435 挙式
ついにこの日が来ましたよ。
アロワナ王子とパッファの結婚式!
当日!!
俺ですッ!!
当然ながら俺も結婚式に出席する。
新郎の親友兼義弟であり、新婦の元雇用主だからな。
親族としてプラティもジュニアを抱えて列席するし、あと同族としてガラ・ルファも来ることになっている。
……とか言ってるうちに来た来た。
今日のためにバティに仕立ててもらったパーティ用ドレスがよく似合っておる。
ちなみに俺やプラティも今日は正装だ。
「はー、なんか海底に帰るのって久々ですねー。いつもは皆が潜る時にお留守番してましたから」
とガラ・ルファ。
本当にね。
農場の人魚担当作業をキミ一人に押し付けて、どいつもこいつも人魚国に遊びに行きやがるので困ったものだよ。
でも今日は大丈夫。
何しろ晴れの儀式なのだから勢揃いで出席してやらねば。
ディスカス、ベールテール、ヘッケリィ、バトラクスといったエンゼルの連れてきた少女人魚たちが着実に成長し、留守を任せられるようになったのが大きいなあ。
問題は当のエンゼル本人が一向に成長しないことだけど。
「じゃあ行ってくるわ! アタシの留守で大きな隙が生まれるでしょうけど皆で協力して死守するのよ!」
「「「「はーい」」」」
そのエンゼルも結婚式出席のため人魚国へ一時帰還。
彼女も王族なんだから出席しないという展開はない。
ただここから先、彼女に注目すべき事柄は皆無だろうから以降彼女の気配は消え去ると思う。
で、肝心の今日の主役。
主役としか言いようがない。
今日開催される結婚式の新婦役パッファ。
何故か海岸に一人立っていた。
陶然と水平線を見つめている。
「何をやっているんだパッファは?」
さっさと式場に向かうため潜航すればいいのに。
下半身を魚に戻すこともしないで何を立ち尽くしてるんだ?
「邪魔しちゃダメよ旦那様。結婚式はもう始まっているんだから」
後ろからプラティに引き戻された。
そうして静かに見守ること数分。
変化が起きた。
海面から何かが浮かび上がりつつ、パッファへ向けて近づいてくる。
それは人の頭部。
段々と浮上して顔、首、肩とあらわになっていき、最後に全身が浮上して誰なのかわかった。
アロワナ王子だ。
本日の新郎。
海岸線に立つパッファの目前まで来ると跪き……。
「アナタを迎えに来た。どうか我が妻となるため人魚宮に来てほしい」
「アナタの元へ参ります」
差し出された新郎の手を、新婦が握る。
……うむ、実に儀式的で荘厳な風景だ。
プラティが『式はもう始まっている』といったことの意味がわかった。
きっと夫が妻を迎えにくる、この一連のやり取りも人魚の王族に伝わる儀式の一つなのだろう。
「さ、ここで私も出番が一つね。旦那様ジュニアをお願い」
ジュニアを俺の手に渡し、手ぶらとなったプラティ新郎新婦に歩み寄る。
「魔女は花嫁に薬を渡す。愛を射止めるための薬をね」
「それ呪いの話じゃねーか」
これは正規の儀式に含まれてない行程らしい。
とにかくプラティから差し出される薬を飲んで……。
パッファの下半身が輝きを放ち、大地にしっかりと立つ二本足が境界溶けて一つとなり。
光が収まるころには鱗に覆われた尾ひれへと変わっていた。
下半身が魚。
人魚本来の姿だ。
プラティが渡したのは、人魚の姿を取り戻す地上人化解除薬だったのだろう。
「これでアナタは海へと戻れるわ。今までありがとう。新天地でも元気でね」
「アタイにとっちゃ住み慣れた海に帰るだけで新天地って気分でもないが。ありがとうよ。ここで経験したことは、アタイのこれまで人生でもっとも濃密だった」
なんか周囲からウンウンと頷く気配が……?
