434 挙式の前に ガラ・ルファ編
私はガラ・ルファ。
六魔女の一人『疫病の魔女』と呼ばれるガラ・ルファです。
……はー。
なんだかんだ言って農場に来てから随分長い時間が経ちましたねえ……。
そんな時の流れを実感させる出来事が起こりました。
パッファさんが結婚なさるそうです。
あのパッファさんがですよ?
六魔女の中で一番突っ張っていて、触るもの皆傷つけそうだったパッファさんが家庭に入るなんて……。
……出会った頃には想像もしていませんでした。
ついでというかランプアイさんまで結婚されるとか。
思い起こせばこの二人に、私自身を含めた計三人。
三人で農場に訪れたんですよねえ。
その三人のうち二人が同時に結婚し、私だけが残された……。
…………違うッ!!
そういうことじゃないですよ。行き遅れというわけじゃないです。
でもパッファさんもランプアイさんも結婚を機に、それぞれの嫁ぎ先へ移り住むため必然もう農場には住み続けられません。
無事農場を卒業ということになりそうです。
寂しくないといえばウソになります。
何せ一緒にやってきた農場同期ですからね。
最近じゃ務める部署も散って下手すりゃ一日中顔を合わさないなんて時もありましたが。
それでも一緒に働く者として絆はありました。
その二人が農場を去ってしまう。
私だけを残して結婚して……。
……いや違う! 羨ましくなどありませんよ!
ご結婚はめでたいですしおめでとうと言ってあげますが、それはあくまで一般論からして!
私個人の価値観からは違います!
私はあくまで研究命! 魔法薬学の研究さえできれば人並みの幸せなんかいりません!
私が専攻しているのは、細菌ッ!!
この世界ではいまだ認知されていない、聖者様が持ち込まれた知識によって初めて名付けられた存在です。
目に見えないほど小さな小さな小さな生物がそこら中に繁殖し、様々な出来事の原因になっている。
かつて私は細菌の存在を予見し、それを論文にまとめて発表しました。
しかし人魚学会は認めず、逆に私を『狂っている』と言って批判しました。
私が『疫病の魔女』と呼ばれるようになった契機です。
それでも私が自説を捨てず、なんか色々あった結果人魚監獄にぶち込まれるまでになったんですが……。
……その不幸にも今では感謝しています。
そこから、この農場へ到達するルートが伸びたんですから。
この農場は素晴らしいです!
私のことをおかしいと蔑む原因になった細菌が、当たり前のように認められています!
農場の主である聖者様は、細菌を有効利用する達人です!
細菌にて作物を発酵させ、有害成分を分解させたり、より有益な栄養素へと作り替えさせたり。
単純に美味しくしたりする。
その過程を見せられ、私の研究者魂は感動に打ち震えました。
今まで存在を証明することすらできなかった細菌(※命名:聖者様)を存在証明するどころか、一足飛びに有効利用までするなんて!
自分の学説の正しさが確認されただけでも舞い上がるほどだというのに、実用を確立しているなんて!
聖者様はなんと偉大なんでしょう!!
私も我流ながら研究を続けていたので、農場での細菌関係の作業は私の担当になりました。
バッカス様が酒造りの際に必要とする種麹は私が作っています。
ビールなら麦芽、ワインならブドウの皮についている常在菌がアルコール発酵を進めてくれますが日本酒の場合、発酵を行う菌を麹から貰わなければならないのです。
麹は味噌、醤油の製造にも必要なためパッファさんがよく貰いに来ました。
これからはパッファさんの後継者ディスカスさんが同じように貰いに来るでしょうね。
あと菌の有効活用ということで、農場の医療係も任されています。
私の学説で予想した通り、やはり人類が発症する病気の多くは細菌が原因でした。
体内に入った病原菌が様々な症状を引き起こし、そうした侵入菌を殺すために体が高熱を発する。
聖者様の説明はなるほど納得することばかりです。
体内にどんな菌が入ったかを調べれば何の病気に罹患したかがわかり、対処法も確立できます。
現在、農場にある私の研究室には、この世界において不治とされている死病の特効薬が九十八種類あります(農作物が発症する病含む)。
いずれもウイルス病原菌を原因とする病への薬ですが……。
……はっ。
私の学説を否定した連中がこの薬の世話になろうなんておこがましいんですよ。
もうちょっと文明を進歩させて私の考えを理解できるようになってからですね。
世界が私の研究の恩恵に与れる資格を得るのは。
それまで私の才能、私の研究、私の成果を享受できるのは聖者様の農場のみ。
私を理解してくれる農場のためだけに私は働くんですよ!
