437 ねたむ者たち
私は由緒正しき人魚貴族の令嬢。
名はブラックバスですわ。
今日はとても不愉快で堪らないんですの。
私の生まれた家は、人魚国の中でも有数の名家。王族とも強い結びつきをもって絶対的な権力を振るっておりますの。
その家に生まれたからには私も最高の地位に就くべきですわ。
すなわち人魚王妃。
人魚国最高の地位にある人魚王の妃こそ私にふさわしい。
家柄、血統、階級、すべてにおいて最高にある私ならば向こうの方から求婚しに来て当然じゃなくって?
今の人魚王はもういい年だし、オジサンと結婚なんて願い下げだから外すとしても……。
その息子の第一王子アロワナとかいうヤツはなかなかのハンサムだと聞きますわ。
第一王子ならいずれ人魚王となる。
そんな立場なら私と釣り合うといっていいかもという予感がなきにしもあらず。
いいわ。
アロワナ王子、アナタを私の将来の結婚相手と認めてあげましょう。
でも喜ぶのはまだ早いわ。
決めたからって自分からコナかけに行くほど安い女じゃありませんの。
どうしても私のことが欲しいというなら、そっちから求めに来ることね。
恋愛事は主導権をとるのが大事。
どちらから先に好意を示すかが重大な勝負の分かれ目になるのよ。
恋愛はいくさ!
好きになった方が負け!
だからこそアロワナ王子から私の方を好きになるよう仕向けねば!
王子が私に骨抜きになり、国中すべての富を差し出してでも結婚したいと思うようになってからでないと結婚してはダメだわ。
幸い私は、人魚国最高の名家の娘。
その名声が伝われば、きっと向こうの方から私を求めに来るでしょう。
私はその時を待って、優雅にかまえていればいいのだわ。
獲物が罠にかかるのを見守るようにね。
そうやって王子が、未来の結婚相手が訪れるのを待ちかまえて時が過ぎていった。
一年が経って……。
二年が経って……。
三年が経って……。
四年が経って……。
五年が経って……。
* * *
かれこれ十二年が経ちました。
なのにアロワナ王子はまだ来ない。
なんで!?
この人魚国最高の、名家の娘である私がずっと待ち続けているというのに、なんで来ないのアロワナ王子は!?
目にフジツボが張り付いてるんじゃないの!?
おかげで私は婚期も終盤、次の誕生日を迎えるまでには誰でもいいから結婚しろと親からせっつかれる始末。
そんなこと言ったって、まだギリギリ婚期は終わってなくてもギリギリってのはもう半分終わっているようなもの!
七割は終わってるようなもの!
そんな女に優良物件なんて巡ってくるもんですか!
いやよ! 今更格下の中級貴族なんかに嫁入りするなんて!
いや! それ以前にアロワナ王子よ!
彼の求婚を待ち続けて十数年を棒に振ったのだから、責任もって結婚してもらわないと!
一体あの男はどこでグズグズしてるの!?
男ならさっさと訪問してプロポーズするものなんじゃないの!?
今更来たって四回ぐらいは突っぱねて、土下座して頼んでくるまでは結婚してやらないからね!
私を散々待たせた罪に対する罰よ!
そんな気持ちで憤懣やるかたないってしていると、お父様から信じられないことを聞いた。
「ああ、そういえばアロワナ王子殿下がな……」
アロワナ王子が!?
何!?
もしやついに、国の半分を結納金に私へプロポーズしに来た!?
「今度結婚するらしいぞ」
私と!?
「なんでお前なんだよ? 違うわ」
なんで!? 王子が結婚するなら最高の女性が相手じゃなきゃダメでしょう!
この私のような!
「誰が最高の女だって? お前のような腐りかけの不良在庫……!」
黙れクソオヤジ!
……しかし許せないわ!
アロワナ王子め、私のことを散々待たせておきながら袖にするというの!?
女の純情を弄びやがって!
向こうがその気なら、こっちにも考えがあるわ!
私のプライドを! 私の名声を! そして何より棒に振った十数年の歳月の補償を支払わせてやる!
* * *
そしていざ行動に移してみたら、仲間に出会った。
何の仲間?