「しかしここでの生活も今日で終わりだ。アタイは今日から新しい場所で、新しい肩書きで生きていく。……王子の妻か。甚だアタイらしくない堅苦しい呼び名だ」
「きっと似合うさ。お前のように賢明な女性なら」
アロワナ王子に抱き寄せられ、パッファは満足げな顔をした。
「我が妻が今日までお世話になった! 陸でもっとも侵しがたい聖域よ! 永久の感謝を人魚族は捧げるであろう!!」
大事な儀式の日だけあって言うことが大仰だった。
「結婚式の本番は海底、人魚国にて行う! 参列者の方々も振るって本国までお越しあれ!」
「じゃあ現地で待ってるからねー」
アロワナ王子とパッファは連れたって海中へと潜っていった。
あのまま式場のある人魚国へと向かうのだろう。
長い長いヴァージンロードだ。
いや、海の中だからヴァージン航路?
「俺たちはどうするんだ? 追いかける?」
同族のプラティやガラ・ルファなら人魚化して泳いで行けるが、俺やジュニアはそうもいかない。
以前人魚国へ訪問した時のように、いったん船で楽園島に行ってから泡に包まれて潜航するのだろうか?
ややこしそうだな。
「いえ、今回は転移魔法を使うわ」
「使えるんだ」
「以前パッファが作った座標コード入りクリスタルがあったでしょう? あれに向って飛ぶ手はずになってるわ」
そういやあったなそんなの。
武者修行に出るアロワナ王子に同行したい一心で、パッファが才能のすべてをつぎ込んで完成させた移動式転移ポイント。
普通、魔法で設置されたポイントに向ってしか飛べない転移魔法。
一旦設置した転移ポイントは動かせない。だから別の場所へ飛びたかったら、まず目的地まで物理移動して、新たに転移ポイントを設置しないといけない。
しかしパッファが開発した座標コード入りクリスタルは持ち運び可能なので、クリスタルの行く先どこにでも転移可能。
武者修行中のアロワナ王子が身に着けて、旅の途上どこでも追いかけていけるのだった。
「思えばあの頃からパッファの愛が執念じみてきてたよな……!?」
「当人の話では、もう同じもの作れないらしいわよ。兄さんと一緒に旅するために、能力の限界以上を出したのねきっと……!」
そんな座標コード入りクリスタルは今、人魚国の宮殿に安置されているらしい。
ならば安心して飛べるか。
「既にパッファから専用の転移魔法薬預かってるから、それで飛ぶわよ。出席予定者は集まってー」
プラティの指示通り、魔法が作用する範囲内に固まると早速プラティは試験管の蓋を開け、中に満たされた液体を垂らした。
地面に落ちた瞬間、即時に気化して有色の煙を発する。
しかも大量に。
一か所に固まっていた俺たちを覆い尽くすほどほどで、煙に遮られ視界が完全に塞がれるほどだった。
そして少しの時間。煙が晴れて視界良好になると……。
景色がまったく変わっていた。
農場の海岸に立っていたはずが、今は室内。
荘厳な雰囲気の大きな部屋。部屋なのに外かと見紛うほど広い。
しかも壁の材質が大理石っぽくて高級感。
「……間違いなくいい部屋だ」
直感的に思った。
部屋の中央には、例の座標クリスタルが安置してあった。やっぱりこれに向って飛んだのだろう。
「あらあらまあまあ! いらっしゃい!」
そして俺たちを出迎えてくれるシーラ王妃。
ならばここは間違いなく人魚国ということでいいのだろう。
「こんなに早くお着きだなんて転移魔法って便利なのねえ。アロワナちゃんたちも、ひとっ飛びで帰ってくればいいのに」
「あの二人は式場にたどり着くまでの遊泳も結婚式の一部なのよ。好きなだけイチャイチャさせましょう」
プラティたちに続いて俺たち移動。
人魚国の都は、超巨大な魚の腹の中にあって、空気もあれば建築物すらある。
だから地上人である俺やジュニアも問題なく活動できる。
「ほら、また来た人魚国だぞー」
ジュニアに外の風景を見せつつ、これから起こることに向けて気を引き締める俺だった。
そう、アロワナ王子とパッファの結婚式は……。
ここ、人魚国で執り行われる。