農場最高!
まさに私の理想郷!
私は一生この農場から離れません! パッファさんやランプアイさんみたいに寿退場なんかしません!
ここが私の最終到達地点だから! ここが私のゴールだから!
私はもう農場から動かない!
ここで一生細菌の研究をし続けるんですよ!
「あーーーっはっはっはっはっはッ!!」
「あッ! ガラ・ルファ様が高笑いし始めたわ!」「またガラ・ルファ様のマッド精神が炎上なさったのね! 私たちもご一緒するわよ!」
同室で作業していたヘッケリィちゃんとバトラクスちゃんが駆け寄ってきて一緒に笑います。
「はーはっはっはっはっはッ!!」
「ゲヘヘヘヘヘヘヘヘヘッ!!」
「ひゃっはははーッ!!」
彼女らはエンゼル第二王女と一緒に移り住んできた少女人魚たちで、なんか私の手伝いをするようになりました。
私も農場暮らしが長くなるたびやること多くなってきたので、助手さんがいてくれると大変助かります。
「げひゃらげひゃらげひゃらげひゃらッ!!」
「ぶべべべべべべべべべべ……!!」
……。
待って二人とも?
どうしてそんなに笑い方が汚いんです?
「え? だってガラ・ルファ様のマッドに合わせるためには、これぐらい特殊な笑い声でないと!!」
「そうです! 普通の笑い声ではガラ・ルファ様のマッドさは表しきれません!」
…………。
だからなんで世の人は私のことをマッドな魔法研究者にしたがるんでしょうか?
私は至って正常です。
正常に細菌の研究をしているだけです。
細菌の概念が今の理解を超えているといって、それを研究していたらマッドなどというのはまさに価値観の押し付け。
旧弊の打開こそが新しいテクノロジーの幕開けとなるんですよ。
「旧弊の打開!? それはまさか……!?」
「現人魚国の転覆ですか! そして新国家の設立!?」
私の言ったことをいちいち危険思想に置き換えるのやめて。
もう、なんで私のことを執拗にマッド化させようとするんですか?
私はごくごく平凡な魔法研究者なのですよ。
研究は地味に、静かに、変わり映えしないものの積み重ねが大切なんですよ。
「わかりました! それはつまり……!」
わかってくれましたか。
さすが私の可愛い弟子たちですね。
「真のマッドとはみだりに振り撒かないこと! 平時は腹中に隠し! 水面下で静かに沸騰させることが本当のマッドなんですね!」
「そうか! 自分はマッドだと喧伝するようにゲヒャゲヒャ高笑いしているのは、自分にマッドが足りていないから振る舞いで補おうとしている証拠!」
「ガラ・ルファ様のような真のマッド魔法薬使いは、それらしい振る舞いなどする必要がない! 何故なら常々の立ち居振る舞いが充分にマッドなのだから!!」
「行住坐臥マッド! なんという完成されたマッドなのでしょう!? 心から尊敬いたしますガラ・ルファ様!!」
……まあ尊敬してくれるのは嬉しいですが。
尊敬される方向性がたしかに間違っている気がします。
……パッファさんやランプアイさんが結婚して新生活を満喫している時を同じくして。
私はこんなアホな弟子共に囲まれて余生を過ごしていくんですね。
なんか急に二人が羨ましくなってきた。
* * *
……ん?
あー、はいはい。
迎えの人が呼びに来てくれました。もうそんな時間ですか。
では私は留守にしますんで二、三日ほどよろしくお願いしますね弟子共。
「「はーい」」
いい返事のヘッケリィとバトラクスです。
二人に任せてどこに行くかというと、決まっています。
本日ついに始まる。
アロワナ王子様とパッファさんの結婚式に出席するんです。
 






