43 魔族再来
そんなこんなで、衣料作りに手をこまねいていたら、新たなトラブルが舞い込んできた。
アスタレスさん。
お色気ムンムン魔族のお姉さんで、魔王軍の偉い人なんだとか。
その人がまたウチにやって来た。
「アンタたちねえ、性懲りもなく……!」
さすがにプラティも、彼女らの執拗さに呆れ果てた感じ。
あれだけ徹底的に叩きのめされたのに、ほとぼりも冷めないうちにの再登場だからなあ。
ただ今日の訪問は、どこか様子が違っていた。
前回の時のように多くのモンスター兵を引き連れてきたわけでもない。
身一つの来訪だ。
その佇まいに、何処か悲壮さが感じられる。
「ち、違うんです!」
「今日ここへ来たのは、皆様へ危害を加えるためじゃありません! どうか話を聞いてください!」
そう訴えたのはアスタレスさん本人ではなく、彼女に従う副官然とした女性二人だった。
上司のアスタレスさんが女性だから、部下も性別を統一しているのだろうか?
「事情があるというなら聞いてみようか」
だからヴィール。
ドラゴン形態をやめて人間の姿になりなさい。
いつでもブレス吐けますアピールやめなさい、俺も怖い。
『いいのかご主人様? この手のバカは甘くすればつけ上がるぞ?』
「そこは、わけを聞いてから判断すればいい」
戦闘のために来たのではない、ということは見ただけでわかる。
心がへし折れるほどこっぴどくやられた場所へ、戦う意志もなく――、つまり雪辱目的でもないのに舞い戻ったというのは、よほどの理由があってのことだろう。
「実は私たち……」
「……魔王軍を追われてきたんです!」
副官二名の代わる代わるの告白に、俺たちは意味を飲み込めず困惑する。
「……いいや、違う」
そこへアスタレスさん本人も言い募る。
「魔王軍を追われたのは私一人だ。こやつらは零落した私に付き従っただけ。魔王軍に残っていれば新しいポストを用意され安穏としていられただろうに……!」
「何を仰いますアスタレス様!」
「私たちは終生アスタレス様にお仕えすると誓っているのです!」
副官の子たちがなかなか健気だが、要するにこれは……。
「魔王軍をクビになった?」
「……」
「それってもしや俺らのせい?」
前回、ここへ来た彼女たちにやりたい放題したからな。
彼女らの引き連れてきたモンスター全滅させたし、怯える彼女らをドラゴン化したヴィールが戦場まで連れていって、滅茶苦茶派手なことをしたという。
その責任を、実行者のアスタレスさんが一身に背負わされたとしても不思議ではない?
「あの騒動のあと、すぐさま魔都で軍法会議が行われて……」
「アスタレス様を一方的に糾弾するものでした。任務失敗した上に、ドラゴンまで戦場に引き入れて混乱させたのは罪深いと言って……ッ!」
アスタレスさんは、四天王の称号をはく奪されて魔国追放。
行く当てがなく、ここへやってきた。
「おかしいですよ、あんな決定! アスタレス様は今日まで魔王軍のために懸命に働いてきたのに!!」
「あの軍法会議自体おかしなものでした! 魔王様が前線から戻ってくる前に、大急ぎで始めて大急ぎで終わらせて! まるでアスタレス様を陥れることに全力を尽くすみたいで!」
「私も思った! あの会議の黒幕ラヴィリアン様でしょう!?」
「いつも何か企んでそうな四天王だもん! 絶対何か企んでるわよ!!」
副官二人が当時の様子を思い返して、思い出し憤怒していた。
「いや……、誰が悪いという話ではない。魔王軍では強さがすべて、実力がすべて。与えられる任務を成し遂げられなかった、惰弱な私が悪いのだ」
アスタレスさんは自責しているが、あの事件がきっかけとなったのは確定なようだ。
何だか悪い気がしてきた。
「……わかった」
「ご主人様」
ヴィールが不機嫌そうな声を上げた。
それが滅茶苦茶怖いが、引かぬ媚びぬ顧みぬ。
「過去のわだかまりがあろうとも、困っている人を見過ごすのは俺の良心が辛い。なので、ここにいたければ好きなだけいるがいい」
あれだよ。
懐に飛び込んできた鳥は猟師でも殺さないとかなんとかみたいな説話。
あれに倣ってみよう。
「ただし、ここにいる間は、ここのルールに従ってもらう。刃傷沙汰禁止。働かざるもの食うべからず。俺の言うことには絶対服従。以上三点を守れるなら、キミらは立派なここの住人だ」
「ご主人様、甘すぎるぞ……!」
ヴィールはさらに不快さを露わにするが、限界まで弱って俺を頼りに来た人間(魔族?)を、無碍に追い返すほど非常になれないのもまた俺だった。
「わかった。アナタの言うことにはすべて従おう。これよりお世話にならせてもらう」
アスタレスさんは地に額を擦り付けて平伏のポーズをとった。
土下座までする必要はないかと思たんだが、前回はこちらを皆殺しにしようと攻め込んできたお人だからなあ。
これぐらいはけじめとして必要か。
まあ、困難に打ちのめされてプライドも抱えられなくなった彼女だ。
そんな彼女に対してもう怒りや憎しみなど湧き起りようがないし、物騒なことをしでかす気力もない。安全と考えていいだろう。
「ですが!」
「一つだけ、聖者様にお願いしたいことがあります!」
と思ったら、二人の副官娘が飛び出してきた。
……何かな?
「夜のお勤めですが、それだけはアスタレス様にはご免除いただけませんか!?」
「その代わり! 私たち二人が頑張ってお勤めします! どんなプレイでも耐え抜いて聖者様を歓ばせてみせます!! ですのでアスタレス様だけは! どうか!」
あー。
…………。
「そういう意味で絶対服従って言ったんじゃねえよ!!」