王を貶めぬよう謹んで継承いたします」
「もっす」
人魚王ナーガス陛下が差し出すそれは、黄金に輝く三又の戟。
神器トライデント(レプリカ)だった。
海神ポセイドスが持つ最強の刃を、人類が振るえるように縮小した複製。
それでも並の男では触れることすらできない凶器。
そして人魚族の頂点に立つ男だけが持つことを許される即ち玉璽だった。
あの三叉戟がナーガス王からアロワナ王子に渡った時、その地位と権能もすべて親から子へと引き継がれる。
立ち上がったアロワナ王子は両手でもって神器を持った。
ナーガス王の手が戟から離れた。
その瞬間、アロワナ王子はもはや王子ではなくなった。
この世界に新たな王が誕生したのだ。
「今ここに宣言する!!」
アロワナ王子、いやアロワナ王は矛の切っ先を天高くへ向けて掲げる。
「我こそは新たなる人魚王アロワナ! 人魚国と、その民と、そして世界すべての平和に仕える者なり!!」
万雷の拍手が湧き起こった。
それはここに集まった者すべてが新しい人魚王の誕生を認め、祝福している証拠だった。
ここからゴタゴタ起こって後日改めて即位式に呼ばれるのも嫌だし。
決めてしまいたかった。
そして新しい人魚王の隣に寄り添う、新しい人魚王妃。
パッファ。
二人に新しい門出は、さらに新たなる道のりへと向かう。
困難な道のりだが、二人ならきっと進んでいけるだろう。
アロワナ王。
パッファ王妃。
ここに新たなる夫婦の形が完成した。
* * *
そんな感じでアロワナさんとパッファの結婚式はつつがなく終了した。
もう『王子』と呼ぶことはできないが『王』と呼ぶのも堅苦しいので結局アロワナさん付けに落ち着いた。
格が上がって何故か呼び名が普通になる感じ。
とは言ってもアロワナさんとパッファが俺たちの大事な友人であることは永久に変わらないので、これからも折りを見ては遊びに来てくれたり、こっちから遊びに行くこともあるだろう。
むしろこれから大きく変わりそうなのは……。
「いやー、これでやっと肩の荷が下りたわね!」
「もっす!」
もはや人魚王でも人魚王妃でもなくなったナーガスさんとシーラさん。
隠居して、かなりの空いた時間を手に入れたはずの二人。
これからどんな動きを見せてくるのか。
先が読めない……!?






