431 神、捕まる
俺です。
バッカスの首尾はどうなっておるだろう?
おでんが完成したあと、どのように売り出すかでアイデアを出したのは俺だった。
バッカスは、かつての博覧会みたいに大々的なイベントを起こし、大勢の前で酒とおでんを振舞おうとしたが、それに俺が待ったをかけた。
結局、催し事があると最大限騒ぎにし、最終的には暴走してしまうのが酒飲みだ。
博覧会の時もそれで失敗した。
ならば今度は、もう少し小さい規模で仕掛けてはどうかと。
せっかく酒とおでんが揃ているのだから、小さな居酒屋風にして、自然に訪れる酔客一人一人にじっくり酒を味わってもらえばいいのではと。
バッカスも賛同し、意外にも彼自身が居酒屋の店主を務めることになった。
お店として使う土地建物は既にバッカス教団が所有していたということで、早速オークチームを向かわせ即日改装。
魔都の一等地を何かのために常時抑えているなんて、やっぱりバッカス教団って凄いんだな、と何気なく思わされた。
そんなこんなでスタートしたバッカス居酒屋。
主力はおでんと農場産の日本酒。
一日目は好評だったとバッカス当人が喜んでいたので、これから先も上手くやっていけるだろう。
二日目の今日は、俺も様子を見に行ってみるとするかな?
そう思って転移魔法で移動。魔都へ入り、店のあるところまで来てみると。
「助けてー! 聖者助けてぇーッ!!」
なんかバッカスが捕まっていた。
縄でグルグル巻きにされて身動き取れなくされてた。
「なんでッ!?」
俺は平和な居酒屋を視察しに来たつもりだったのに。
なんで今にも血風吹き荒れそうな修羅場に遭遇しておるの!?
「バッカス様を縛り上げているのはあの連中でしょうか?」
同行するベレナが指摘。
俺は転移魔法使えないので送り迎えが必ずいる。加えて、魔都を歩くなら地元人の案内が心強いということで同行をお願いした。
そんなベレナが指さす一団は、見るからに柄が悪そう。
兵士や役人の風情ではない。服装はまちまちで、いかにも私服といった感じ。
さすればバッカスを縛り上げたのも上意というわけではあるまい。
では私闘か?
であればこの俺、聖者キダン。
友バッカスに助太刀して邪聖剣ドライシュバルツに血を吸わせるぞ!
「ちょっとお待ちください」
珍しいテンションになっている俺をベレナが止める。
「もしかして彼らは居酒屋ギルドの方々ではないでしょうか?」
居酒屋ギルド?
「人間国には冒険者ギルドしかありませんが……、魔国ではあらゆる職種にギルドがあって相互扶助を行っているのです。居酒屋ギルドはレストランギルドから分裂した、酒と食べ物を出すお店が集まって作ったギルドですね」
ほーん。
そうやって個人業者が助け合ったり、団結したりして商売を守っていくわけだ。
「その居酒屋ギルドの方々がなんでバッカスを縛り上げてるのだ?」
「恐らく無許可営業だったからではないかと」
あ。
そういえば魔都で店を出すにあたってその辺何も考えてなかった!?
異世界とはいえ、魔都はそれ相応に文明の進んだ法治都市。
商売するにも許可が必要だよなあ!?
バッカスの目論見では酒の素晴らしさ、あとおでんの美味しさを広めることが主旨だったので、金儲けとしての観点を見落としていた!?
その結果がこのトラブルかい!?
なんかいかにもガラの悪そうな居酒屋ギルドの方々が、縛り上げられたバッカスへ話しかける。
「おう兄ちゃん、誰に断ってここで商売しとるんだい?」
ショバ代を要求する怖い人の物言いそのものだった。
ねえいいのこれ?
居酒屋ギルドって合法的な組織なんだよね?
「魔都で飯屋をやるにはなあ、オレたち居酒屋ギルドに所属しなきゃいけないんだよ」
「それを無視するってのはオレらにケンカ売ってるも同然なんだよ。お? やんのか?」
完璧に絡んでくるその筋の方々だ!!
ダメだ早いところバッカスを救出しないと!!
「しかし変ですね……?」
ベレナが何か違和感に気づいたようだ。
でも今はそんな推理小説気どりしてる場合じゃないよ! 早急に介入しなければ!
「たしかに無許可営業はギルドにとって由々しき問題ですが。ここまで大勢が押しかけて取り囲むほどのものでしょうか? 何か別に理由がありそうな……?」
えー?
