438 パレード
俺ですが。
アロワナ王子とパッファの神前式がつつがなく終わった。
つつがなく終わりはしたが、終了後、式場はそこら中に死体が転がっているような凄惨な有様になっていた。
「あわわわわわわわわわわわわわ……!?」
「神が、海神ポセイドス様が我らの前に……!?」
皆、神が現れたことに衝撃を受けて腰を抜かしているのだった。
神前での誓いを行うとは言ったが、まさか本当に神が出てくるなど誰が予想しようか。
というわけで驚愕に腰砕けとなった参列者が全体の約六割。
その場で動けなくなり死屍累々という感じなのであった。
「本当に神の前で愛を誓いあうなんて、何という結婚式なのだ……!?」
「こんな結婚式は前代未聞……! こんな式を執り行ったアロワナ王子は、ナーガス陛下を超える人魚王になられるのか……!?」
とばっちりでアロワナ王子のカリスマ性にプラスがかっとる。
まあそれもいいことか。
「聖者殿! 参列いただき感謝!」
神前での誓いを終えたアロワナ王子が新妻を伴いやってくる。
新夫に寄り添って楚々としているパッファはこれまでにない印象だった。
「あー、何といいますか、ご結婚おめでとうございます……?」
「ありがとうございます! まだ式は終わりではありませんがな! これから披露宴が行われますので聖者殿も是非参加していただきたいですぞ!」
その辺、俺が前いた世界と一緒の形式なんだなあ。
宗教的儀式としての神前式のあと、お祝いお祭り的な意味合いを込めた宴を開くわけだ。
それが披露宴。
『むむ!? 宴とな!? 聖者のところの飯もでるのか、それなら是非参加せねば!!』
ポセイドスがまだいた。
もういいから帰れや。
『ダメですよアナタ様。みだりに浅海の者たちを掻き乱しては』
それを窘めるメドゥーサ女神。
さすが賢婦の貫禄だった。
『神が人の子に影響を与えすぎてはロクなことになりません。それは天の神々が幾度も証明していること。愛を見届ける役目を終えたのですから、私たちは速やかに退出すべきです』
『えー? でもーごはん出るって言うしー?』
『今日は聖者さんのごはんは出ないと思いますよ』
『じゃあ帰る』
夫の扱いをよく心得ていた。
さすが海神妃。
『メドゥーサちゃんはのう、アンフィトルテと違ってたくさん甘えさせてくれるから好きなのだ』
そんなことは聞いとらんわ海神。
疾く帰れ。
『それでは私たちは去りますが、最後に申し伝えておくことがあります』
「はい」
『二人以上の妻が一つ屋根の下で穏やかに暮らしていくコツは、無理に一番になろうとしないことですよ』
やめろッッ!!
一夫多妻の家庭が円満を保つ秘訣を享受すんな!!
くっそ天空の神々ほどじゃないがやっぱり神だ! ロクなことを言い残していかない!
おかげで神々が去ったあと、何とも言えない微妙な空気になってしまった。
「……ま、まあ気を取り直して披露宴会場へ移動しよう」
「そうですね、神のことなど忘れましょう」
なんかニーチェが気取ったような言い方になってしまった。
「披露宴は楽園島で行われます」
「ほう、あの……」
楽園島というのは海上にある、人魚国が所有する孤島のことだ。
海中深くにある人魚国が、地上の各国と外交を行うために用意したいわば外交窓口。
海中で生きられない地上種族の特使をそこに招き、交渉やら歓迎を行うんだとか。
俺も一度訪れたことがあるが、人魚国の外交窓口と名付けられるに恥じぬ豪華で格調高い建物が居並んでいた。
自然の景色も極上で、リゾート地を彷彿させる。
「そこには既に、我らの結婚を祝賀する他国の特使たちが集まっています。やはり立場上、話が大きくならざるをえませんでな……!」
王子……未来の王様の結婚式だからなあ。
そりゃ国外からも祝いの言葉も送られるか。
「あと、楽園島への移動に際してはパレードも行います。それをもって人魚国の国民たちへ、我らの結婚の報告とするつもりです。やはり国民への報告こそ大切ですから……!」
本当に王族の結婚は大変だ。
報告し、認めてもらう相手が非常に多い。
今回は大きく分けて……。
神前式が国内関係者向け。
パレードが国民向け。
披露宴が国外向け。
……といった感じか。
「聖者殿にも是非パレードに参加いただきたい。祭りは派手であればあるほどいい」