「アタシたちはアロワナ王子に騙されたわ!」
「こんなにお慕いしていたのに、振り向いてくれないなんて……!?」
「アタシもよ! 毎晩アタシの想いが届くようおまじないしてから寝ていたのよ! 全然効果がなかったわ!」
と言って嘆くのは、いずれも相手に慕われる努力を何もしてこなかった女たち。
慕うとか、念じるとか、おまじないとか。
それだけで相手に好意が伝わるわけないじゃないの!!
私が言うのもなんだけどさ!
「あー、つまり……、今この場にお集まりいただいた皆さんは……!?」
私同様アロワナ王子への想いを秘めながら、結局届くことなく散っていった者たち!?
恋破れた者たち!?
こんなたくさんいたの!?
やっぱりアロワナ王子はモテるのね王子様だけに!?
ここ、秘密の地下集会場には心傷ついたアロワナ王子の婚約者(自称)たちが数十人……。
よくこんなに集まったものよ、と言いたくなるほど集まっている。
まあ、私もそのうちの一人なんだけれど……。
きっとここにいる全員、私同様アプローチらしいアプローチもしてこなかったんだろうなあ。
「……私たちは同志よ」
一同の気持ちを一つにするために語る。
「私たちは裏切られた。私たちはこんなにもアロワナ王子をお慕いしているというのに、その気持ちを王子は踏みにじった。そして誰とも知れない女を選んだ。……本来選ばれるべきは、この私であるというのに!!」
「はあ!? 何テキトー言ってんのよ!?」
「王子様に選ばれるべきはアタシよ! アンタみたいなオバサンが出しゃばるな!」
「おこがましいのよー!」
全然心が一つにならない!?
皆自分ナンバーワンと思って周囲を見下している。
クッソなんて自分本位な連中ばっかりなんだ……!?
こんなことだからアロワナ王子から振り向いてもらえないのよ、自覚しろ!
「……いいえ、今は仲間割れしているときじゃないわ。敵は明確に決まっている……!!」
「敵!?」
「そうよ、私……、いや私たちからアロワナ王子を奪った憎きドロボーネコ女のことよ!」
私とて無策でここにいるわけじゃないわ!
打倒すべき怨敵の情報は既に揃えてある!
「今度アロワナ王子と結婚するパッファとかいう女は、平民出身。特に名のある氏族の出でもないようね」
「平民女!?」
「許せないわ! そんな底辺が王子様の寵愛をさらっていくなんて!!」
「王子様の妻には高貴なる私こそがふさわしんだわ!!」
どうやらこの場に集まったのは、人魚国の中でも貴族階級の娘たちばかりらしい。
私もその一人だが。
まあ当然よね。王子様の愛を得ようというなら平民以下が望むことすらおこがましい。
そのパッファとかいう女は、望むどころか実際に王子に選ばれてしまった。
平民女の分際で。
これは許しがたい身の程知らず!
「ここは貴族である私たちが教えてあげるしかなさそうね。恩恵を得るには、資格がある者でなければならないと……!」
「そうよそうよ!」
「平民女許すまじ!」
「皆でその平民女を引きずり下ろし、本当にふさわしい妃をアロワナ王子に選び直してもらいましょう!!」
皆の心は固まった!
実力行使!
王子様が悪いのよ。貴族の私を差し置いて平民なんかをお選びになるから。
間違いは正さなければいけないのよ!
「決行は式当日! ちょうどいい機会だから平民女を蹴落としてかわりに結婚してげましょう! この中の誰かと、アロワナ王子が!」
ま、最終的に選ばれるのは私なんだけどね。
「心を一つにして向かいましょう! 私たちの未来のために!」
「「「「「私たちの幸せのために!!」」」」」
こうして話がまとまった、直後のことだった。
「あの……、ちょっといいですか?」
なんか気の弱そうな女人魚がおずおずと告げる。
「少しだけ気になるんですが、その結婚相手のパッファってもしかして狂乱六魔女傑の一人『凍寒の魔女』パッファ様のことじゃ……?」
「?」
狂乱六魔女傑ってあの?
人魚界最凶最悪の魔法薬使い。プラティ王女様もその一人だという……?
その一言をきっかけに、集合していた女たちの三分の一が諦めて帰っていった。