そうしている間もバッカスは締め上げられてピンチなんですが。
「きゃー助けて! 助けてくださーい!!」
ほら乙女のような悲鳴を上げている!
「一刻も早く助けなければ!」
「いえもう少し出方を窺いましょう。解決のためには相手の目的を知ることです」
なんでそんなに冷徹なのベレナさん!?
その間にも居酒屋ギルドの面々はバッカスを取り囲んで……!
「オレたちだって日頃はここまで厳しい追い込みはしない。しかし今回ばかりは厳しくしなきゃいけない理由がある」
「テメエ! この酒をどこで手に入れた!?」
ドンと置かれる一升瓶。
あれは、バッカスみずから作り出した日本酒(大吟醸)ではないか?
きっとバッカスのおでん屋から持ち出してきたんだろうが……。
「これは酒の神バッカス様が創造された新種の酒ニホンシュ! 何故こんな貴重なものがギルド未登録のお前の店にある!?」
「この酒が、去年開催された博覧会でたった一日だけ振舞われた幻の酒だってことは調べがついてるんだ! バッカス様謹製だってこともな!」
「吐け! この酒をどこで手に入れた! 教えろ!」
ああ、そういうことか。
農場博覧会でたった一日だけ公開された『酒館』。
そこで振舞われたバッカスの新作酒は伝説となった。
トラブルで『酒館』が閉鎖された結果それらの新作酒は、一般には二度と飲めないものになって酒飲みの間で垂涎の的となる。
それが突然、知らない店で扱われたら居酒屋関係者としても目の色変えるか。
お店で出したらバカ売れ確定商品だし。
「言え! 言いやがれ! この酒をどこから仕入れた!?」
「バッカス様が作られた新作酒……! これはモグリの無許可店が出していい酒じゃねえ! これこそオレたち居酒屋ギルドがしっかり管理して流通させなければ!」
「姉妹ギルドである酒蔵ギルドや酒屋ギルドにだって筋を通さなきゃならねえんだ!」
「素直に吐けば特別に居酒屋ギルドに登録してやってもいいぞオラッ!!」
ギルドって職種によって細分化してるんだなあ……。
「居酒屋ギルドの場合、飲食系のギルドにも色分けされますんで益々ややこしいですよね。ギルドのあやふやな住み分けは、常にトラブルの種です」
ベレナも呆れ顔で言うのだった。
その間も居酒屋ギルドによるバッカス尋問は続いていた。
「まだ喋らないか、どうしても喋らないというなら……!」
「お前自身の料理で口を割らせてやる……!」
ああッ!?
ヤツらが取り出したのは、バッカスがお店で出しているおでんではないか!?
適温を振り切ってグツグツと煮て!?
「さあ早く喋らないと、この熱々のおでんとやらを口の中に放り込むぞ?」
「何から行く? アツアツの汁をたっぷり吸っただいこんか? それともがんもどきか?」
なんて非道を!
美味しいおでんを拷問器具として使おうなんて条約違反だ!
もう我慢していられない!
「お前たちそこまでだ!!」
「んああッ! 何者だ!?」
乱入してきた俺に驚き戸惑う居酒屋ギルドのゴロツキども。
コイツらの所業許しがたい!
俺は捕まっているバッカスに呼び掛けた。
「もう耐える必要はないぞ! 正体を明かせ! コイツらが誰に歯向かっているかわからせてやれ!」
「おお聖者よ! わかった! リミッター解除だな!?」
俺の呼びかけを受けてバッカス、神性開放。
今までおでん屋のオヤジに徹するため、あえて半神パワーを封じていたが、俺の許可を受けて解除。
吹き上がる神力で縛り上げていたロープも自然に解け、飛ばされる。
「おおおおーーーッ!?」
「これはああああーーーッ!?」
驚くゴロツキたち。
完全に神性を取り戻し、浮かび上がるバッカスを見上げる。
「控えおろう! この方をどなたと心得る!」
俺がとどめとばかりに追い打ち。
「コイツこそ酒を生み出した酒の神バッカスにあらせられるぞ!」
「ええーッ!?」「うそぉーッ!?」
酒を扱うギルドにとって、酒神バッカスこそ信奉する祭神。
そのバッカスを縛り上げ、尋問し、熱々おでんまで食わせようとしたのだ。
なんと罰当たりなことか!
「へへぇー!」
「お許しを! お許しをおおおおおッ!!」
波打つように一斉に平伏していくゴロツキたち。
これにて一件落着、か?
* * *
ちなみに熱々おでんは適温に冷ましてから皆で美味しくいただきました。