「あらいいの? アタシたちが参加しちゃったら皆アタシと旦那様こそが今日の主役だって勘違いするわよ?」
我が妻プラティが茶化して言うが、どうも冗談という感じがしない。
「望むところだよ。貧相な王女夫婦より未来の王となる旦那様とアタイの方が威厳あるって、国民に見比べてもらわないとなあ?」
「あぁ?」
「あ?」
パッファも負けじと言い返す。
やっぱり結婚しても性格は様変わりしないようだ。
かくして人魚国の皆様へ、王子結婚を知らしめるためのパレードが開催された。
人魚国首都(巨大魚の腹の中)には中央を大きな運河が通っていて、人魚たちは日常その中を泳ぎ回って生活している。
パレードのコースに選ばれたのは、そこ。
それはもう大きな運河で、タンカーとかでも楽々すれ違えるぐらいの規模だからパレードのような催しに使うにはもってこいだった。
大名行列よろしく人魚の兵隊さんたちが列をなして運河の中央を進んでいく。
その中程にお神輿みたいな船が浮かび流れていて、それに乗った王子夫妻が右へ左へと手を振っていた。
国民たちは運河の両脇へ居並び、今日ついに妻を迎えた王子と、王子のハートを射止めた美しき花嫁を確認するのだった。
その後ろには関係者列も続き、豪華ではあるが主役王子夫妻の船よりはこじんまりとした遊覧船に皆乗ってる。
俺もそっちに乗せてもらっているが、プラティやジュニア、ランプアイ&ヘンドラーくん夫妻、ガラ・ルファにゾス・サイラあと先生も乗っている。
神前式に出席した人たち皆これに乗って披露宴会場へ行くんだろうな。
「王族の結婚式って大変だな……」
俺は素直にそう思った。
結婚するのに自分たちの意志だけでは足りず、国家全体の同意まで求めなくてはならないとは。
「まったくよ、アタシも結婚相手が旦那様じゃなかったらここまでしなきゃならんかったでしょうねー……、と思うとホント気だるい」
プラティがげんなりとした口調で言った。
彼女もお姫様だからな。
本当ならこれぐらいの式をやらんといかんかったんだろうが、俺と結婚したがために式自体やってない。
「……それもどうなんだろうな?」
このままじゃいかん、という気がしてきた矢先だった。
「おうッ!?」
体が揺れた。
船が急に止まったからだ。
ビックリしたジュニアが泣きだす。
「何事だ? 行列が止まった!?」
「こんなところで止まる予定なんかなかったはずだけれど? 何かあったのかしら?」
気になった俺は遊覧船から飛び降り、運河の上を走る。
プラティの作ってくれた薬のおかげで水の上にも立っていられる。
「待って旦那様! アタシも行くわ!」
プラティもあとを追って遊覧船から飛び降りる。
抱いているジュニアを濡らさないようにしなければのため実に泳ぎにくそうだった。
パレードの先頭まで出てみると、異様な光景が広がっていた。
女性がたくさん、パレードの進路を塞いで進めないようにしているではないか。
「私たちはアロワナ王子の真の妻の会!」
「ニセモノ新婦パッファ! 出てきなさい! 王子様を誑かした罪で成敗するわ!」
何を言ってるんだ彼女らは。
やはり人魚族であろうが……何十人いるんだろう?
あれだけ徒党を組めば大名行列も押しとどめられるか。
「兄さんが結婚したことに憤る婦人会ってところかしらね」
追いついてきたプラティが言う。
「兄さんもあれでモテるから。将来兄さんとの結婚を夢見て、勝手に夢破れた連中が勝手に怒り狂ってるんでしょうね」
「それで新婦であるパッファに抗議を?」
「ヤツらにとってパッファは、自分の座るべき席を掠め取っていったドロボーネコってところかしら?」
なんと道理が不明な。
アロワナ王子とパッファが結婚したのは完全に二人だけの都合で、彼女らは関係ないだろうに。
しかも行列を押しとどめている女人魚さんの中には、明らかにアロワナ王子とは年齢的に釣り合わない方もおいでで?
えーと、マダム?
アンタまでアロワナ王子との結婚を狙おうというには無理が!?
「上等だよ」
背後から声。
振り返ってみたら、当の花嫁衣裳のパッファが?
「売られたケンカを買わなかったことは一度もない。それは結婚してからも同じ事さ。旦那様に懸想する悪い虫どもを一掃する。それを王子の妻として、最初の仕事にしようじゃないか」






